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残されたモノ  作者: momo
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騒動


  

 風が収まり静寂が訪れると、マクシミリアンはセラを組み敷いたまま驚愕の瞳を落とした。


 「お前が―――?」

 お前が起こしたのか―――漆黒の瞳がセラに問う。

 

 爆音が轟いた後の爆風。

 風が去った後に残された、地を抉るように作られた半円状の爆発の爪後。

 この場でセラから発せられた凄まじい破壊の力。


 力を振るった当時者であるセラは見下ろすマクシミリアン以上に驚き、その瞳は驚愕に震えていた。

 その震えは瞬く間に全身に広がり、セラは恐怖に慄く。

 「わたし―――」

 マクシミリアンの額からセラの胸元に零れ落ちた雫石に触れた。

 持ち主の身代りとなって砕け散る秘石。

 雫石が砕けたと言う事は、この石を持っていなければマクシミリアンはたった今死んでいたと言う事だ。

 セラが使うのは守護魔法だけ。

 破壊魔法は上手く制御できないのでフィルネスに使わないよう言われていたし、使い方も教えられる事はなかった。

 フィルネスに言われて以来、ただの一度も使った事がなかったと言うのに。

 意識もせずに繰り出されてしまった破壊の魔法。

 雫石が無ければ、セラはマクシミリアンを殺してしまっていたのだ。

 人を死に至らしめる恐怖がセラを襲う。

 がくがくと震えるセラにマクシミリアンが眉を顰める。

 自分に襲われた恐怖に震えているのではない。

 「大丈夫か?」

 あまりにもおかしいセラの様子に爆発の恐怖も、雫石が砕けた事すらも忘れてしまう。

 セラは己の放った力に、人を殺めかねない恐怖に怯えていた。

 差し出されるマクシミリアンの手を振り払うと首を横に振る。


 意識もせずに人を殺める力が存在する―――


 セラはその身が恐ろしい魔物の様に思えてならなかった。




 深夜の爆発音に兵士達が集まって来た。

 本来なら水浴びの為の娯楽場である筈の場所に大きな穴がぽっかりと姿を現している。

 爆音と抉り取った物を吹き飛ばした爆風に敵襲と勘違いしても仕方のない事。

 兵士らは穴の真ん中にいるマクシミリアンを目撃し、一体何が起こったのかと疑問に満ちた顔をしている。

 しかもマクシミリアンの下には、王を救った恩人とウィラーンの城で噂され今や時の人となっているセラの姿。

 「何事だ!」

 兵士らをかきわけ声を上げたのは一人の騎士、サイファントであった。

 サイファントもここにある筈の建物がなく、代わりに突如として現れた巨大な穴に呆気に取られる。

 そして穴の真ん中でマクシミリアンに組み敷かれるセラを目撃し、この奇怪な現象がセラの魔法によって生み出された物だと理解し唖然とた。

 何と強大な力なのだろう―――

 思いながらもサイファントは疑問に駆られる。

 先日の羽蜥蜴との一戦で、セラは多くの騎士達を守った。

 自身が傷つきながらも決して攻撃魔法を仕掛ける事のなかった様に、セラは保護魔法しか使えないものだとばかり思っていたのに。

 それにしても何故、あの時に魔法を使った攻撃をしなかったのだろうか。

 これ程の力を持っているのなら、魔法で攻撃した方が容易く羽蜥蜴を殺れた筈である。


 サイファントが思案に暮れている間に、ラインハルト王が姿を現し周囲に緊張が走る。

 その後に数人の騎士と、騒ぎに気付いたウェインも駆けつけて来た。

 「いかなる状況だ、報告いたせ―――」

 サイファントに命じながらもラインハルトは、目前に広がる光景を瞬時に理解した。

 ラインハルトは早足で二人のいる場所まで進んで行く。

 「セラに何をした」

 セラの肌蹴た衣を見れば一目瞭然であったが、ラインハルトは怒りを込めて冷酷な視線をマクシミリアンに落とし問う。

