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残されたモノ  作者: momo
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お見舞い

 「ちょ―――っと待ッた―――!」

 

 馬屋にて。

 一頭の馬に鞍を置き手綱に手をかけようとするセリドと馬の間に、セラは両腕を広げて立ち塞がる。

 「無断外出するつもりっ!?」

 焦りで敬語も吹っ飛ぶ。

 「でなければ無理であろう?」

 許可が下りる訳があるまいと一瞥し、セラを押しのけ馬上の人となる。

 ここに来るまでのセリドは慣れた足取りで人気のない廊下を渡り歩き、誰の目に留まる事なく馬屋に到着した。

 王位継承権を放棄したシールやウェインとは訳が違う。

 イクサーンの王となるべくして生まれ存在するセリドが、臣下の見舞いなどと言う名目で自由に外出を許される筈もない。セリドの外出にはそれなりの警護と手間と時間が必要になって来るのが当然の成り行きだ。

 そんなセリドに警護と名を打つ見張りが付いていないのも不思議であったが、表向きは常に品行方正な第三王子…周囲も油断しているのだろうとセラは思うが、慣れた足取りに無断外出は一度や二度の話ではないと確信する。

 「止めてよっ、見つかったら大変な事になるんだからっ!」

 過去にセラが無断で城を出た時には騎士団が動員され一晩中捜しまわられた。

 夜だったとは言え、たかが小娘にあの反応…これがセリド相手となれば大問題だ。 

 ウェインの怒り狂う様が目に浮かび、セラは必死になってセリドの行く手を妨害する。

 「見つからねば良いのだ。」

 馬上から手を伸ばすとセラの脇を掴んで引き上げられ、馬の背に腹を折った形で乗せられる。

 セラとそう変わらぬ体格のわりに力が強い。

 すかさずセリドは二人を乗せた馬の腹を蹴り走らせる。

 「止めて止めて―――っ!!」

 鞍にしがみ付き悲鳴を上げるセラを無視し、セリドは颯爽さっそうと馬を走らせた。




 

 (覚えてなさいよぉ~っ…乱暴二重人格王子らんぼうにじゅうじんかくおうじっ!)

 馬の背に腹を乗せての騎乗と言う無理な体勢を強いられたまま、セラは元宰相ハウルの屋敷に到着していた。


 半時ほどの道程の殆どを、激しく揺れる地面を睨み付けていた為に吐き気に青ざめ、打ち付け続けた腹の感覚は失われてしまっている。

 馬から地面に転げ落ちる様に降り立つと、そのまま手を付いて地面に平伏してしまった。

 「これしきの事で無様な―――それでよくアスギルと戦う事が出来たものだな。」

 セラはあまりの辛さに顔を上げる事も出来なかったが、セリドの冷やかな視線が背にひしひしと突き刺さるのを感じて拳を握りしめた。

 (く…くやしいぃぃぃっ!)

 言い返したいのにそれも出来ない。

 人の見舞い云々よりも、セラの方が余程病人に見える。

 (落ちつけ…落ちつけわたしっ…!!)

 セラはゆっくりと深呼吸をすると、少しずつ自分を落ち着け何とか立ち上がった。

 時間が過ぎれば治まって来る吐き気と舞い戻りつつある腹の感覚に、一歩…地面を踏みしめながら倒れないように歩みを進める。

 セラが動き出したのを確認すると、セリドは勝手知ったる何とやら…正面ではなく目に付いた通用口から屋敷の中に入って行く。


 「ちょっと、断りもなく入るなんて駄目じゃない!」

 セリドの袖を引き、声をひそめるセラに反してセリドは堂々としたもの。

 「何の問題がある?」

 「問題大ありよっ!」

 セラは先を行くセリドの腕を思いっきり引いて歩みを止めさせた。

 「あなたねぇ、いくら王子様だからって非常識にも程があるわよっ!」

 セラは同じ目線のセリドを睨みつけ、セリドの胸を人差し指で突く。

 「いい、耳の穴かっぽじってよ~く聞きなさい。」

 セラは大きく息を吸い込む。

 「まず第一に、王子が城から忽然と消えたりしたらどれ程の人が心配すると思ってるの。誰もが仕事の手を止めて総動員で捜しまわるに決まってるんだから。第二に、人を無理矢理馬に腹這いで乗せておいて無様ですって?!だったら帰りはわたしがあなたを腹這いにして乗せてやるから覚悟しなさいよ!第三に、ここは何処?!あなたの家な訳?違うでしょ?他人の家に無断で入り込む事を不法侵入って言うの。犯罪、泥棒とかがよくやるあれよあれっ。解る、理解出来てる馬鹿王子?!!」

