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残されたモノ  作者: momo
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策略


 ラインハルトの部屋から飛び出したセラをアシュレイユが認めたが、セラは彼女が声をかけるよりも早く疾風の如く走り去ってしまた。

 部屋まで案内せねば―――

 そう思い走り抜けたセラを追うが、アシュレイユではセラのその足に追い付ける訳もなく、あっと言う間に見失ってしまう。

 

 セラはラインハルトから逃げる様に闇雲に城の中を走り回った。

 『何故ここへ来た―――』

 そう言われた時から…否…結界から出て来てこの世界が二十五年の月日が流れていたと知った時から、こうなるのではないかと言う思いは常に心の中にあった。

 だけどそれを認めたくなくて先送りにし、ラインハルトに再会した歓びにまかせて鍵をかけていた。

 いやな事に蓋をしてしまったのだ。

 ラインハルトの言いたい事、それは決して裏切りや心変わりでない事はセラが一番よく感じている。

 分かっていたのだ…自分を愛してくれるラインハルトがどういう人なのか。

 『守る』と言った言葉。

 『愛している』と言った言葉。

 ラインハルトはそれを今も貫いている。

 嘘偽りなくして愛し、守ろうとしてくれている。

 二十五年と言うものは―――

 「そんなに大きい時間なの―――?!」

 走りつかれてその場に立ち尽くす。

 セラはラインハルトと一緒にいたい。

 ただ、ずっと…残された時間の壁があるのだとしたらそれこそこの瞬間すら無駄にはしたくないと言うのに。

 ずっとそばにいて手に入れられなかった時間までも奪い返したい―――

 「ただ…愛しているだけではいけないの?」

 セラの頬を涙が伝う。

 時間を気にするのではなく、セラの本当の思いに答えてほしかったのだ。

 時間を理由に、拒否されたくなどない。

 そんな甘い気持ちでここにいるのではないと言うのに―――!!!


 セラは拳をギュッと握りしめる。

 「絶対に…時間なんかに負けないっ!」

 別れる事がセラの幸せに繋がるのだと勝手に勘違いしているラインハルトに思い知らせなければならない。そんな馬鹿みたいな理由…絶対に取り下げさせてやるっ!!

 そうと決まれば早い方がいい、言葉の先を聞くのが怖くて思わず飛び出して来てしまったが今から戻って説得に当らねば。

 何しろラインハルトは王様だ、明日になって会えなくなっては遅いのだから。

 セラはイクサーンの王となったカオスと過ごした時間を思い出す。

 王になったカオスは常に忙しい様子で、同じ城にいても夕食以外その姿を目にしたのはごく僅かだった。

 セラは踵を返し来た道を戻ろうとする…が。

 「ここはどこだぁ?」

 夜の闇、セラは外まで突っ走ったらしく入り組んだ庭園に出ていた。

 方向音痴ではない、一度通った道は大抵覚えられる方だった。

 が、しかし―――

 闇雲に人のいない方いない方へと走って来た為に、だだっ広い王城で迷子になってしまっていた。






 セラの立っている場所…そこは後宮と呼ばれる王妃や妾の住まう敷地。


 現在のウィラーンに王妃はいない。

 王妃の座にふさわしいと後宮に来た貴族の女ですら、ラインハルトはその椅子に座る事は許さなかったためだ。

 ラインハルトの前で『王妃』という単語は禁句に近い。

 彼にとっての王妃…それは失った存在だった。

 それでもラインハルトにとってのただ一人の人はセラに相違なかった。

 その為、現在ウィラーン王妃の冠を頂く女は存在していない。

 ラインハルトの逆鱗を恐れ今は誰も王妃の座を口にする事はなくなったが、決して王妃争いが無くなった訳ではない。

 水面下では息子が王太子として宣旨を受けると同時にその生母が王妃の座に付く…と言う二人の女達や自分の娘を王妃にと言う有力貴族、諸外国の王族らの目論見が渦巻いている。

 セラの存在は彼らにとっては目の上の瘤、邪魔で煙たい存在である意外の何者でもない。

 現在のウィラーン後宮内においてセラの素性は事細かに知れ渡っていた。

 そんな場所に間違いでも踏み入れるべきではないと言うのに、セラは取りあえず建物の中に足を進める。

 陰謀の渦がとぐろを巻いているとも知らずに―――

 

 そこには、イクサーンの王子を歓迎する宴から漏れた後宮中の女達が集まって宴会の真っ最中であった。

 ここに集まる女達は当然ラインハルトの妾達で、寵を争う若い女やかつての女、それを取り巻く侍女やら出入りを許された貴族の男達が深夜になってもけたたましく遊びに興じている。

 そして今夜の宴の主役とも言える女の元に、城内の宴から戻って来た女が密かに耳打ちする。

 すると女の顔色が見る見るうちに怒りのそれへと豹変して行った。

 女は年の頃は四十を過ぎていたがとてもそうは見えない程に美しく磨きあげられていた。

 艶のある肌に真っ赤な唇…そして深紅の豊かな髪が印象的な女性。

 マクシミリアンの母親、シビルランレムである。

 宴から戻った女は、ラインハルト王の見せた奇行とセラの存在を告げ、二人が王の私室に消えた事までをシビルランレムに告げたのだ。

 王の私室に入る事を許された女は三人の侍女たちだけ。その他は誰も、勿論王の子を産んだシビルランレムすら立ち入りを許された事はない。それどころか王が自室にいる時は連絡を取る事すら禁止されていて、禁を犯せばシビルランレムすら命はないであろう。

