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残されたモノ  作者: momo
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新しい日

 イクサーンの都に戻ると季節は初秋を迎えていた。


 大陸の南西に位置するウィラーンに比べ北にあるイクサーンは秋を迎えるのが早い。日中は夏の日照りがあるが朝夕は涼しく、短くも過ごしやすい季節の到来だ。


 セラとウェインを迎えたカオスの隣には、セラの見知らぬ二人の姿があった。

 カオスの斜め後ろに静かに佇むのはカオスの後妻、イクサーンの王妃リリス。年の頃は四十で茶色がかった金髪に緑色の瞳の気品ある女性だ。

 そのリリスの腰に手を回し、寄り添うようにして立つ少年は第三王子のセリド。リリスと同じ茶色がかる金の髪に緑の瞳をした、綺麗な顔立ちの少年。

 セリドは母親の腰に回した手を離すと、少女の様に愛くるしい微笑みを湛えてウェインの前に進み出て来た。

 「お久しぶりです、兄上。」

 少年の緑色の瞳が喜びに満ち溢れて背の高いウェインを見上げていた。

 「セリド…久しく見ぬ間に大きくなったな。」

 尊敬の眼差し―――ウェインを見上げるセリドの眼差しが兄を慕っているのだと、誰の目にも一目で分かる程光り輝いている。

 二人の様子を伺っていたセラの前に、何時の間にかリリスが進み出て来ていた。

 セラよりも少し背の高いリリスがセラを無言で見据えている。

 その瞳は冷たくて、明らかにセラを敵視する視線。

 (おおっとぉぉ?!)

 いわれのない敵意に思わず息を飲むが、そこでセラは城を駆け巡る噂を思い出した。

 噂では、セラはカオスの愛妾の様な存在になっていた筈だ。

 妻であるリリスがそんなセラを当然快く思う訳もなく…

 (噂…否定しとけばよかった―――)

 セラは後悔にそっと溜息をついた。

 リリスはその冷たい瞳のままウェインに視線を向けると、ウェインが騎士の礼で王妃に挨拶をする。リリスはそれに軽い会釈で答えると無言で元いた位置に戻って行った。

 (そう言えば…カオスとも折り合いが悪いとか言っていたっけなぁ?)


 セラがそんな事を思い出しているとセリドの声が耳に届く。

 「初めまして、セリドです。」

 にっこりとほほ笑む少年にセラもつられて笑みを漏らす。

 「セラです、初めましてセリド王子。」

 「貴方は父と共にアスギルを封印した魔法使いだそうですね、お会いできて光栄です。」

 興味深げに輝く瞳がセラの目前に迫る。

 「これ程にうら若き女性が危険な戦いに身を投じたのだと思うと…私はいたく貴方を尊敬してしまいます。」

 さすがは王子!

 と言う様な台詞にセラの笑顔が引き攣る。

 (なんか…どっかで会ったような…)

 セラは目の前のセリドが誰かに似ている様な気がしてならなかった。

 

 


 

 いつまでもカオスの世話になる訳にはいかない。


 そう感じていたセラは、イクサーンに戻ったら城を出て一人で生きて行くつもりでいた。

 しかしそんなセラの思いとは裏腹に、強大な力を秘める魔法使いであるセラは国にとっても重要かつ大切な存在で、実際の意向は違っていても、カオスはそれを理由にセラを手放そうとはしない。

 「ラインハルトに任されたからには、セラに城を出て行ってもらっては困る。」

 ラインハルトを引き合いに出し、カオスはセラを引き止める。

 「そう言ってもね、カオス…」

 セラがイクサーンに戻って十日程の時が流れて。

 いつもの様にカオスと夕食を取っている時の事だ。

 「わたしは城に関係のない人間だし、ここにいるのはちょっと心苦しいと言うか…」

 「何度も言うが、セラはイクサーンにとって必要な存在だ。それに私がセラに側にいて欲しいと願っているのだから何の問題もなかろう?」

 (いや…それ思いっきり誤解を受けそうな問題発言だし)

