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残されたモノ  作者: momo
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再会


 ウィラーンの都キエフリトは土色の街だった。


 広大な都全体が石造りの壁に囲まれ、その内部もまた幾重にも壁が立ち塞がる。

 街はうねる迷路のような作りで外敵の侵入を阻む為だと言うのが一目瞭然。歩く先々で兵士の姿を目撃し街頭には武器屋も多い。

 イクサーンの都の様に道幅もなく明らかに作りが違った。

 全てが戦の為に作られた都、さすが軍事大国とウェインは思う。


 迎えの騎士に案内されながら王城へ向かうが、先頭を行くマクシミリアンはあれから一度も振り返らずセラをちらりとも見ない。

 この国に王子と生まれただけあってその傍若無人さは感嘆に値する。その王子がセラの無礼に相当の怒りを覚えただろう。この先ウェインの心配はマクシミリアンの何時起こるとも分からないセラへの反撃と…それに対するセラの攻防。

 対して赤い衣に身を包んだウィラーンの騎士達は、微妙な距離を保ちつつ入れ替わり立ち替わりセラの顔をこっそりと覗き込んで行く。

 赤と青の非対称の目を珍しく思っての行動であったが、まるでそれを見咎められるのを恐れつつも怖いもの見たさ…と言った所の様な仕草だ。

 覗き込んだ一人にセラがわざと視線を合わせると、相手の騎士は慌てて視線を反らす。

 「ぷッ…」

 「おいおい、遊ぶなよ。」

 「だって…」

 その様が妙に可笑しいのだ。

 「呪われるとでも思ってるのかな?」

 「かもな。」

 一番の原因はセラがマクシミリアンに取った行動だと思ったが、ウェインは折角治ったセラの機嫌を再び悪くするのは避けたかったので言わずにおいた。

 普通やるか…あんな事―――

 いくらはらわた煮えくり返る程いけ好かない奴に対してであったにしろ、相手はウィラーンの王子だ。セラの行動にはさすがのウェインも理解に苦しむ。こんなにも厄介な娘だと知っていたなら同行を拒否したのにと…今更ながら後悔した。

 

 ウェインの目があるのを気にしての事だろう。

 明らかに遠回りをしているな―――と言う道程を終え、やっとの事で城に辿り着く。

 当然の如く城も土色の城壁に囲まれ、重々しい扉が開けられると一行はそこから城へと入った。

 入城と同時にマクシミリアンはリカバリーに目配せし、セラへ不敵な笑みを浮かべる。そしてそのまま他の騎士達を引き連れて姿を消した。

 セラとウェインは馬を下りるとリカバリーに付いて城へと入る。

 ウェインにも緊張が走った。

 ここから先は何が起こるか分からない。

 そもそもウィラーンの城から無事に帰れるのかウェインは不安を覚えた。

 城の中は演習か戦でもあってるのかと思えるほど兵士が行き交っていた。

 そのまま奥へ進んで行くほどに兵士の数が減り、最後には扉を守る兵士だけが立つ場所に行き着く。

 リカバリーが兵士に目配せすると扉が開かれ、中から初老の男…ウィラーンの宰相であるレラフォルトが顔を出す。

 「イクサーンのウェイン王子とセラ様をお連れ致しました。」

 レラフォルトは少し頭を下げ、ウェインとセラを見る。

 そしてやはりセラの瞳に囚われ、口を噤んだ。

 「これはこれは誠に…」

 それを隠すかに口だけで笑顔を作るが、その目は非対称の瞳に釘付けだ。

 二人が中に招き入れられると重厚な扉が閉められる。

 ひんやりとした空気が張り詰めた大理石作りの広い部屋。

 その広大な部屋の一番奥にウィラーン王国の王の玉座が聳える。

 

 セラは息を呑んだ。

 玉座には大きな黒い人影。

 その玉座に座る事を許されるのは世界に一人しか存在しない。

 ウィラーンの王、ラインハルト―――その人のみである。


 人影がゆっくりと立ち上がり、玉座を下りる。

 それに合わせてセラも一歩、また一歩と歩みを始めた。

 お互いが一歩ずつ近付くにつれ、お互いの顔がはっきりと見えて来る。

 黒い人影がセラの顔を認めた瞬間、その場に歩みを止めた。

 するとセラは一気に走り出す。

 そして、何の迷いもなくその人…ラインハルトの大きな体に飛び付くように抱きついた。

 「―――っ!!」

 声が出ない。

 ただ…セラは抱き付いたまま唸るように泣いた。

 大粒の涙がどめどなく溢れ落ち、頬を伝いラインハルトの胸を濡らす。

 ラインハルトはハッとしたような悲しい表情を浮かべた。

 そして…セラをきつくしっかりと抱き締める。

 「何故…何故来たのだ―――」

 ラインハルトの声が震えていた。

 


 

 何故ここへ来た―――


 この世でただ一人、ラインハルトの心を捕えて離さない少女。

 たった一人、ラインハルトが愛して止まない愛しい人。

 アスギルとの戦いでセラを失い、ラインハルトの心は再び凍りついた。

 それからのラインハルトはセラに出会う前に戻り、獰猛な血も涙もない王として君臨し続ける。

 幾多もの妾を囲い、勤めである世継ぎをなしても晴れる事のない冷え切った心。

 セラを失ってからは悪行の限りを尽くした。

 元来血と争いを好む性格なのである。セラが傍にいたとて完全に変れたかすら疑問に満ちるが、セラさえ傍らにいたならラインハルトは聖人君子にでもなる覚悟があった。


 だが、失ったのだ。


 逢いたくて逢いたくて止まなかった少女。

 愛したその人は今、ラインハルトの手の中に戻って来た。

 皮肉な事に…セラの時間だけがあの時のまま―――


 カオスから知らせを受けた時、ラインハルトは酷く混乱した。

 己に対する憤りを隠せず、傍で酒の酌をしていた女を切り捨てた程だ。


 憤り。

 それはとてもセラには見せられない、セラの望まないであろう人生を生きてしまった自分に対して。

 彼女の何を愛したのか分からない、ただ、屈託なく笑うセラを守りたかった。共にいる事で心が休まった。自分以外のものに興味を抱かせるセラの全てが新鮮で…何時の間にか慈しむようになってしまっていた。


 しかしもう、そんなセラと共に有れる姿ではない。

 生き方にしろ何にしろ、ラインハルトはもうセラを幸せには出来ない時間を歩んでしまったのだ。

 だから―――セラの前に姿を現せなかった。

 己が恥ずかしくて、そして―――

 幸せに出来ないと分かっている今、生きて温もりのあるセラに触れた時。

 自分は平常心でいられるのだろうか?

 そのままセラを欲望のままかき抱いて己の物としてしまう不安。

 二十五年という時間が、歳月が過ぎ、ラインハルトにはセラを守れる時間は残ってはいない。


 愛するが故にもう―――手にする事は許されない愛しい人。



 

 「何故ここへ―――」

 ラインハルトはセラを硬く抱き締める。

 「あなたの…妻になる為に―――」

 セラにとってはつい先日の約束。


 セラはラインハルトの頬を両手で包み込むと、涙で濡れた唇をラインハルトのそれに重ねた。

 

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