 ラインハルトはマクシミリアンに対して切り殺さんばかりの怒りを秘めていたが、そうしなかったのはセラがこの場にいるからだ。

 さすがのマクシミリアンも射殺さんばかりに向けられる視線にたじろぐ。

 まだ剣を向けられた方が行動が読めて楽だったかもしれない。

 その問いに答えたのはセラであった。


 「殺そうとしたの…わたしが…マクシミリアンを、あなたの子を―――!」

 セラが身を起こすと、砕けた雫石がセラの体から零れ落ちた。

 それを見てラインハルトは、マクシミリアンの額に埋め込まれていた雫石が無い事に気が付く。

 フィルネスはこれを知っていたのか―――?!

 セラが自ら念じて破壊の力を使うことはあり得ない。

 二十五年前セラを交えて旅を始めた頃、セラは薪に火を付けようとして制御が利かずに山一つを爆発で吹き飛ばしてしまった事があった。以来フィルネスはセラに破壊の魔法を教えず、使う事をも禁じたのだ。馬鹿正直なセラはそれに従い、どんなに危険な状況においても破壊の力を使う事はなかった。

 しかし一番の原因は、破壊の力で人を傷つけてしまう恐怖を持っていたからだ。

 そんなセラが自ら望んで力を使うなど絶対にあり得ないのだ。

 「お前のせいではない。」

 ラインハルトはセラの傍らに膝を落とす。

 フィルネスがマクシミリアンに雫石を授けるなどという酔狂に出た理由がやっと分かった。

 ここでセラがマクシミリアンを殺めてしまえば、その原因がセラに微塵もないにしろ一生悔やみながら生き続ける事だろう。

 悪態を付き他人に興味を示さないひねくれた性格のフィルネスだが、表むきは酷い事をしまくりながらも裏では何故かセラにだけは優しかった。

 「この様な状況故に起こってしまった事だ、案ずるな…」

 自身の力に恐怖し怯え震えるセラをラインハルトはその手に抱き上げると踵を返した。


 無言で去りゆくラインハルトに、マクシミリアンは声を上げる。

 「陛下―――その娘、俺に下げ渡してくれ!」

 突然の言葉に周囲の者達は呆気に取られ―――その言葉の意味に冷や汗をかく。

 ラインハルトはセラを抱えたままゆっくりと振り返ると冷えた視線を落とした。

 「正気の沙汰か?」

 王の愛妾に手を出そうとしたばかりか、それを欲しいと懇願するなど命知らずにも程がある。

 しかしマクシミリアンはしっかりとラインハルトを見上げて言い放った。

 「酔狂で申しているのではありません。その娘、得られるなら命をかけても悔いはない!」

 雫石に繋がれた命。

 そんな物はどうだってかまわない。

 マクシミリアンは自分でも何故だか分からないが、咽から手が出る程この娘を欲して止まないのだ。

 これが娘の放つ魔力で操られているのだとしても、それでも構わないと思うほどに。

 出会って間もない娘に対しそんな風に思うなどとは気が触れたのかもしれないと思うが、それなれそれで構いはしなかった。

 ラインハルトはマクシミリアンのその言葉に、にわかに興味をそそられる。

 虎視眈々と王位を狙うだけだったマクシミリアンが初めて他の物に興味を抱いた。

 しかもその対象がかつての自分と同じ…このセラに対して、だ。

 「面白い―――」

 ラインハルトは口角を上げた。

 「ならば命をかけてみよ!」

 声を張り上げラインハルトが視線を向けた先。

 そこにはウェインの姿があった。

 「イクサーンの王子よ、そなたはこの娘を守る為ここへ参ったのであろう」

 それなのにこの様は何だとラインハルトの目が語り、ウェインは不手際を突かれぐっと息を飲んだ。

 「明日みょうじつウィラーンの王子マクシミリアンとイクサーンの王子ウェインの御前試合を行い、勝者にこの娘を与える!」

 ラインハルトの覇気を帯びた声が夜の闇に響く。

 

 その言葉にセラは目を見開いた。




 

 御前試合―――?