 セラは苦悶に耐える。


 カオスがセラの行動を妨げたり、願いを拒否したりと言う事は今まで殆どなかった。しかし、セラが城を出ると言う意見に対してだけは頑なに拒否を続け、一向に話が進まない。

 何も特別難しい事を行っている訳ではないのだ。


 「そもそも城を出てどうやって暮らして行くつもりだ?」

 孤児院育ちで戦火に追われてからは旅を続けた。

 二十五年後の世界に馴染んで来てはいるものの、セラの知らない事は山程存在する。

 「魔法薬でも作って売ろうかと思うの。」

 魔法薬とは、治療効果のある薬草に魔法を注ぎ、その効果を格段に上げた薬の事だ。

 「何処かの森にでも小屋を建てて町に売りに出るつもりなんだ。」

 拠点は薬草の取れる山か森。

 そこで薬を作って行商に出る。

 「―――却下。」

 「ええぇっ?!何でッ!?」

 「そんな危険な場所に若い娘一人で住まわせる訳にはいかない。」

 「だったら町に―――」

 「駄目だ。」

 間髪入れずに拒否される。

 「え――――っ、何でよ!?」

 「その話は終わりだ。」

 少し怒った表情で席を立つと、カオスはセラの座る椅子に手を掛けて膝を付く。

 「セラに何かあってはラインハルトに申し訳が立たない。それに、私ももう二度とセラを失いたくはないのだ。」

 カオスの灰色の瞳が不安に揺れているのがセラにも分かった。


 「頼むから側にいてくれ―――」


 そんな事―――そんな目をされて言われたら何も言えない。


 セラは溜息を付く。


 最近極端に溜息の数が増えた。

 

 溜息の原因―――セラが城を出たいと願うもう一つの理由。


 それはカオスの息子、第三王子のセリドにあった。





 初対面では好印象だったセリド王子。


 いかにも育ちのいい王子様的な雰囲気を持つセリド…それが誰かに似ていると感じたのはセラの思い違いではなかった。


 瞳の色は異なるが、同じような茶色がかった金髪の少年―――今は近衛騎士隊長を務めるクレイバ。

 セラの知るクレイバは当時一三歳の少年で、今のセリドと背格好も大して変わらない。

 カオスを慕うクレイバはセラにやきもちを焼き、カオスの目を盗んでは何かとセラにちょっかいを出して悪戯を仕掛けていた。セリドはその時のクレイバと同じ目をしていたのだ。


 しかし今回の相手は王子様なだけあって質が悪い。


 ウィラーンから戻ったセラは、シールが宰相になる前までイクサーンの宰相をしていたと言うかなり高齢の老人、ハウルに講義を受けていた。

 セリドと共に…だ。

 講義中のセリドは、品行方正で礼儀正しく非の打ち所のない王子様である。

 綺麗な顔に微笑みを絶やさず勉学にも前向きで、とうに七十を超えた老人であるハウルを気遣いつつ―――セラの足を引っ張る。

 欠伸が出る程堅苦しいハウルの講義にも意欲的に質問しながら、横目では凍りつくような視線をセラに送っている。セラには理解不能な質問をわざと投げかけたり、こんな簡単な事も解らないのかとでも言いたげに話を振ったりもする。

 それ位ならまだいいのだ。

 馬鹿にされるのは仕方がない事だし、王侯貴族ではないセラは帝王学とやらにも興味が無いので、それに付いてとやかく嫌味を言われても何とも思いはしない。


 耐え難いのはセラの個人的な、ラインハルトに関わる事だ。


 流石と言うか、セラの指輪の意味を知るセリドはそれがセラに相応しい物ではない、ずうずうしい等々…暇をみつけては幾度となく責め続ける。

 セラとて自分が指輪に相応しいとは思ってもいないし、ラインハルトの愛の証だとしても指輪を付ける事に躊躇があった。

 おこがましく思っている部分を突かれ、指輪が話題にのぼらされる度にセラは返す言葉を失う。


 今日もセラはハウルの講義を受ける為、重い足取りでセリドの部屋へと向かっていた。

 午前中はセリドの部屋でハウルの講義、午後も基本的にセリドの講義…と言うのがこの数日続いており、時間が出来て気晴らしに騎士の鍛錬場に顔を出そうと思えば、待ってましたとばかりにリリス王妃に捕まってしまうのだ。