 胸を突かれて壁に追いやられたセリドは、セラが一気に捲し立てる様をただ唖然と目を見開き無言で聞いていたのだが、最後の言葉にはっと我に返る。

 「誰が…馬鹿王子…だと…?」

 「あなた以外の誰がいるって言うのよ。」

 驚いたように緑の目を見開いたセリドにセラは言い捨てた。

 「何だとっ、人が下手に出ていれば言いたい放題―――」

 「下手?!その意味解って使ってるんだったらあなたは救いようのないホントの二重人格馬鹿王子だわよっ。」

 セリドが言い返そうと口を開きかけるが言葉はそのまま飲み込まれ、セラの肩越しに視線を運ぶ。

 「セリド…とセラちゃん?」

 背後からの声に、セラはゆっくりと振り返る。

 忍び込んだに等しいハウルの屋敷で聞き覚えのある優しい声。

 「マウリー…さん?」

 「「どうしてここに?」」

 セラとマウリー、二人の言葉が重なった。


 「どうしてって…ここ、僕の実家。」

 「実家?」

 「祖父の具合が悪いって聞いたからちょっとお見舞いに。」

 「祖父…」

 マウリーはそのままセラの両手を取ってにっこりと笑い翡翠色の瞳を輝かせた。

 「嬉しいなぁ~こんな所でセラちゃんに会えるなんて…仕事をさぼってまで来た甲斐があったよ。」

 騎士であるマウリーは宿舎に住まうのが基本…で、実家…祖父と言う事は―――

 「ハウル先生はマウリーさんのお祖父さん?!」

 考えがまとまった瞬間、セラの頬に柔らかな唇が触れる感触が伝わる。

 「わっ?!」

 マウリーがセラの頬にキスをしたのだ。

 セラが瞬時に我に返り頬を染めると、セラとマウリーの間にセリドの腕がぬっと伸びてきて―――セリドがマウリーの胸を押してセラから引き剥がす。

 「何をする―――」

 セリドは明らかに不機嫌な表情を浮かべていた。

 「それはこっちの台詞。」

 マウリーは悪戯っぽく笑ってセラから手を離すと、そのままセリドの頬を両手で包み込むように拘束し、セラにした様に頬にキスをしようとする。

 「うわっ、止めろマウリーっっ!!」

 振り上げられたセリドの拳が空回りし、マウリーは声を上げて笑う。

 「二人はそう言う関係?」

 セラが首をかしげるとセリドとマウリーが同時に答えるが、セリドの叫びがマウリーの返事を掻き消す。

 「そう―――」

 「そんな事ある訳なかろうっ!!」  

 「え―――セリド酷い。セラちゃん、僕はセリドの初恋の相手なんだよ。」

 「初恋?」

 「あれは錯覚だっ!」

 初恋と言う言葉に首をかしげたセラにセリドは怒鳴りつけた。

 (あれ・・とはなんでしょう?)


 それはセリド五歳の幼き日の事。

 双子の兄に連れられ当時の宰相ハウルの屋敷を訪れたセリドは、それは美しい一人のお姫様に出会い恋に落ちました。

 翡翠色の瞳と金の髪を持ったその美少女は、セリドに微笑みドレスを広げて優雅に礼を取ります。瞬時にその輝かんばかりの美貌の虜となったセリドは、その場で美少女に結婚を申し込んでしまったのです。