 だと言うのに―――

 「小汚く陰険な魔法使い如きの小娘が王の寵愛を受けようとは!!」

 唸るように吐き捨てる。

 シビルランレムは腸が煮えくり返る思いだった。

 王の寵愛、それもただの寵愛ではない。

 ラインハルトがセラにとった態度、手打ちになる筈の行為を止めた娘。何よりも今まで誰も知らなかったラインハルトの真髄を曝け出させた事。

 「いかなる魔術を使ったと言うのだ!?」

 暴いて火あぶりにしてくれる!

 魔法使いは迫害されている。それに乗じて危険因子を抹殺せねばとシビルランレムは策を巡らそうとしたその時である。

 「シビルランレム様、あれ…あの女に御座いますわっ!」

 女が耳打ち指し示す方向には、ここでは異質な金色の髪の娘がこちらを窺うような仕草で立ち止っているのが遠目に見えた。

 シビルランレムは赤い唇に不敵な笑みを浮かべると、宴の席を立ち広間の真ん中を我が物顔で突っ切る。

 そして娘の視界に己が映る瞬間、気品を湛えた微笑みで柔らかに声を発した。


 「もしかして…イクサーンの姫ではござりませぬか?」

 背が高くすらりと伸びた手足、そして深紅の髪の美女の出現にセラは思わず見とれる。

 胸元の大きく開いた薄手の衣からはたわわな胸が半分見えていて、同性のセラですら目のやり場に戸惑う程だ。

 「いえ、姫ではありません。イクサーンの王子に世話になっている者です。」

 姫の例えに説明を入れる様を見てシビルランレムは赤い唇に指を置きくすりと笑った。

 「わたくしはシビルランレム、第二王子マクシミリアンの母ですのよ。」

 (あの馬鹿王子の?!)

 そう言えば同じ深紅の髪をしているとセラは戸惑う。

 「セラと申します。マクシミリアン王子には…先程お会いいたしました―――」

 とても馬から蹴り落としたなどとは言えないっ!!

 マクシミリアンの母親と聞いてセラは冷や汗をかいた。

 人を餌に魔物を誘き寄せたり命を軽視したりと性格に大問題を抱えるであろう王子と比べ、母親と名乗るシビルランレムは穏やかで優しい表情を湛えている。

 しかしセラはおそんなシビルランレムに何か引っかかりを覚えた。

 笑ってはいるが、その黒い瞳は何か掴み所がないのだ。

 「まぁ左様で。こちらも宴の最中、セラ殿もご一緒くださりイクサーンの話などお聞かせ下さりませ。マクシミリアンも間もなくこちらへ渡ってまいしましょうぞ。」

 にこやかにほほ笑むとセラの手を引く。

 「あっ、いえっ…わたしはっ!!」

 あの王子とここで顔を合わせるなんて冗談じゃない!

 セラの心の叫びなど余所に、シビルランレムはセラの腕を掴んでぐいぐいと引っ張って行き、自身の隣へと座らせた。

 シビルランレムが手を引く新たな客人に好奇の目が送られるが、それも一瞬の事。皆すぐに各々の世界へと舞い戻って行く。

 先程の宴の席と違いここには緊張感がない。

 皆が楽しく談笑し声を上げ、陽気に踊り歌い、男女の戯れがあった。

 「わたくしどもはあちらの宴には呼ばれませぬ、それ故こちらで―――」

 侍女が準備したセラの分の酒をシビルランレムが直接手渡しながら、セラの首筋にある吸引痕に目を細める。

 この様な小娘に王が言いなりとは忌々しい事―――!

 怒りと嫉妬の炎を秘めながら、ふとある思いがシビルランレムの脳裏をかすめほくそ笑む。

 王は小娘の言いなり―――

 これはもしや…思わぬ宝を手に入れたのではないのか?

 シビルランレムは己の杯とセラの杯を合わせてカチンと音を鳴らし、細い目をして口を付ける。

 その仕草にセラは世界の違いを感じた。

 なんて綺麗で優雅で、そして妖艶な人なのだろう。

 ラインハルトはいつもこんな人たちに囲まれているのだ―――ウィラーンにある後宮と言う存在をシールから一応は聞いてはいて覚悟はしていたが、それでも自分とのあまりの違いにセラは極めて深い劣等感を抱く。

 「そなたは王と共にアスギルを封印した魔法使いとか…魔法使いが外見を自由にできると言うのは誠の話でございましたか。」

 シビルランレムは羨ましそうにセラを眺める。

 セラは自分の素性が知れている事に驚いた。

 「いえ、わたしには時を止める力はありません。」

 「何と!では何故そなたは歳をとっておらぬのだ?!」

 半身を起して迫り来るシビルランレムの大きな胸に、セラは自分にはない色気を感じて思わず後退する。

 肉体の時を止める魔法など滅多に使える者などいない。アスギルやフィルネスクラスの魔法使いなら使えるのであるが、そこまで強大な力を持った魔法使いなど他に存在しないのだ。その為、そんな魔法はないにも等しい。