 そう、このリリス王妃。

 初めはセラに敵意を露わにしていたと言うのに何故か急に好意的になり、今ではセラに優しく接するようになっていた。

 セラの空き時間を狙ってはセラをお茶に誘い、他愛もない談笑に時間を潰す。

 今のセリドとは間逆な反応。


 「はぁ…」

 次の角を曲がればセリドの部屋と言う所で足を止めると、セラは壁に向かって溜息を付いた。

 「どうかしましたか?」

 突然かけられた問いに、セラはビクリと肩を震わせる。

 「シールさんっ!」

 見上げると、優しい灰色の瞳がセラを見下ろしていた。

 ウィラーンに立つ前までは毎日顔を合わせていたのに最近はめっきりご無沙汰で、同じ城の中で生活していても会うのは久し振りである。


 ちょっと顔を見なかっただけなのに、セラはシールの優しい微笑みを前にして突然…何の前触れもなくシールに飛びつき泣き出してしまった。

 「シールさぁぁぁぁぁんっ…!」

 「セ…セラ殿?!」

 突然の事に慌てるシールに構わずセラは声を出して泣き続ける。

 「ど…どうしました、何があったのです?!」

 声を上げて泣くセラにシールは動揺し、取り合えず子供にするかにセラの背を優しく撫でてみる。

 「私でよろしければお伺いいたしますよ?」

 泣きたいだけ泣かせると言う方法もあったが、何せここは廊下である。人目も気になる事だし、何時までもこうしている訳にはいかないだろう。

 しがみ付くセラの力が緩むのを待ってから、シールはセラの肩に手を乗せ引き離すと顔を覗き込んだ。

 心配そうに見つめるシールを見ていると、セラは少しずつ我を取り戻し始める。

 懐かしいシールの顔を見たら安心して思わず涙が零れてしまった。

 大丈夫かと理由を問うシールに、まさかセリドとの不仲を相談できる筈もなく―――

 (兄弟なんだし…話せないよね…)

 セリドは明らかに二人の兄を尊敬しているし、他人に向ける態度も憧れの王子様を気取っているのだ。辛くあたられているなんて相談、出来る訳がない。


 セラは涙を拭うと無理に笑顔を作り、シールへと向けた。

 「感動の再会―――なんてね。」

 「え…?」

 シールは目を丸くする。

 明らかにそんな様子ではないと言うのに―――いったい何があったと言うのだろう。

 「ちょっとやり過ぎちゃった。」

 笑ってセラはシールに手を振ると前に向かって歩き出す。

 そんなセラにシールは不安を覚えた。





 扉を叩くと中から入れと返事が帰って来る。

 セリドだ。

 王子自ら返事を返すと言う事は、部屋の中に侍女の一人も…ハウルもいないと言う事の証明。

 それは…入室した瞬間に嫌味の応酬を受けると言う事を意味している。

 嫌味を言うならフィルネスの方が格段に上級者だ。しかし、セリドの嫌味は何故だか分からないがセラの胸に深く突き刺さる。フィルネスの嫌味は言い返しそこで発散できるのに、どうしてだかセリドに対してはフィルネスの時の様には行かない。


 「…失礼します。」

 躊躇しながら扉を開けると、入り口に背を向け窓際に立つセリドの姿が目に入った。

 窓越しに秋の空を見ているようだ。

 (あれ、何かいつもと違う?)