 そして数日後―――

 セリドは見習い騎士として兄の隣に立つ美少女…マウリーと再会を果たし、淡い恋は幕を下ろしたのでありました。


 以来セリドにとってこの日の出来事は人生最大の汚点となり、マウリーは天敵の様な存在となっていた。

 「言っておくけど、女装が僕の趣味って訳じゃないからね。あれは女の子が欲しかった母親の趣味なんだ。」

 マウリーは一人息子である。

 可愛い娘が欲しかったマウリーの母親は美しく生まれたマウリーを人形の様に扱い、子供の頃のマウリーに少女の服を着せ飾らせては娘に恵まれない寂しさを紛らわせていた。


 とにもかくにもセラ達はハウルの見舞いに来たのである、こんな所で時間を潰していては何時まで経っても埒が明かない。

 マウリーの案内でハウルの部屋を訪れると、セリドと言う王子の訪問に我が目を疑い、突然の事に息を引き取ってしまうのではないかと思われる程にハウルは驚いた。

 「こんな事であれば老体に鞭打ってでも登城するのでありました。」

 やはりセリドが無断で城を抜け出したと言う事はいただけない様子。

 ハウルはマウリーに城への使いを命じると、嫌々ながらもマウリーは取り合えず城へと向かって行く。

 大事にして事を荒立てる訳にもいかないので、ハウルは人払いをすると体を起こそうとするが…

 持病の腰痛がそれを許さなかった。

 「大丈夫ですか?!」

 痛みに絶句するハウルにセラは駆け寄り具合を確認する。

 「セラ殿の様なお方が私などの為に…勿体ない事でございます。」

 ハウルはうつ伏せの状態で治療を受けながら…落涙する。

 その様にセラは苦笑いを浮かべ、セリドはハウルを慰めた。

 「伝説の魔法使いであるセラ殿の事、こんなの朝飯前ですよ。ねぇ、セラ殿?」

 魔法と言う物をセリドが理解しているかは不明だが、要するに完治させねば馬鹿にしてやる…と言っているのだろう。

 「先生の事だから御存じとは思いますが…」

 セラはセリドの反撃を覚悟しながらハウルに説明した。

 「魔法では病気を治す事はできません。対処療法として痛みを取りはらえはしますが…」

 怪我なら元の状態に戻せばいいものなので治療は簡単だが、病気と言う物はそうはいかない。 

 魔法で咳を止めたり痛みを和らげたりと言う事は可能だが、病気に対して魔法は万能ではない。瀕死の怪我人を救う事は出来ても、病で死の淵にある人間を元の元気な状態に戻す事は不可能なのだ。

 「勿論、存じておりますとも。」

 ハウルは皺を寄せ懐かしむように微笑んだ。


 もともとハウルは滅亡したルー帝国時代に、皇帝の側近として使えていた人物の一人だった。

 ルー帝国と言えば大陸を支配した程の絶大な力を持ち、その国を守る要として存在した魔法使いがアスギルである。アスギル以外にも沢山の魔法使いが皇帝に使えた、まさに魔法の国と言っても過言ではない程だ。

 そんな場所に存在したハウルに魔法について解く必要などなかったが、セラは一応…セリドに訊かせる為に口にしてみた様なものだ。

 「それでも…この効果には驚きですぞ。」

 ハウルは起き上がると寝台から立ち上がり、大きく伸びをして見せた。

 さっきまで痛みに顔を歪め、身動一つ取れなかったのが嘘の様である。

 「剣と魔法は使い様―――セラ殿の師は御立派なお方ですなぁ」

 アスギルと戦う為に必要な攻撃の魔法は教えず、治癒の魔法のみを授けた。

 それだけだと聞こえはいいのだが…

 「薪に火をつけたら山が一つ吹っ飛んだとか…それ程の力、当時なら咽から手が出る程欲しかったのではないでしょうかのぉ。」

 それ程の力だったからこそ後を思い、あえてセラに攻撃魔法を教えなかったのだとハウルはフィルネスを称える。

 ハウルが称える様な事をフィルネスが考えていたとは思えないが…

 「山を…吹っ飛ばした?」

 小声で呟くセリドの眼差しが信じられないと語りつつも驚愕に見開かれている。

 当時と違って今は魔法使いが迫害を受け、殆どが表に存在しなくなった。結界師と呼ばれる魔法使いを見てはいるのだろうが、実際に戦う姿を知らないセリドにとっては驚きの内容だったのだろう。

 急に大人しくなったセリドを気にしながらも、セラは当時を知るハウルに前から聞きたかった質問を投げかける。

 「先生はアスギルを知っていますか?」

 ルー帝国時代、皇帝の側にいた人物だ。アスギルを見知って当然ともいえよう。

 しかしハウルはその質問に口を濁す。

 「アスギルは不思議な魔法使いでしてなぁ。先々々代…と言うか、アスギルが手を下した十八代皇帝より遡って、十五代皇帝の時代には既にルー帝国に使えていた事以外は殆どが謎なのですよ。」

 力の強い魔法使い程実際の時の流れから外れ、ただの人とはかけ離れた時間を生きる。肉体の時間を止める術を使い、実年齢は不詳となるのだ。

 恐らくアスギルも数百年の時を生きていた筈である。

 「私がアスギルの姿を目にしたのはほんの数回程で、黒髪に血の様に赤い目の持ち主であられ…男目にもはっとする程に美しい…常に悲しい表情を湛えた魔法使いでありました。」

 ハウルは昔を思い、何処か遠くを見ている。

 「何故アスギルはあんな暴挙に出たのでしょうね…」

 長く使えた帝国に反旗を翻し、皇帝を暗殺した。

 それだけでは飽き足らず皇帝の后や妾と子、皇家の血を引く者すべてを殺して――――

 いったいどんな恨みを持っていたと言うのだろう。

 恨みを持つなら、何故それ程長くルー帝国に跪き続けられたのか。

 「それは…アスギルにしか解らぬ事でありましょう。」


 セラの脳裏に、アスギルが最後に紡いだ言葉が過る。

 『もういい―――』

 声は届かなかったが、アスギルの唇がそう語っていた。


 悲しい表情を湛えていたと言う魔法使い。

 

 アスギルが何故闇に落ちたのか―――それを知る術は存在しない。

 (何がもういいの?)

 それこそがセラ達の戦った理由なのだろう。

 セラは今更ながらその意味を考え始めていた。




 

 

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