嫌味な魔法使い
絶世の美とはこの者の為にある言葉であろう。
そう思わずにはいられない程、この魔法使いは人間離れした異様な美しさを放っていた。
象牙色の艶やかな肌を漆黒の長い髪が引き立たせ、切れ長で形のよい銀色の瞳は宝石のように輝きを帯びている。全身を黒いローブで包み込んでいるが、そのローブを通してさえもしなやかで美しい肢体を想像できた。
これで男だと言うのだから誠に信じがたい。
そして何よりも―――
この魔法使いは何時どの時も老いる事無く出会った時の姿のままで現れる。
「いつまで鳩が豆鉄砲食らったような間抜け面してやがんだ。」
美しい容姿からは想像できない口調が飛び出す。
「フィルネス―――何故っ?!」
「手前が呼んだんだろが。」
確かに、ラインハルトは懇願した。
しかし―――それにしても何故フィルネスが此処にいるのだと言う疑問で一杯になる。
気配すらなく突然背後に現れた魔法使い。
この魔法使いは人の常識を異した行動を度々起こす。
どうやってここに来たのかなど愚問なのだろう、フィルネスは突然ここに現れた…ただ、それだけが事実。
「助けてくれるのか―――」
その言葉にフィルネスはちらりとセラに視線を落とすと、再びラインハルトに銀色の瞳を戻した。
「こりゃぁ朝には死ぬなぁ~」
銀色の瞳がきらりと輝きを増し不敵な笑みを浮かべる。
フィルネスの絶世の美貌が手伝って、その笑みは恐ろしい悪魔の微笑みにすら感じた。
「貴様…何しにここへ来たっ!」
ラインハルトは剣を抜くと一瞬でフィルネスの懐へ入り、その首筋に剣を押し当てた。
鋭い剣先が喉元に触れる。
フィルネスは切れ長の瞳を細め、余裕の笑みを浮かべた。
「助けて欲しいんだろ、この俺様に。」
くくっと喉を鳴らす。
ラインハルトは剣を握る手に力を込めた。
今すぐこの首を撥ねてしまいたい―――そんな衝動に駆られるが、ラインハルトはその高ぶりを必死で押さえつける。
「治せるのか―――?」
「俺を誰だと思ってやがる。」
ラインハルトはゆっくり剣を引くと鞘に戻した。
「条件がある。」
フィルネスのその言葉にもっともらしさを感じるとラインハルトは先を促した。
「この事態を招いたのはラインハルト、お前だ。それを償ってもらおう。」
事実を突き付けられ、ラインハルトはぐっと息を呑んだ。
「こいつは言ったよな、長くは無理だ―――と。セラの性格を一番分かっていながら時間内に片付けられなかった―――これは明らかにお前の手落ちだ。」
フィルネスの言葉がラインハルトの胸を抉る。
「―――側にいたのか。」
事の次第を告げるフィルネスは羽蜥蜴との戦いを見ていたのであろう。
その場所が何処かは知れぬ―――が。
「さっさと俺に頼ればよかったものを。」
呼ばれても助けはしなかったがな、と吹聴する。
「条件とは何だ。」
フィルネスと問答していてもはじまらない、腸が煮えくり返るだけだ。
セラの身を案じ、ラインハルトは先を急かした。
「もう一匹いるのは分かってるよな。」
ラインハルトは眉間に皺を寄せる。
「雄―――か。」
羽蜥蜴の雌は子に腹を食い破られ、二匹の子は死んだ。
残るはもう一匹、雌の対となる雄だ。
「モドリフの森をうろついてたら出くわした。んで、後ろ脚一本吹っ飛ばした所で丁度お前に呼ばれてなぁ~」
いやぁ~ホントに惜しかったと愉快そうに語る。
「羽蜥蜴の奴、怒り狂ってやがった。俺の匂いを追ってここにやって来るぞ。」
「何っ?!」
「俺が相手をしてもいいんだが、そうするとセラがもたねぇだろうなぁ~」
口調と裏腹にフィルネスは真剣な眼差しを向けた。
「償って来い―――」
雄の羽蜥蜴を一人で倒せと告げる。
「やつは足を一本失ってんだ、何とかなるさ。」
後ろ脚を一本失っている状態では動きも鈍るだろうし、危険な尻尾も安定を失い振るえないだろう。
それでも羽蜥蜴相手では命をかける事には違いない。
しかしラインハルトは迷いもなく出口へ向かう。
全くおせっかいな魔法使いだ。
条件だと突き付けながらやり場のないラインハルトの捌け口を御膳立てしてきた。