 「あの…それはまぁ何とも…」

 シビルランレムが自分の事を何処まで知っているかも分からなかったが、レバノの封印の話などを詳しく説明していいものか分からず、セラは自身からは口を開かない事を選んだ。

 「そうですわね、女に秘密はつきものですものねぇ。」

 思わず本気で迫ってしまい、シビルランレムはフフフと笑ってごまかす。

 魔法ではない力で若さを保つ事が出来るのであれば何としても手に入れたいと望むのが女の性。しかし今はそれよりも…だ。

 「まぁ杯が進んでおりませんわ、お気に召しませぬか?」

 折角用意しましたのにと悲しそうな表情でセラを覗き込む。

 「いえ、そうではなくあまりお酒は―――」

 マウリーと飲んで犯した失態を思い出す。

 「まぁまぁ大丈夫ですわ。わたくしも飲めぬ口、されどこれは子供でもいける水の様なものでございます。折角知りあえたのでございますもの、さあご一緒に―――」

 セラは進められ、用心しながら透明な酒を口に含む。

 本当に僅かな量だったがそれでも時間が立って来ると瞼が重くなり、シビルランレムの声が遠くなって来た。

 (ううぅ~こんなんじゃラインハルトの所になんて行けそうにない)

 睡魔が襲うがこんな所で寝込む訳にはいかないと必死に戦う。

 取りあえずウェインを探せばなんとかなるだろう。

 「ごめんなさい、わたしもう―――」

 「まぁ、まだ良いではござりませぬか。」

 杯を置いて立ちあがろうとするが、そのままふらふらと倒れ込んでしまった。

 駄目だと思いながらも意識は遠退く。

 ウェインの激怒したあの日の姿がセラの脳裏をかすめた。





 「意外に呆気なかったのぅ―――」

 満足そうに笑いながら杯を空ける。

 酒に慣れてはいないのだろう、念のため酒に薬も混ぜはしたが何と呆気ない事か。

 「母上―――」

 その時、背後からマクシミリアンが姿を現した。

 「おおマクシミリアンか。闇の魔法使いと戦ったと言うので如何様かと思えば…ほんにただの小娘ではないか。全くこの様な小娘に執心する王の気が知れぬわ!」

 微動だにしないセラを足で小突く。

 「これをどうなさるおつもりです?」

 昼間は威勢よく無礼を働いた娘にマクシミリアンは冷たい視線を送る。

 「そなた…この娘を手篭めに致せ。」

 「なっ―――!?」

 王が特別視する娘に手を出せばさすがの王子とて命はない。

 「何の冗談です!」

 「冗談であるものか。王はこの娘にいたくご執心と聞く。何でもいいなりと言うではないか、そなたその目で見て来たのであろう。」

 そう、マクシミリアンはその目で信じられないものを見て来た。

 王が愛おしそうにセラを慈しむ姿、その手から決して離そうとはしない様。娘の取った無礼の数々が王の逆鱗に触れる所か…本来首を落とされていいはずの狼藉を働いた侍女の命まで繋ぎとめてしまった。

 それは全てこの娘が起こした奇跡の様な現象。

 だからこそ、この娘に手出しをするなど決して許されないと誰の目にも明白。

 「娘の身も心も手に入れるのじゃ。さすれば娘に言いなりの王も娘の進言によってそなたを王太子に付けようぞ。」

 小娘一人そなたにかかれば造作もなかろう―――

 母親の名案にマクシミリアンは溜息をついた。

 セラとマクシミリアンの出会いはお互いに最悪なものだ。

 狼藉者の娘を思い知らせる為、手篭めにし屈辱を与える事は容易いが…その先、思い通りにする為に心を手に入れるなど想像もつかない。そもそもマクシミリアンは女に気を使った事など皆無に等しいのだ。

 「母上、この娘ランカーシアンにくれてやりましょう。」

 「何っ?!この様な宝を何故あのようなものにくれてやらねばならんっ。」

 シビルランレムは後宮での権力を二分する憎っくき女…ミユランシイを思い出し唇を噛んだ。

 「これは王の寵愛を誠に受けた娘。娘を無理矢理手篭めにしたと知れれば王の逆鱗に触れましょう。」

 「それ故に心を手に入れよと申しておる。」

 シビルランレムは苛々と酒を煽る。

 「そんな面倒臭く時間のかかる事よりも、ランカーシアンに消えてもらった方が早い。」

 マクシミリアンの言葉にシビルランレムは眼を開いた。

 その意を理解し、半眼を閉じて不敵な笑みを浮かべる。

 「上手く行くのかえ?」

 既にその時を想像するシビルランレムにマクシミリアンは口角を上げる。

 「急げばまだ間に合いましょう―――」

 マクシミリアンは床に転げたセラを抱き上げた。




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