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残されたモノ  作者: momo
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狸寝入り

 ウェインの左肩の傷は出血のわりに浅く、後遺症が残る程の物でもなかった為セラはほっと息を付く。


 傷の場所がカオスから剣を奪ったそれと同じ場所だったので、ウェインまで剣を握れなくなってしまうのではないかと言う不安がセラに付き纏っていたのだ。

 安堵したセラは、深い眠りに付くウェインの傍らに顔を伏せた。

 眠りの原因はマクシミリアンの剣に仕込まれていた痺れ薬のせいで、しばらくすれば薬の効果は消えると言う。

 御前試合でウェインの様子がおかしい様に感じたのはそのせいだったのだと、セラはやっと分かった。

 ウェインは薬の件を知っていてこの試合に挑んだのだろう。

 優勢に試合を進めながら常に緊張していたウェインと、劣勢においても余裕綽々で血を見た瞬間生き生きと剣を走らせたマクシミリアン。

 実戦に近い戦いをするマクシミリアンを傷つけまいとしながら、最終的に勝つ事を選んだウェイン。

 もし自分が此処にいなかったら、セラを賭けた試合でなかったら、ウェインはマクシミリアンを傷つけてまでこの試合に勝利を望んだのだろうか。

 ウェインが命を駆け引きする世界に足を踏み入れてしまうのがセラの心を痛めた。

 イクサーンの騎士として必要であったとしても、人が人の手で死ぬのには耐えられない。


 「これが、ラインハルトの生きる世界なのね。」

 顔を伏せたままセラは呟く。

 ラインハルトの見せた世界は、アスギルの脅威が無くとも尽きる事のない欲望の世界。

 剣と血、そして絶対的権力が混在する横暴な現実だ。

 「ウィラーンはそう言う国だ。」

 だが、カオスの治めるイクサーンは違う。

 まだ新しい国と言うこともあるがそれ以上にカオスの人柄が大きく影響し、王が民と共にあり、王は民の為の統治を目指していた。レバノ山の麓で闇の魔法使いの存在を直に感じている影響もあるが、そのお陰で大きな軍を持たずとも守られているとも言える。

 「望む世界を創ってやれなかった。許せ―――」

 ラインハルトの静かな声がセラの耳に届く。

 「違うの、責めてるんじゃない。」

 セラは顔を上げるとラインハルトの前に立った。

 「ラインハルトは立派なウィラーンの王だわ。ラインハルトがいるから今もこの国は有り続けているし、あなたの統率する強大な軍が有るから、戦争も起こさず国を守って行けてるんだもの。あなただから、ラインハルトだったから出来た事だと思う。」

 セラは両手を伸ばしてラインハルトの頬を包み込んだ。

 「ラインハルトはウェインが勝つって思ってた?」

 「カオスの息子だからな。」

 ラインハルトはセラの髪を撫でながら答える。

 「マクシミリアンはあなたの息子でしょ?」

 「あ奴はまだ修行が足りん」

 セラに手を出した愚息に対しての怒りは未だ収まってはいない。

 「マクシミリアンには腹立たしい事がいっぱいあるわ。」

 人肉を使い魔物を誘き寄せセラ達を襲わせたりという人の命を軽視するやり方も、セラを無理矢理組み敷いた事も何もかもが腹立たしく思う。

 「傍若無人で我儘で血に飢えた…子供みたい。」

 そう、何でも手に入れたがる我儘な子供だ。

 「あなたに似てるね、ラインハルト。」

 「我に…か?」

 ラインハルトは意外そうに眉を顰める。

 「うん、出会った頃のラインハルトに似てる。あなたの方が物静かで…もっと酷かったけどね。」

 「そうは思わぬが…」

 あの頃のラインハルトは視線だけで人を射殺しそうだった。

 「わたし、マクシミリアンが生きててくれてホッとしてる。フィルにお礼を言わなきゃね。」

 フィルネスの雫石が無ければセラの魔法で今頃マクシミリアンは死んでいた。

 「あんな奴に礼など無用だ、見えていたのなら口頭で伝えれば済んだ事。それを己の興味で捨ておき高みの見物に興じておったのだろう。」

 全く悪趣味な奴だと吐き捨てる。

 「それでも…やっぱり未来を変えるのは難しいもの。」

 セラはラインハルトから手を反し瞳を伏せた。

 「案ずるな、イクサーンであれば魔法が暴発する機会などそうそう有り得なかろう。」


 平和で穏やかな時を刻むイクサーンであれば―――

 セラはラインハルトとの別れの時が近い事を肌で感じた。

 

 愛しているのに、アスギルを倒したら共に生きて行くと誓った人だったのに―――

 現実がそれを許してくれない。

 セラは左指に嵌められた指輪に視線を落とす。

 大きすぎてセラの薬指でするりと泳ぐ指輪。

 それはウィラーンの王妃が指に嵌める為に作られたただ一つの品だ。

 セラがその指輪をゆっくりと外そうとすると、ラインハルトの大きな手がセラの両手をそのまま包み込んだ。

 「言ったであろう、我が妃はそなただけであると。」

 ラインハルトの強い眼差しが降り注がれる。

 「でも…やっぱりこれはもらえない。」

 ラインハルトがセラを愛していてくれても、いづれはその席に座る者が現れるだろう。

 マクシミリアンとランカーシアンのどちらかが王太子として選ばれれば、その母親の一方がラインハルトの妃の座に付く事になる。その時になって王妃が嵌めるべき指輪を他の女が持っていては争いの種にしかならない。

