二匹の敵
羽蜥蜴は相当暴れまわったのだろう…周りの木々はその巨体にへし折られ辺り一面に散乱し、その光景はまさに苦痛にのた打ち回って倒れたように見える。
唸るように喉を鳴らしぴくぴくと痙攣する羽蜥蜴。
だがそこに戦いの傷跡は見られない。
この場に駆けつけたばかりのウェイン、そして三人の騎士は状況が掴めずにいた。
羽蜥蜴を挟んで反対側にいるラインハルト王を含む四人は額に冷や汗を流し、横たわる巨体に剣を向けてはいるが攻撃を仕掛ける気配がない。
セラは羽蜥蜴を横切りラインハルトの方へと駆け寄った。
「セラ―――!?」
何故セラが此処にいるのだとラインハルトは驚きに目を見開く。
レラフォルトの奴…セラを帰すのに失敗したな…忌々しく舌打ちするがそれも一瞬の事。
この状況においてセラが此処にいると言うのはラインハルトにとっても歓迎に値した。
まさか…エカシの村を襲ったのが羽蜥蜴であろうとは想像しなかったのだ。
しかも―――
「もしかして…産まれるの?」
「そのようだな―――」
出産を止めるのは無理だ。
雌が動かぬ所を見ると、胎内に宿る子は既に親の内臓を食い尽してしまっている。
今から雌を殺しても子は腹を食い破り這い出して来るだろう。
セラは息を飲み眉間に皺を寄せる。
子供とは言え同時に二匹の羽蜥蜴を相手にした事など一度もない。
大人一匹でも苦戦するのに二匹同時に相手をするとなると―――
セラは周りに視線を向ける。
自分以外に八人…二匹の羽蜥蜴を相手にしながらこの八人を守り切れるだろうか―――?
考えるより先に羽蜥蜴の腹が蠢いたかと思うと…
羽蜥蜴が大きな唸り声を上げると同時にその腹が裂け血飛沫を上げる。
雌の腹を食い破りながら―――二匹の羽蜥蜴が転げるように飛び出して来た。
子供だと言うのに羽蜥蜴は既に成獣の半分程の巨体を誇っている。
「行けるか?!」
「長くは無理っ!」
ラインハルトの問いにセラが深く念じながら答えと、二匹の魔物と騎士達の体が一斉にぼんやりとした青白い光に包まれた。
羽蜥蜴の目を反らす為の結界と、八人を攻撃から守護する魔法を同時に放ったのだ。
羽蜥蜴の子は結界に包まれ己の居場所が掴めぬ様子で足を踏み、その度に地面が揺れる。
ラインハルトとウェイン以外の者達は突然自分を包み込んだ光に驚きを隠せない。
「守りの壁だ、騎士ともあろうものが怯むでないっ!」
ラインハルトの一括で騎士達は我に返ると羽蜥蜴に向かい剣を構える。
守りの壁…その光に包まれた騎士はある事に気付く。
魔物に受けた傷の痛みが消え、体が軽く感じるのだ。
セラの作り出す守りは攻撃を防ぐと同時に僅かな癒しと素早さをもたらす。
しかし八人もの大人数となると、セラにも完璧なものは作り出せなかった。
「二手に分かれる、王子はそちらに加われ!」
ラインハルトはウェインにサイファントのいるグループを示した。
「カオスの聖剣を継ぐに相応しい者か見極めさせてもらう!」
ラインハルトはそう告げると羽蜥蜴に剣を向け、歓喜に似た笑いを浮かべた。
「狙いは羽蜥蜴の首だ!」
急所は首。
首を落とせは羽蜥蜴は死ぬが、巨大で硬い皮膚を持つ首を落とすのは至難の業だ。
しかしラインハルトはまるでこの戦いを楽しんでいるかに鋭い眼光を輝かせた。
セラは後方に下がると八人の動きを同時に見守り、羽蜥蜴の動きを封じようと念じ続ける。
素早い動きを持つ羽蜥蜴の動きが鈍り、硬く鎧の様なその身を剣が傷つけ始めた。
羽蜥蜴は結界のせいで人影を的確に捕える事が叶わず長い尻尾を振り回す。
その尻尾が騎士の腹を直撃し後方へ飛ばされ背を大木に打ち付けた。
「うぐっ!!」
衝撃で血を吐く。
セラはその騎士に駆け寄りながら両手に二つの光の球を作り出すと味方に向かって投げつけた。
光の球を投げられた騎士は羽蜥蜴の尻尾の直撃を受けたが全く衝撃を感じない。
代わりに球がその衝撃を吸収するように膨張して弾け飛んだ。
負傷し苦痛に耐える騎士の背に手を回すと背骨が折れていた。
先程サイファントの態度を誤った騎士だ。
セラは直ぐ様治療を試みるが他の者たちが気になって集中できない。羽蜥蜴に張った結界は既に効力を失いかけていたのだ。
まだ完全でない魔法力で何処までもたせる事が出来るだろうか。
騎士の背に手を当て青白い光を放ちながらセラは焦りの色を覗かせ眉を顰めた。
「どうぞ…私に構わず…」
決してセラや魔法を否定しての言葉ではなく、彼自身がこの戦いにおいて自分よりもセラの魔法の助けが必要だと感じて発したのだ。
こうしている間にも戦況は悪化して行く。
セラの魔法に守られ羽蜥蜴の返り血を受けても毒に侵される事はなかったが、結界の効力が弱まるにつれ羽蜥蜴の動きが俊敏さを増して来ている。結界の効力が切れるのも時間の問題だ。羽蜥蜴が本来の力そのもので挑んで来たら、いくら魔法で守っていようとも人間の肉体など一溜まりもなく砕け散るだろう。
「ごめん―――」
セラは選択した。
「動けるまでには回復させるけどもう戦いには加わらないで。あなたにかける守りの力を他に使いたいの。」
騎士には騎士の心情があるだろう。
強い精神を持っている者ほど、動けるまでに回復してしまえば再び剣を握り命をかける。
命を惜しんで逃げるなど騎士の誇りにかけて有り得ない行動なのだ。
セラはそれを知っているだけに強く懇願した。
「あなたが再び戦いに加われば、わたしはあなたを放ってはおけない。だからお願い、約束してっ!」
騎士はセラの言葉に頷くとその手に触れ、治療を拒んだ。
「私はもう大丈夫です、ですから…行って下さい。」
騎士はセラの心を理解していた。
体に直接触れられ治療を受けながら、自分が魔法使いと言うものに抱き続けた負の感情をとても恥ずかしく感じていた。迫害の対象とした魔法使いに手当てを受けるのを恥じたのではなく、己の心を恥じたのだ。
セラのゆれる瞳が更に騎士の心を溶かす。
「ごめん。」
セラは再び詫びの言葉を口にする。
「巻き添えになる、ここから離れて―――」
セラは踵を返すと二匹の羽蜥蜴に向かって走り出した。
凄まじい突風が撒き上がる―――!
