別れの日
御前試合の翌日、セラとウェインはイクサーンへと立つ事にした。
傷は癒えているとは言え出血して体力を失っているウェインに無理をさせたくはなかったが、セラの心配とは裏腹にウェイン自身が出立を急いだ。
ウィラーンでの滞在が長引けばその分別れ難くなる…ウェインの気遣いを感じてセラもその意見に素直に従う事にしたのだ。
急な出立になってしまったが、知り合った騎士や宰相のレラフォルトなど世話になった人に出来る限りで挨拶を済ませる。
マクシミリアンの事も気になるので訪ねてみたが、昨日同様会うのを拒否されてしまった。
仕方なくセラは、対応にあたったリカバリーに別れを告げる。
「今から…出立されるのですか?!」
あまりに急な話にリカバリーは驚く。
「この後ラインハルトに会ってから立つつもりです。あの…マクシミリアンは大丈夫でしょうか?」
「セラ殿のお陰で殿下の傷は完全に癒えておりますし、既に出歩かれている程ですので御心配には及びません。ただ…はっきり申し上げて、ウェイン王子に負けた事が一番堪えているようで―――」
自尊心の高いマクシミリアンらしい状況と言えよう。
それでもセラは安堵の息を付いた。
「色々とお騒がせしました。」
セラが頭を下げるとリカバリーもそれに従うように頭を垂れた。
「寂しくなります。」
僅かな時間ではあったが、セラがウィラーンに齎した物はとてつもなく大きいとリカバリーは感じる。
最初に見た時はただの娘だとばかり思っていたのだが―――
リカバリーは去り行く小さな背を見送りながら、セラに出会った時の事を思い出していた。
魔物を片付けた後、怒りに燃えるセラはマクシミリアンを馬から蹴落とした。
あれは誰の目にも…あまりにも印象的な出来事。
「あれは―――ただの娘に出来る所業ではなかったな。」
リカバリーは思わず目を細めて微笑んだ。
セラがラインハルトの部屋を訪れると、丁度ウェインが出て来る所だった。
「ラインハルトと話?」
「ああ、ちょっとな。」
挨拶でもしてたのかなと思うセラに、ウェインはすれ違い様片手を上げるとまた後でと去って行く。
セラが扉の前に立つと、兵士は何も言わずにセラの為に扉を開いた。
扉の向こうではアシュレイユが微笑んでセラを迎えてくれ、そのままラインハルトの部屋へと通される。
部屋の中には少し硬い表情のラインハルトがセラの訪れを待っていた。
「行くのか―――」
「うん、行く。」
それだけ言葉を交わすと沈黙が訪れる。
しばしの沈黙の後、最初に口を開いたのはセラだった。
「また…会えるよね?」
セラは微笑みを湛えラインハルトを見上げていた。
「そうだな。」
少なくとも永遠の別れではない。
ラインハルトには愛するセラを手放す苦しさはあったが、かつて感じたセラを失う虚しさはなかった。
セラはラインハルトに歩み寄るとその首に手を掛け、ぐいと引き寄せた。
互いの唇が重なり合う。
再会の接吻は震えた。
別れの接吻は―――切ないけれど温もりを感じた。