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残されたモノ  作者: momo
22/86

深紅の王子


 血の匂い―――

 

 化け物のように食べれば食べる程戻って来るセラの力。

 その嗅覚が血の匂い―――人の、冷たい死臭を感じ取る。

  

 先にはウィラーンの都キエフリトを取り囲む巨大かつ広大な土色の壁がそびえ、街道には幾多もの人々が行き交う場所。

 そこで感じた僅かな異変にセラは不安を覚えた。

 一見何の変哲もない場所。

 ここに漂う不吉な匂いは一か所からではなく所々から…そう…まるで切り刻まれた死体が散乱したかに感じる程広範囲に渡るものだ。

 「どうした?」

 馬を止め辺りを見回すセラの表情が強張っている事に気付きウェインも馬足を止める。

 セラは馬から降りると道をはずれ草むらへと足を踏み入れた。

 匂いをたどるように歩くと間もなく足元に所々…掘り返した跡が大量に目に留まる。

 (これは―――!)

 セラの心臓が早鐘を打つ。

 「ん?これがどうした―――?」

 掘って埋めた穴…それも大量に。

 ウェインにはその意味は分からなかったが、セラの焦った表情からただ事ではないと知る。

 「―――罠だ。」

 セラは声を絞り出し、街道に目を向けた。

 行き交う人々の群れは都に入る検問所に溢れている。

 「死体を切り刻んで埋めてる…臭いで魔物をおびき寄せてるのよっ」

 今までは気付かなかったけれど、ウィラーンに入ってからの事を思うと今までにもこうやって魔物はおびき寄せられセラ達を襲っていたのだろう。

 「俺達を狙ってって事か?」

 それにしても…

 こんな所に魔物が現れたりしたら守り切れない―――!

 

 その時、街道の方から爆音に似た轟と共に人々の絶叫が上がった。

 セラの視線の先に牛のように巨大な芋虫を思わせる筒状の魔物が、真っ赤な口を開けて人間一人を丸飲みにする様が飛び込んできた。

 「…ひぃぃぃぃぃっ!!」

 走り出そうとしたウェインの背後でセラの奇怪な、悲鳴とも取れない叫びが上がる。

 「セラっ!?」

 セラは目を見開き全身鳥肌状態…髪の毛まで総毛立たせている。

 両手で耳を塞ぎ硬直状態のセラを見てウェインは溜息を付いた。

 「お前なぁ…」

 確かに女が好みそうにない鳥肌物の魔物だ。

 「慣れてんじゃないのかよ」

 「あ…ああああンン…っ!」

 あんな気持ちの悪い物…

 「あれだけはっ!」

 あれだけはどうしても駄目だ。

 気持ち悪くて総毛立ち全身の力が抜けてしまう。


 土虫つちむしと呼ばれる巨大な芋虫状の魔物は土の中をゆっくりと移動する。大食漢で一度に十人は人を食らうが、動きが鈍い為に食らう度に一度土の中に潜り獲物の足元まで移動して行く。

 繁殖能力が無く絶対数が少ないため珍しい魔物で体液には毒素を持たない。その為普通の剣でも切る事は出来るが、切る度に増殖して行く為なかなか絶滅しない。

 今も一人が飲まれた為に人々は散り散りになって逃げ出し、土虫は再び土の中に体を潜らせ始めた。

 土の中に潜られてはまた次の犠牲が出る。

 「置いて行くぞっ!」

 ウェインはセラを放って走り出した。

 「まっ…待ってよぉっ」

 セラは情けない声を上げて必死にウェインの後を追う。

 ウェインは先に土虫に追い付くが寸での所で間に合わず、土虫は地中に潜ってしまった。

 舌打ちし辺りに注意を注ぐ。

 都の門を守る兵士らしい数人の男達がこちらに向かって走って来るのが見えた。

 再び爆音と共に地中から土虫が姿を現す。

 標的は―――

 「うっぎゃあつっっっつ!!」

 「セラっ!」

 セラの頭上から緑の唾液をもらす大口がすごい勢いで落下して来た。

 ウェインは土虫の急所を知らない。しかしセラが飲まれようとしている今、迷っている暇はなかった。

 聖剣を掲げウェインが土虫に飛びかかろうとした瞬間…

 「寄るな化け物―――っ!!」

 セラが必死の形相で叫びながら放った光が土虫を弾き飛ばす。

 と同時に、ウェインもセラの放った魔法に弾かれ地面に叩きつけられた。

 「―――っ痛―――!」

 とっさに受け身を取ったので何とか大丈夫だったが魔法に弾かれると言う経験は初めてであった為、想像以上の威力に少々驚く。

 ウェインが視線を向けると、セラは既に次の魔法で土虫の動きを完全に封じていた。

 対峙しながらも気持ち悪いのに変わりはないらしく、セラは未だ全身に鳥肌を立てている。

 「ちょっとウェイン、早くやってよっ!」

 気持ち悪くてたまらないと泣きそうな顔だ。

 「へいへい…」

 容易く土虫の動きを封じるセラに、助けようとして弾き飛ばされたウェインは何だか腑に落ちない。

 「で…こいつの急所は?」

 「中…腹の中から切れば増殖しない…」

 外から切れば増殖して増える土虫も、腹の中に入り切ってしまえば絶命する。

 「まじかよ…」

 セラではないが流石のウェインも鳥肌物だ。

 体液に毒はないと言っても土虫の腹の中は強力な消化液でいっぱいだ。大口を開けているので先程飲まれた人間が半分溶けて内臓が剥き出しになっているのが見える。そうでなくても、誰が望んでこんな奴の腹の中に入りたいものか。

