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残されたモノ  作者: momo
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王の懇願


 マクシミリアン率いる後発隊がモドリフの森で見たのは、辺り一面を包み込む眩い光だった。


 既に夕暮れを過ぎ森の中は危険な状態。

 マクシミリアンがラインハルト王の率いた先発隊に追い付いてみれば羽蜥蜴はねとかげは討たれた直後で、怪我を負った騎士は五名いたが命に関わるような大した状態ではなかった。

 

 マクシミリアンはラインハルト王が足を向ける先に小さな人影を認める。

 地面の上に体を転げて横たわる娘、セラだ。

 硬く瞼を閉じ、その顔色は蒼白―――まるで死んでいるようにピクリとも動かない。


 「魔法使いの小娘如きがこの様な場所に来るからだ。」

 自業自得と言わんばかりの批判。

 しかし傷を負った五人の騎士とサイファントは、マクシミリアンの言葉に同調する事無く悲痛な面持ちで遠目からセラの様子を伺った。

 「どうしたサイファント?」

 マクシミリアンはいつもなら話に乗って来る筈の反魔法使い派でもある男の名を呼ぶ。

 「…いえ、弟の事が気にかかりまして…」

 サイファントは同行していた弟の事を思い出す。

 ラインハルト王と二手に分かれて羽蜥蜴を追跡中、一つ年下の弟は魔物に襲われ瀕死の重傷を負った。

 出血があまりにも酷かったが先を急がねばならず、手当もろくに出来ないままで馬に乗せ森の外へと向かわせたのだが…

 「ルビオンスなら無事だぞ。」

 「っ―――?」

 サイファントは意外な言葉に目を見開いた。

 あの時、サイファントは弟の命を諦めたのだ。

 傷は深く魔物の毒にも侵されたあの状況で助かる見込みはないに等しかった。

 「まともに歩けない様子だったが戦況を報告して来た。あの女に傷を癒されたらしい…」

 マクシミリアンが顎でセラを指す。

 知らされた事実にサイファントは己の拳を痛いほど強く握り締めた。

 瀕死の状態だった弟が戦況を報告―――傷を癒された―――?

 弟は生きている。

 あの状態のルビオンスを魔法の力が救ったと言うのか?

 羽蜥蜴が尻尾で攻撃を仕掛けた時、サイファントは全くの無傷だったのに関わらずセラは弾き飛ばされた。セラは致命傷を負いながらも最後の力で凄まじい光を放ち―――おかげで彼らは羽蜥蜴の首を切り落とすに至った。

 セラは己の力を自身を守る事には一切使わず、全て他人を守る為に使っていた。

 あれだけの力を誇る羽蜥蜴二匹を相手にしたと言うのに、結果的に男達は致命傷に至る怪我を負った者は一人もいない。

 己を犠牲にしてまで他者を守る―――

 狡猾で自己中心的な印象だらけの魔法使いの姿などセラのどこにも存在しない。


 サイファントは小さな体で横たわるセラの身を心から案じた。


 



 「医師は伴っておるのか?!」

 ラインハルトが声を荒げるとマクシミリアンが医師を呼んだ。

 呼ばれて駆け寄った医師は周囲を気にしてびくついている。

 医師…と呼ばれるその殆どが少なからず癒しの術を使う、過去に魔法使いと呼ばれた存在。そのせいか今までここで起こった事を目にせずとも肌に直接感じ、そしてまた血の匂いに集まって来ている魔物の気配を感じ取っていた。

 医師は地面に横たわるセラに触れるが、直ぐ様それを止めた。

 「これは…無理にございます。」

 「何っ?!」

 ラインハルトの低い声に医師はビクリと体を震わす。

 「な…内臓の損傷が酷く骨も砕けております…内出血も酷い。私の様なものの力ではとても治癒できませんっ…」

 「何でもよい、絶対に死なせるな。娘にもしもの事があれば貴様の首を切る!」

 「そっ…そんなっ―――!」

 自分には無理だと竦み上がる。

 ラインハルトも瀕死の状態の人間を、この程度の医師に治療できるとは思っていなかった。今必要な力のある魔法使いは迫害のため表舞台から姿を消した。だからこの医師が治療しない限りセラの命は尽きる。それを思うと何が何でもやらせる他はないのだ。

 「ラインハルト王、先ずはこの森を出ましょう。」

 震える医師に怒りをぶつけるラインハルトに反し、ウェインは意外にも冷静だった。

 セラの冷たい体を自分のマントにしっかりと包み込む。

 「血止めの薬くらいあるんだろ?こいつが目を覚ましさえすれば何とかなるかもしれん。」

 ウェインはセラを抱き上げると恐怖で放心状態の医師を促す。

 セラが目を覚ませば自分で治療が出来るかもしれない。その為にもまずは一刻も早く延命の治療を施さねばならなかった。

 「ああそう…そうであったな。」

 今更気が付いたかにラインハルト王は立ちあがると、ウェインが抱き上げたセラに手を伸ばす。

 「すまぬな、イクサーンの王子よ―――」

 ラインハルト王は当然の様にセラを受け取ると馬を呼んで騎乗した。

 