森をうろついていたのは雄の羽蜥蜴を捜しての事だろうし、周囲には常に魔物の気配があると言うのに襲って来ないのも今思えば不自然だ。恐らくフィルネスが結界を張って防いでいるのであろう。
フィルネスの言う通りセラの怪我はラインハルトのミス。
完全ではないセラに八人もの人間を守らせ、限界を超えさせてしまったのだ。このままフィルネスにセラを救わせるのは容易いが、それではラインハルトは無力な自分を責め続けるだけに終わってしまうだろう。
「セラは任せる―――」
嫌味でいけ好かないが頼りになるのも事実。
だからと言って心を許せる存在には決してなりはしないが―――
ラインハルトはセラをフィルネスに託すと早足に天幕を出て行った。
突然セラの眠る天幕が開き、ラインハルト王が姿を現す。
ウェインはその王の姿に眉を顰めた。
ほんの少し前まで悲痛な面持ちでセラの手を握り、悲嘆に暮れていたラインハルト王。
そのラインハルト王が今は覇気を帯びている。
急激な変化にセラに何かあったのかと思いもしたが…それにしては王の瞳はしっかりと前を見据えていた。
「馬を―――!」
見据えるのは正面、他は眼中にもない。
「陛下どちらへ―――?!」
サイファントがその背を追うがラインハルトはそれを一喝して制した。
「供は不要だ!」
馬に跨ると腹を蹴り夜の闇へと一目散に駆け出して行く。
向かった先はモドリフの森。
命令とは言え一国の王を単身森へ向かわせる訳にはいかない。
サイファントや他の騎士達も王の後を一目散に追う。
ウェインもラインハルト王の奇行に後を追おうとするが、王の変化が気になり天幕に目を向ける。
少なくともセラに何かの変化があった…それだけは確かな筈だ。
ウェインはセラの眠る天幕を潜った。
美しいと言う意外には形容のし難い、一目で魔法使いと分かる存在がそこにいた。
黒いローブのその人は銀色に輝く瞳でウェインを見ると微かな笑みを浮かべる。
年の頃は三十歳前後と思しき姿だが、ウェインには何故だかこの魔法使いの名を想像できた。
「フィル…ネス…か?」
絶世の美貌を湛えるその主は銀の瞳を細める。
「カオスの息子よ、淑女の眠る間に押し入るとは不躾も甚だしい。」
仮にもイクサーンの王子ともあろう者がと背を向けた。
「本当にあのフィルネスなのか?」
二十五年前、セラ達と共にアスギルを封印したあの、魔法使い。
「時留の術だ、気にすんな。」
フィルネスの肉体的時間は随分と昔に停止してしまっている。見かけは三十前後だが、実年齢は誰も知り得なかった。
フィルネスがセラを包む毛布をはぐり衣服に手をかける。
「何をしている?」
治療だと思うがウェインは一応尋ねてみた。
「てめぇなぁ~、邪魔すんなら出て行け―――」
何処までも冷たく低い声色。
銀に輝く瞳が射抜くようにウェインを見据え揺らめいた。
己の行動を邪魔される事…それはフィルネスにとって何よりもむかつく行為だ。
現実にはあり得ないが、フィルネスの背後に暗雲が漂っているかに見えて来る。
「ラインハルト王は何をしに行った?」
「はぁっ?!」
「森へ向かったぞ…王に何を言ったんだ?」
何だその事かとフィルネスはセラに向き直ると服を脱がしにかかる。
「あいつは自分に決着を付けに行ったんだ。」
「決着?」
「羽蜥蜴の雄が残ってんだろ、そいつを始末しに行ったんだ。」
「何っ?!」
ウェインは眉間に皺を寄せる。
あの羽蜥蜴…成獣を一人でやるつもりなのか―――?!
ウェインはラインハルト王の後を追う為踵をかえす。
走り去ろうとするウェインをフィルネスは引き止めた。
「行ってもいいが奴の邪魔はしてくれるな、あれは奴の獲物だ。」
「獲物だとっ!」
ウェインは振り返り声を荒げる。
「狩とは違うんだ、相手は魔物だぞ!」
「カオスなら理解するぜ―――」
フィルネスは冷たく言い放つ。
ウェインがカオスに比べられるのを嫌うと知っていてわざと比較した。
「他の奴らにも言っとけ、奴の意に反して邪魔すんなら後で殺されっぞ~ってな。」
本当に危険なのは羽蜥蜴とラインハルトのどちらかな。
フィルネスは楽しそうに瞳を輝かせた。