羽蜥蜴が二匹同時に羽ばたいた為にお互いの風によって竜巻が起こった。
四人の騎士が空高く吹き飛ばされ地面に叩きつけられると、羽蜥蜴はそれに向かって口を開き突き進んだ。
騎士が食われる寸前、ラインハルトとウェインがその首に聖剣を打ち込む。
断末魔とも思しき叫びが上がり血飛沫が迸る―――が。
羽蜥蜴は半分首を切られながらも生きて、毒に染まった体液を撒き散らしながら牙を剥きラインハルトに襲いかかった。
ラインハルトは足を踏みしめそれを迎え撃つ。
血が騒ぎ、口角を上げほくそ笑んだ。
下から切り込むその一振りが残りの首を見事に切り裂き、首と胴に別れた羽蜥蜴が地響きを上げ地面に倒れ落ちた。
首と胴に分かれ倒れた羽蜥蜴は瞬く間に溶け消える。
対してもう一匹、セラとサイファントが対峙している。
セラは地面に叩きつけられ倒れたままの騎士達を気にしながらも、サイファントを守る光の壁を更に強固なものに変えていた。
魔法に守られると言う事を理解したサイファントは、魔物の血を気にする事無く羽蜥蜴に切りかかっていたがその首を落とすまでには至れない。
ラインハルト達が羽蜥蜴の首を落としたのを横目で確認すると、セラは目の前の羽蜥蜴に集中する。
両手を翳して巨大な光の球を作り出し羽蜥蜴に向かってそれを投げつけた。
光の球は羽蜥蜴を包み込むと圧力をかけ一瞬動きを封じ、その隙にセラは羽蜥蜴の目前に出ると更に光を浴びせ完全に動きを封じた。
動きを封じられた羽蜥蜴の首にサイファントが切りかかる。
しかしその瞬間―――
セラの膝が折れた。
魔法の使い過ぎによる体力の消耗。
同時に羽蜥蜴を拘束する力が緩み―――鋭い尻尾がサイファントとセラを襲う。
「「セラっ―――!」」
ラインハルトとウェインが同時に叫ぶ。
サイファントはセラの魔法に守られ大した衝撃も受ける事はなかった。
しかし。
その攻撃をセラはまともに脇腹に受け、衝撃で弾き飛ばされる。
弾き飛ばされたセラはウェインに受け止められ地面に直撃する事は免れたが、その表情は苦痛に満ちている。
「はぁうっっ…!」
「セラっ!」
ウェインが背を支えるとセラは苦痛の表情のまま必死に身を起こそうとする。
セラの負傷によって完全に拘束を解かれた羽蜥蜴が暴れ出し、牙と尻尾でラインハルトとサイファントを攻撃する。
二人は身をかわし応戦するが羽蜥蜴の素早さと攻撃に押され、首を狙う事に手間取っていた。
「―――行って…っ」
セラが声を絞り出す。
「なっ―――!」
何を言って―――
言いかけたウェインは声を飲んだ。
セラを守ると言う事。
それはここで負傷したセラを支える事ではなく、羽蜥蜴の首を切り落とす事だ。
正に今、ラインハルト王がそうしている様に―――
セラを受け止めたウェインと羽蜥蜴に向かって行ったラインハルト王。
ラインハルトは何の迷いもなく真っ直ぐに羽蜥蜴へと剣を向け突き進んだ。
セラには目もくれずに…だ。
ウェインは戦い方と守り方の違いを痛感する。
セラもラインハルト王も、今何をすべきが、どうする事が一番の良策かをその身に摺り込んでいた。
「行ってウェイン…最後よっ」
苦痛に満ち言葉を紡ぐセラの左目が真っ赤に燃えていた。
血のように深く…更に輝きを放って―――
ウェインは剣を取り、羽蜥蜴に向かい走る。
そのすぐ脇を鋭い光線が走り抜けた。
光の矢が羽蜥蜴に突き進むと衝突し、眩い光線が辺りを包み込む。
その光に合わせラインハルト王とサイファント、そしてウェインが同時に羽蜥蜴の首を狩る。
刹那―――
羽蜥蜴の巨大な首が空を舞った。