 後続隊はエカシの村近くに天幕を張り陣を築いていた。

 村を壊滅させた元凶はもういなかったが魔物は血の匂いに敏感である。マクシミリアン達は魔物を警戒し、そのまま周囲の警護に当たる。

 ラインハルト王は自身の為に張られた天幕を提供し、セラはそこに運ばれると治療を施された。

 血止めの薬草を煎じて飲ませるが、意識のないセラはそれを飲み込む力がない。ラインハルト王は薬を口に含むとセラの半身を起こし、口移しでそれを飲ませる。

 内臓の圧迫を防ぐ為、医師がセラの脇腹に小さな穴を開け腹に溜まった血を抜くが、損傷した内臓と骨が元に戻る訳ではない。

 紫色に変わった唇。

 出血も酷く、セラの顔は蒼白だ。

 冷たくなった体を温める為毛布で包み込むがそれも気休めでしかない。

 ラインハルトは悲痛な面持ちでセラの手を握りしめたままそこを動けずにいた。

 ウェインはラインハルトの悲嘆に暮れた様を目にするのが痛く、医師と共に天幕を出る。


 他にセラを救う手立てはないのか―――?!

 天幕を出ると暗闇の中から人影が現れる。

 共に羽蜥蜴を倒した騎士達だった。

 「セラ殿の様子は―――?」

 沈痛な面持ちでサイファントが口を開く。

 「よくない。」

 ウェインは事実をそのまま告げた。

 「このままでは朝まで持たんだろう。」

 「そんなっ―――!」

 他の騎士が声を上げる。

 「俺の命を救ったあの方が逝ってしまわれるなんて…そんな―――」

 そんな馬鹿な―――落胆にルビオンスが頭を抱える。

 それはセラの力で守られたここにいる騎士全てが思っている事だった。

 ウェインはセラの眠る天幕を振り返る。

 あの怪我の状態では明朝まで持ちはしない…セラは普通の、ただの娘だ。

 自分達の様に鍛え上げた肉体を持つ訳でもなく、体力的にも肉体的にもか弱く魔法が使えようが何だろうが守ってやらねばならない存在だったのに―――

 自分はセラを、たった一人の少女すら守ってやる事が出来なかった。

 闇の魔法使いを封印したセラを心の何処かで過信し、ただの娘だと言う事を忘れていたのかもしれない。

 それなのに、ウェインは何故かセラが本当に死んでしまう気がしなかった。

 己はまだセラを過信しているのだろうか。

 それとも、今にも消え入りそうな命から目を反らしているだけだろうか―――?

  


 

 ラインハルトは懇願する。

 誰にと言う訳ではない。

 セラに再び目を開けて欲しいと、その青と赤の瞳を覗かせて欲しいと冷たい手を握りしめる。

 誰でもいい、セラの命を繋ぎとめてくれるのならどんな事でもしよう。

 だから―――誰でもいいからセラを助けてくれ―――!!

 

 ラインハルトが誰かに願うなどという、他力本願な思いを持った事などかつては一度たりともなかった。

 二十五年前にセラを失ってしまった時も、誰かにセラを助けて欲しいと願いはしなかった。

 セラを失った失望感だけがラインハルトを支配し、後の世を生き続けた。

 だが、この手の中でセラの命が尽きようとしている今、ラインハルトはひたすら呼びかけ続けていた。


 セラを―――助けてくれ。

 己を救ってくれ―――と。

 

 ラインハルトにあるのはセラを失う恐怖。

 腕の中でその命が尽きようとする様に深い恐れを抱いた。

 いったい何が間違いだったのだろう…羽蜥蜴と対峙した事か、セラを拒否した事か。それとも―――

 セラを愛した事が全ての起こりだと言うのだろうか。


 ラインハルトは一人の魔法使いを思い出す。

 所在がつかめぬ、かつて共に旅した魔法使い。

 最初は闇の魔法使いを倒す為に必要な道具として見ていた存在。

 頼りになるが、いつ寝首をかかれるか分からないと言う緊張感をもたらす、全く感情の欠片もない冷たい眼差しをした―――

 いけ好かないが、あの魔法使いなら間違いなくセラを救える―――!

 「フィルネス―――」

 昔ラインハルトがセラと剣の手合わせをした時、ラインハルトの剣がセラを切り裂き肺と心臓を傷つけた。

 即死してもおかしくない状態の怪我を、フィルネスは顔色一つ変えずものの見事になかった事にしてしまった。

 ラインハルトは、完璧な魔法に自画自賛し憔悴するフィルネスの姿を思い出す。

 「奴が此処にいれば―――」

 無いものを求めたとて意味のない事だったがそれでも懇願せずにはいられない。

 何物にも変え難い大切な存在を助けてくれるのなら、その相手がアスギルの様な悪しき存在であってもラインハルトは膝をつき心から懇願したであろう。

 「フィルネス…頼む…」

 ラインハルトの頬を涙が伝った。

 「セラを助けてくれ…頼むフィルネスよ―――!」

 

 「お前がこの俺に頭を下げ懇願する日が来ようとはな―――」

 

 背後から―――

 嫌味と歓喜に満ちた声が降り注いだ。 



 


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