 大人しいセリドの様子にセラは身構える。

 何か特別な仕掛けでもあるのではないかと部屋の中を伺いながら、講義を受ける大きなテーブルまで足を進める。

 椅子を引き、座る前に強度の確認。

 椅子の四本足はしっかりと床に踏ん張っている。

 座る部分にも鳥餅が仕掛けられているなんて事もない。


 (おかしい―――)


 セラは眉間に皺を寄せた。

 座った瞬間に椅子の足が折れると言う悪戯をこの十日間で二度も味わった。三度目はないと注意をしているのだがまだそれは行われていない。

 セラは注意深く腰を下ろし確認するが、普通の頑丈な椅子の様である。

 暫く腰かけたままハウルが来るのを待っていたが、今日に限ってなかなかやって来ない。

 何しろ高齢なのだ。何かの病に伏したりしているのではないだろうか…


 ふとそんな考えが過った時、セラの目の前にお茶の入ったカップが置かれた。

 カップに注がれた琥珀色のお茶からは爽やかな匂いが漂ってくる。

 「―――え?」

 セラは思わず顔を上げた。

 この部屋にはセラと、部屋の主であるセリド意外にいない。

 セラは己が目を疑い、何度も瞼をしばつかせた。

 立ったまま自分の分のカップを持ったセリドがセラを見降ろし、目が合うとはっとした様な表情を見せ視線を反らす。

 他の誰でもない、セリドが入れたお茶だ。

 爽やかに香るのは、リリス王妃が好んで入れてくれる薄荷みんとの匂いだ。

 (これを…王子様が…わたしの為に?入れてくれただとおぅ?!)

 有り得ない、絶対にあり得ないとセラは驚愕し、前にここで出されたお茶に下剤が混入されていて酷い目に合ったのを思い出す。

 セラはごくりと生唾を飲んだ。

 「毒など入れておらぬぞ。」

 セリドはテーブルを挟んでセラの前に腰を下ろし、優雅に口元へとカップを運ぶ。

 (王子のには・・・・・入ってないんでしょうけど…)

 「いただきます…」

 疑りながら一口飲んでみた。

 「美味しい…」

 温度も丁度よく、リリス譲りで意外にも美味しかった。

 顔を上げてセリドを見ると、またもや視線を反らされる。

 (なんか変―――)

 熱でもあるんじゃないかと思ってしまうが、嵐の前の静けさと言う事も有り得る。

 セラは慎重にセリドの出方を伺った。


 「お前―――」

 セリドが言いかけて言葉を止める。

 「はい?」

 そこで会話終了。


 (いったい何なんだ!?)


 気まずい雰囲気が流れている様な気がして、セラの方から話題を振ってみる。

 「ハウル先生遅いですね。」

 「ああ…ハウルは持病の腰痛が悪化したとかで今日は休みだ。」

 セリドはしれっと言い放つと、カップを口に運ぶ。

 「……は?」

 「若い癖に耳が遠いとは難儀だな。」

 鼻でふっと笑うと、手に持ったカップをテーブルに戻した。

 一連の動作が完璧なまでに優雅で気品に溢れてはいるのだが…セラは納得がいかない。

 「あのう…セリド王子。」

 「何だ?」

 セラは大きく溜息を落とした。

 「講義が無いと言う連絡はわたしの元には届かないのでしょうか?」

 今日の講義が休みだと分かっていたなら、セラは憂鬱な気分からとっくの昔に解放されていたのだ。

 「たった今教えてやったであろう?有り難く思え。」

 有り難く思えって―――

 セラはがっくりと肩を落とす。

 (わざとだな―――)

 話が通じないのではない、セリドはわざとそうしているのだ。

 セラは一気にお茶を飲み干すと勢いよく椅子から立ち上がる。

 「御馳走様でした、失礼致します。」

 「見舞いに行くぞ。」

 立ち去ろうとするセラよりも早くセリドが声を上げた。

 「は?」

 「何だ、その返事は。」

 セラとは逆に、セリドはゆっくりと音も立てずに椅子から立ち上がって見せた。

 「講義で世話になっている者が持病で苦しんでおるのだぞ、お前は魔法使いの癖に心が痛まぬのか…薄情者め―――」


 言葉とは裏腹に、セリドの瞳は嬉しそうに輝いていた。


 

 

 


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