 「何度も言わせるな、そなた以外の女を玉座の隣に座らせなどしない。意地や誓約などではなく、我がそう望んでいるだけだ。これは我の心だ。心だけでも常にそなたの傍らに置いてはくれぬか。」

 ラインハルトはセラをそっと抱きしめた。

 「そなたの幸せが望みだ…時が来て指輪が枷となるなら迷わずそれを捨て去れ。その時が来るまでは、せめてそなたの傍らに―――」

 セラは答えの代わりに、ラインハルトの背にそっと腕をまわした。




 ウェインが目を覚ました時、心配そうに覗き込んでいたセラの瞳がぱっと輝いた。

 「よかった…具合はどう?」

 「―――ああ、悪くはない。」

 セラの瞳が赤く染まっていたが、ウェインは何も言わなかった。

 最初にウェインが目を覚ました時はラインハルトもまだこの部屋にいた。

 目覚めていながらセラとラインハルトの切ない話声に耳を傾け、素知らぬふりで瞼を閉じていたのだ。

 ラインハルトが部屋を出てからセラのすすり泣く気配があり、ウェインはそれが治まるまでじっと静かに待っていた。

 ウェインとて他人の恋愛に口を挟むつもりはないが、出来るならラインハルトの側にいたいと願うセラの思いを叶えてやりたいと思う。ラインハルト王も心ではそう願っているのにセラへの愛が強すぎるが故、真に一人の女を思う故に手放す決断をした。

 二十二年の人生を生きて、ただ一人の女性をそこまで強く思えた事のないウェインにとやかく言う資格はない。たいした気持ちも持たずに、浅い気持ちでしか女性を思えていない自分とセラ達とでは比較のしようがないのだ。

 ウェインはセラを無事ウィラーンへ送り届けるのが役目だと思っていた。それが再びセラを連れてイクサーンへ帰る事になろうとは…しかも羽蜥蜴と言う巨大な魔物と対峙したり、マクシミリアンと一戦を交え負傷したりとのおまけ付きだ。

 「迷惑かけたな。」

 ウェインは身を起こすと寝台の上で胡坐をかいた。

 「何言ってんの。ここまで連れて来てもらっただけでも感謝しているのに、魔物やマクシミリアンとの争い事に巻き込んで…迷惑掛けてるのはわたしの方でしょ?」

 「いや、実の所全部ついでだ。」

 「ついで?」

 ウェインは後ろに束ねた銀色の髪を解くとくしゃくしゃと頭をかいた。

 「ここへ来たのはウィラーンと言う国に興味があったからだ。仮にもイクサーンの王子で騎士団に属する俺では、こうも容易く都に入る事は叶わないからな。」

 正式訪問では警護と言う名の見張りに囲まれるだろうし、身分を隠しては城への入場は叶わない。セラの従者として来たからラインハルトも門を開き迎え入れ、比較的自由に城をうろつく事も出来たのだ。

 「羽蜥蜴やら魔物との一戦は俺が自ら飛び込んだものだし、何よりもいい経験になった。マクシミリアンとの事は俺の甘さが生んだ結果だ。それに関してセラは全く関係が無い―――と言うか、お前がいてくれたから勝てた様なものかもな。」

 「わたし―――?」

 「お前の力に頼ったんだ。お前がいなければ躊躇して剣を振るえずにこっちが負けていただろうな。試合とはいえ、さすがに恨みのない奴を刺し殺すには抵抗がある。」

 マクシミリアンの言うようにウェインは甘いのだろう。

 経験と言うよりもウィラーンとイクサーンでは環境が違い過ぎるのだ。

 ラインハルトの元で育ったマクシミリアンは人の命を奪う事に躊躇が無い、それが誰であったとしても同じだ。剣を向ける者に容赦はしない…ただそれだけの事。

 「それよりお前、いい加減着替えてきたらどうだ。」

 ウェインは血に染まった白いドレスを指差す。

 「あぁ、そうだねぇ…」

 セラは立ち上がるとドレスの裾を広げて覗き込むように下を向く。

 思った以上にドレスは血で染め上げられていた。

 「マクシミリアン大丈夫かな?着替えたら様子見に行って来るよ。」

 これはかなりの出血だっただろう。

 気に入らない相手とは言え、あまりの出血量にセラは心配になる。

 「お前…赤は似合わんな。」

 セラの立ち姿を見てウェインはぽつりと呟いた。

 その言葉にセラはふふっと笑いその場でくるりと回って見せた。

 「血染めのドレスなんてなかなか着れる物じゃないからこのまま行こうかなぁ~」

 「止めておけ、またさかられるぞ。」

 言われてぴたり…と足を止める。

 「うげぇ…変な趣味。冗談に決まってるじゃない。」

 大量に流れた自分の血を見たいものなどいる訳がない。

 「着替えて来る…ウェインはまだ休んでなきゃ駄目だからね。」

 言い残すとセラは扉に向かって歩き、途中でウェインに振り返る。

 そして一度下を向いてから…意を決した様に顔を上げた。


 「わたし―――イクサーンに戻ってもいいかな?」

 セラは今にも泣き出しそうな顔で必死に涙を堪えているようだった。

 ウェインは再び頭を掻き毟り、素っ気なく答える。

 「いいんじゃないか…俺だって一人で帰るよりお前がいた方が賑やかでいい。」

 その言葉にセラは、少し苦笑いに似た笑みを浮かべる。

 「ありがと、ウェイン。一緒に来てくれたのがウェインで良かった。」

 そう言うとセラは今度こそ扉を閉めて部屋を出る。

 

 一人残ったウェインは胡坐をかいたまま頭を抱えてう~んと、小さく唸った。

 

  

 

 



 

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