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残されたモノ  作者: momo
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深夜の訪問者


 キエフリトを出てから最初の街で二人は宿をとった。


 セラにとっては特に急ぐ旅路でもなかったし、ウェインの体をセラがしきりに心配するので早めに宿を取ると宿の一階で夕食を取り、お互い部屋へと引き籠る。


 ウェインは寝台に身を投げると大きく息を付いた。

 炎天下での試合と血を失ったせいで疲労が残っているのは事実だったが、最後にラインハルトと会話した時に発せられた内容が一番ウェインを疲れさせていた。

 『セラを頼む―――』

 そう言って、ラインハルト王はウェインに頭を下げた。

 あの・・、威圧的かつ冷酷で誇り高く、何者にも傅く事のないウィラーンの王が、頭を下げたのだ。

 その時ウェインが受けた衝撃は例えようがない。

 心臓に悪いとはまさにこの事。

 その一言にどれだけの意味が込められているのかと思うと末恐ろしく、思考を停止したくなる。

 

 思考を停止して何時の間にか眠っていたのだろう。

 

 ウェインはけたたましく叩かれる扉の音に目を覚まし、剣に手を伸ばした。


 窓から差し込む光は既になく、夜の帳を迎えている。

 

 気配を消し叩かれる扉に近付くと、その向こうで声が上がった。


 「あ~け~ろ~~~っ!」

 何とも呆けた声。

 「セラ?!」

 鍵を外すし扉を開くと、にっこりと超が付く程ご機嫌に笑うセラが瓶を抱えて立っている。

 「お・は・よっ」

 語尾にハートマークでも付いていそうな笑顔を浮かべてそう言うと、ずかずかと部屋に入り込んで来た。

 「お…おはようだと?!」

 ちょっと待てと手を伸ばすが、セラはさっさと寝台に上がって座り込む。

 「お前…飲んでるのか―――」

 嫌な予感がした。

 「お酒…貰っちゃった。」

 予感的中。

 抱えた瓶に嬉しそうに頬擦りする様は酔っぱらい意外の何物でもない。

 こんな小娘にいったい誰が飲ませたりしたんだ―――!

 ウェインは頭を抱え込む。

 部屋で大人しく寝ているものと思い油断すれば…夜中に女一人酒を浴びるなど危険極まりない。

 こんな事がラインハルトに知れたら早速ウェインの首は飛ばされてしまうだろう。

 「部屋に戻ってさっさと寝ろっ。ほら、送ってやるから!」

 「やだっ!」

 腕を引っ張るウェインの手を振りほどくとセラは顔を上げ、今度はぽろぽろと涙を流し出した。

 「だって、寂しいんだもんっ。」

 ぐすりと鼻をすするセラの姿に、ウェインはひくりと顔を引き攣らせる。

 「寂しくて眠れないから下に降りたの…そしたら知らないおじさんがそんな時はこれに限るって…おじさんは一緒に飲んでくれたのにウェインは飲んでくれないんだ――――っ!」

 「待てっ、泣くなっ。で、その知らないおじさんとやらは?」

 「宿の御主人に怒られてる…」

 まっとうな宿で助かった…ウェインはほっと息を付いた。

 だがそれも束の間。

 セラが酒の入った瓶を差し出したのでそれをウェインが何気に受け取ると、セラはそのまま寝台に倒れ込み寝息をたて始めた。

 「ちょっと待て、そこで寝るなっ!」

 首根っこを掴みあげるとセラは寝台の端にしっかりと手をかけて抵抗を試みる。

 「やだっ、絶対ここで寝るんだもんっ。」

 「ほぉ―――いい度胸だ。」

 ウェインの眉が怒りでぴくぴくと引き攣る。

 「夜更けに男の部屋に押し掛けて来るとは…その後どう言う目に遭うかちゃんと分かっての仕業だろうな―――?」

 ウェインは寝台に膝をかけるとセラの肩を押して仰向けにした。

 セラは幸せそうに枕を抱え、既に眠る体制に入ってしまっている。

 「―――抱くぞ」

 ウェインが恐ろしい程に低い声で唸ると、セラは瞼を閉じたままにっこりと笑みを浮かべた。

 「大丈夫、ウェインはわたしの事抱きたいと思わないんだから…」

 「は?」

 何が大丈夫なのか…?