 

 ウィラーンでは剣の度量を測る為に度々催され、勝者には何らかの褒美や望みが叶えられる風習になっている。

 だがこの試合…ただ剣の技を競い合うだけの物ではなく、王の御前で真剣を使って本気のぶつかり合いをする為に参加者は常に命の危険にさらされる。

 イクサーンでセラか経験したような、剣の刃を潰した様な生易しい物ではなく、相手を傷つけ殺める心の強さを持たねばならない物なのだ。

 勿論命を奪いあう事が目的の試合ではないが、度々重傷者が出るのも事実。

 いかにして相手を倒すかを競う為、ぎりぎりになっても負けを認めず命を張っての戦いにもつれ込む事も珍しい事ではない。

 ラインハルトが剣を持てば、例えそれが仕合だろうと稽古だろうと本気のぶつかり合いをしてしまう―――かつてセラもその犠牲になりかけた。

 それ程に危険が付きものの本気のぶつかり合い。

 剣を持つ者は誰しも一度は命をかけ御前試合に挑み、己を磨く。

 古よりも続く伝統とも言える試合形式は、その危うさ故にウィラーンが誇る強さの源でもある。

 

 セラは御前試合と聞いて、己に恐怖し悲嘆に暮れ折れた心が一転。

 

 急に現実に引き戻された。


 セラは手を振り上げるとラインハルトの頬を叩き睨みつける。

 王の頬を殴ると言う暴挙に、そこに居合わせた者達全て―――例外なく全ての者達が一瞬で凍りついた。


 「わたしは商品じゃない!」

 叫んでラインハルトを睨みつけると、その腕から飛び降り地に足を付けた。

 「わたしの居場所は自分で決める、だから御前試合なんて取り止めて。ウェインを巻き込んだりしないでっ!」

 ラインハルトは無言でセラを見下ろすとその手を掴み、抵抗するセラを無理矢理抱き上げた。

 「離して、離しなさいよっ、こんなの意味分かんないっ!!」

 腕の中で暴れるセラを抱いたまま、ラインハルトはウェインの前まで歩み寄った。

 「どうする、イクサーンの王子よ?」

 断りたくばそれでも構わないとでも言うように問うが、騎士であるウェインがこの試合を断る訳などないと分かり切っての質問だ。

 「この度の失態に対し、挽回の機をお与えいただき感謝致します。」

 セラを守る為にここへ来たと言うのに、セラから目を離し、有ろう事かマクシミリアンの毒牙にかけてしまう所だった。

 同時に先程のセラの動転振り…ウェインがしっかりとセラを監視し守りさえしていたなら、この様な惨事は起こらなかったに違いないのだ。

 「それでこそカオスの聖剣を譲り受けるに値する者だ。」

 ラインハルトの賛辞に礼を取るウェインを見てセラは呆れる。

 「何が失態よ、馬鹿じゃないの。これは全部わたしが起こしたわたしの責任よ。何でウェインがその尻拭いをしなくちゃいけないのよっ!」

 自分が仕出かしてしまった事でウェインまで巻き込んでしまうなんて―――!

 次にセラはマクシミリアンの方に向かって叫ぶ。

 「大体下げ渡すって何よ、人を犬猫みたいに扱うなんてホント最っ低―――あなたの物になるなんて絶対に有り得ないんだからっ!」

 ラインハルトの肩越しに叫ぶセラに、マクシミリアンは無言で不敵な笑みを返した。

 セラはその不敵さに思わず身を震わせる。

 彼らはセラの意見なんか聞いてはいない、それぞれが自分の思惑でしか動いてないのだ。

 (わたしは無視って事?!)