 ウェインは眉間に皺をよせ記憶を辿る。

 そう言えば…ウィラーンの城に着いた翌日、ラインハルト王に抱かれそこなったセラとそんな話をした様な―――

 「お前なぁ―――」

 見下ろすと規則正しく寝息を立てるセラの寝顔があった。

 飲酒のせいで頬は高揚し、白く細い首筋までがほんのりと色付いている。ほんの少し開かれた唇は柔らかで、紅も塗ってはいないのに赤く艶やかだった。

 絹糸の様に細くやわらかな金の髪が白いシーツに乱れている。

 ウェインはその金色の髪にそっと触れ、次に優しく撫でつける。

 「マウリーの奴、よくこんな状態で手を出さずにいられたものだな。」

 かつてセラがマウリーと起こした飲酒事件を思い出し感心する。

 贔屓目ひいきめに見ずともセラは美しい容姿をしていた。まだ一六だが結婚して子供がいてもおかしくはない年齢でもあり、少女と言うよりは娘に近い年頃だろう。

 だが、今までウェインはセラを肉体的にそそる対象…女性として見た事が一度もなかった。

 初めて会った時も瞳の印象が強すぎてそっちに興味を持ったし、セラの潜りぬけた人生に同情もした。面倒事は嫌いなくせに何故か面倒見がいい方で何かと相手をして来たが、本当にただの一度もそう言う対象として見た事が無かったのだ。

 だと言うのに…いったい何時からセラに女を感じるようになってしまったのか。

 真っ直ぐにラインハルトを想うセラの純真さに惑わされたのだろうか?


 安心しきっているのか、幸せそうに寝息を立てるセラの頬をつねる。

 「うぅ~ん…」

 僅かに反応を示すが、やはり起きる気配はない。

 「まったく…どうしたものか。」

 寝台を占領され腕を組んで考える。

 ウェインだって疲れている、出来る事ならゆっくりと眠りたいのだが、生憎寝台はセラに占領されていた。

 ちょっと前までならセラの隣に寝ても何も感じる事はなかったであろう。

 しかし今は隣に眠って聖人でいられる自身が無い。

 仕方なくセラの衣服を弄ってみるが、丸くなって眠るセラからは部屋の鍵を見つけ出す事が困難だった。

 その時セラが何かを呟く。

 「ラインハルト…」

 名を呼んで、閉じた瞳から一筋の涙が頬を伝った。

 その涙にウェインは胸を突かれる。

 寂しくて眠れない―――それがセラの本音。

 ウェインはセラが嵌めた青い宝石の付いた指輪に視線を落とした。

 見事な細工の施された指輪はセラの指には大きい。

 セラはそれを落とさないようにする為に薬指に布を巻き、その上から指輪を嵌めていた。

 親指にでも嵌めれば丁度よさそうなものだが、それでも無理して薬指に拘るその気持ちがいじらしく…切ない。


 ウェインはセラの頬に伝った涙を指で拭うと溜息を一つ落とす。

 

 寝台から離れると荷物の中から細い針金を取りだし、それを持って部屋から出て行った。

 カチャリ…

 ウェインが針金を使って鍵を閉める音が静かな闇に響いた。


  


 

 窓から差し込む光が眩しくて目を覚ます。

 セラは何度か瞬きをすると大きく伸びをしながら欠伸を出した。

 「ふあぁぁぁぁぁっ―――よく寝たぁ~」

 ゆっくりと起き上がると何故だか違和感を覚える。

 ここは、宿屋なので見慣れぬ部屋であってもおかしい事はないのだが…何だか違う気がする。

 そこでセラは床に置かれた荷物に気が付いた。

 「ウェインの…?」

 何でウェインの荷物が此処にあるのだろうと首をかしげながら――――

 ぴたりと動きが止まり、セラの顔面がみるみる蒼白になって行く。

 ここは、ウェインの部屋だ。

 間違いなくウェインの部屋だ!

 昨夜はちゃんと自分の部屋に寝ていたが…眠れなくて宿の一階に下り水を貰った。そこにいた陽気なおじさんが話しかけて来て、言われるままお酒を口にして―――

 「夢よ…これは悪い夢―――!!」

 頭を抱えて悲嘆に暮れる。

 あの後の事―――全て完璧に覚えている。

 (殺されるっ、ウェインに殺されるッ―――!)

 疲れて眠っているウェインの部屋に乱入し、寝台を奪い取った。

 寂しくて誰かの側にいたかったのだが―――過去にこの様な状況があった時ウェインは…鬼の様な形相で仁王立ちになり剣を抜きかけなかったか?!


 有らぬ想像に興じるセラの心配をよそに、ウェインはセラの部屋で思い悩みながらもゆっくりと休息をとり体力を回復していた。

 


 

 

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