 

 巨大な爆破の傷跡を多くの兵士らが取り囲み、事の成り行きを見守っていた。





 セラはラインハルトに抱きかかえられたまま部屋まで送られた。

 ここに来るまで二人はずっと無言のままであったが、ラインハルトはセラを長椅子に下ろすとセラの手を取り、自身は床に膝を付いてセラと目の高さを同じにした。


 セラはぷいとそっぽを向く。


 ウェインを巻き込んでの御前試合…しかも勝った方にセラを与えると言うのだから、これが怒らずにいられようか。

 無意識とは言えセラは破壊魔法を使い、マクシミリアンの命を危険に曝してしまった事に深い自責の念を抱き…己の力に恐怖していた事などすっかり吹き飛んでしまっていた。


 ラインハルトの方とて本気でセラを勝者への供物にするつもりはない。

 だがマクシミリアンの発した暴言から生まれた話が、恐怖に震えるセラに対してこれ程の効果を生むとは思ってもみなかっただけに、これは妙策であったとも言えるかも知れない。

 ラインハルトは力では誰にも負ける事はないが、言葉によってセラを慰めたり落ち付かせたりと言う術を持ち合わせてはいなかった。

 出来る事と言えば、セラを傷つける存在を片っ端から排除して行く事位である。

 破壊魔法を使ってしまい落ち込んだセラの心のケアは、イクサーンにいるカオスに任せるのが一番だろうとラインハルトは思っていた。

 カオスはセラに対し、いついかなる時でさえ優しく適切な対処を試みる。力でしか守る事の出来ないラインハルトにはとても真似できない芸当だ。

 実際にセラを襲うと言う暴挙に出たマクシミリアンなど魔法で傷つく程度の報復、受けて当然だと思っていた。


 「すまなかった。」

 ラインハルトの大きな手がセラの頬に触れる。

 「そう思うなら御前試合なんかやめて。」

 眉間に皺を寄せ、セラは瞳に怒りを湛える。

 ラインハルトはそんなセラの仕草を微笑ましく感じ、ふっと鼻で優しく笑いを漏らした。

 濡れた金の髪をなでられると肩口にそっと唇を押し当てられ、セラは頬を赤く染める。

 体の至る所に出来た痣が白い肌に痛々しく影を落としていた。

 ラインハルトが口付けたのは、大理石の床の上でマクシミリアンに抵抗した時に出来てしまった痣にだった。

 彼の言わんとする事が分かってセラは染めた頬を元の色に戻し…溜息を落とした。

 「…平気よ。」

 ラインハルトに御前試合を止める気が無い事が分かりうんざりする。

 「まったく…男ってどうしてそう争い事が好きなのかしらね。」

 体中に痣があるのだろう。ラインハルトがその一つに触れてから体が痛みを思い出し、セラは自分を抱き締めた。

 「安心しろ、悪い様にはなるまい。」

 「イクサーンへ強制送還?それともマクシミリアンに下げ渡されるのが?」

 セラにとってどちらが悪いようにならないと言うのだろう。

 ラインハルトはセラの手を取り、そこにある指輪に視線を落とした。

 「その時は我が手でマクシミリアンを打ち、そなたを取り戻そう。」

 微笑むラインハルトに息を飲むセラの視線が重なり合う。

 御前試合の勝者がウェインならイクサーンへ、マクシミリアンならばラインハルトがセラを取り戻す。


 何と魅力的で―――恐ろしい誘惑だなのだろう。 

 

 そんな幸せなどあり得はしない。


 セラは握られた手に視線を落とした。

 「まったく―――往生際が悪いとはこの事だな。」

 そう言うとラインハルトはセラの額に唇を押し当てる。

 「案ずるな、イクサーンの王子はカオスに認められた男だ。」

 その言葉にセラは複雑な気持ちを持った。

 セラとの別れにラインハルトも辛い気持を持ってくれているのだ。

 何かをきっかけにして自分をイクサーンに返そうとしているのだと感じると、セラはラインハルトと共に歩みたいと言う気持ちが再び強くなってしまう。

 「笑ってはくれまいか?」

 ラインハルトの言葉にセラの瞳が潤む。

 温かいその手が名残惜しそうにセラから離れた。

 「湯浴みをしてから眠れ。」

 そう言い残すとラインハルトは部屋から出て行った。 

 

 





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