 「守るから早くやって!」

 ウェインの体が青白い光に包まれ防御させた証をみせた。

 セラの不快な土虫を片付けるべく、仕方なくウェインはそれに従い土虫の腹の中に入り魔物を切断した。

 剣を振るうと同時に土虫は緑の液体を垂らしながら溶けだし、やがてその場には緑のどろどろした体液と完全に消化されなかった人間の塊だけが残る。

 トロリ…と、溶けるように首が落ちた。




 「血肉を使って魔物をおびき寄せるなんて―――!!」

 いったい誰がこんなにも馬鹿げた事をしたのか。溶けた死体を見下ろしたセラの左目が怒りで更に赤く染まる。

 溶けた魔物と死体の周囲に散り散りになっていた人々が集まって来て人だかりが出来ていた。

 「兄ちゃんすげぇな、魔物を倒せるなんてただもんじゃねぇ」

 感嘆しウェインの肩を叩く者、呆気にとられた者。そして、溶けた遺体に祈りをささげる者と様々。

 「あんたらウィラーンの者じゃないだろ、旅の人かい?」

 生粋のウィラーン人は黒髪黒眼で褐色の肌。対してウェインは銀髪碧眼にセラは金髪のため一目で異国の者だと分かる風貌をしていた。

 「こっちのお嬢さんもすごかったね、あんた結界師だろ?」

 魔法使いと言う言葉は使われない。

 そう言ってセラを覗き込んだ男が「ひっ」と声を上げた。

 「この女、眼の色がおかしいぜっ!」

 見てみろと周りをせかす。

 「何だその不吉な目はっ!」

 感嘆の声が一瞬でどよめきに変わり、セラは踵を返した。

 「この女が魔物を呼んだんじゃないだろうねっ!?」

 「そうだ、そうに間違いないよっ!」

 皆が声を張り上げる。

 今までの馴れ馴れしさが一転、セラの非対称の瞳に対する非難が打って湧いた。

 「―――お前らっ!」

 命を助けられておいてその言い種は何だとウェインが声を上げかける。それをセラが腕を引いて止めた。

 「いいの、慣れてるから。」

 セラにとってこれが普通の反応。

 何時もの事なので気にも留めない。

 「慣れてる慣れてないの問題か?!」

 あの反応は明らかにおかしいだろうと詰め寄る。

 あいつらはたった今魔物に襲われ命を助けられたと言うのに、その相手の目が異質だと非難し災いの種だとでも言わんばかりではないか。しかも当のセラはそれを普通の事の様に感じている。

 「何故怒らない?」

 「そしたら何か変わる?争いが増えるだけでしょ。ウェインだって初めて見た時は異質だって言ったじゃない?」

 「それは―――今は異質などとは思っていない!」 

 「あの人たちとは今だけよ、それを相手にしてたら日が暮れちゃう。ウェインみたいに受け入れてくれる人がいるんだからわたしはそれで十分。」

 セラは乗り捨てた馬の手綱を取る。

 その時、新たなざわめきが群衆から立ちあがった。

  



 前方、都の方を見ると皆が両脇に道を開け頭を垂れる様が見える。

 そこに現れたのは赤い衣に身を包んだ十騎程の騎士。

 先頭を漆黒の馬にまたがった、他の騎士より更に深い赤…深紅の衣を纏った騎士がセラ達の方に馬を走らせる。

 漆黒の馬はセラの目前で手綱を引かれ、前足を掲げて立ち止まった。

 セラは馬上の騎士を見上げる。

 まず目についたのは黒に近い深紅の髪。

 褐色の肌と黒い瞳はウィラーン特有だったが髪の色だけが身に纏う衣と同じ深紅。

 鋭く冷たい眼差しをしているが、顔立ちはまだ少年のあどけなさを残している。

 「生きて辿りつこうとはな―――」

 馬上からの声にセラはハッとする。

 「まさか…あなたが魔物を?!」

 「本物を見極めるには良策であろう」

 少年は嫌味な笑いを浮かべる。

 ウェインにも察しが付いた。

 この男、まだ少年だが深紅の髪といい醸し出す雰囲気といい…ウィラーンの第二王子マクシミリアンだ。

 ウィラーンの王族は血塗られている。

 代々続く王家特有と言ってしまえばそれまでだが、王位争いで近親者同士が殺しあう。現にラインハルトが妾に産ませた二人の王子は異母兄弟同士歳も一つしか変わらない為、母親と後見人…そして当の兄弟同士で血生臭い暗殺と牽制のやり合いだ。

 第二王子マクシミリアンは今年一七歳になる。第一王子ランカーシアンは一八歳で、こちらは生粋のウィラーンの容姿をしていた筈だ。

 「あなた馬鹿じゃないっ!?」

 セラは声を荒げた。

 「土虫は地下を進むのよ、街に入ったらどうするつもりよ!」

 人の集まる場所ほど土虫にとってはいい餌場になる。迂闊に切りつけようなら容易く増殖し、小さな町ならあっと言う間に食い尽されてしまうのだ。

 「それがどうした、土虫の一匹や二匹我らには大した物ではない。」

 「一人犠牲が出てるってのによく言うわ!」

 「下民などいくらでも餌にくれてやるわ!」

 馬鹿にしたような罵声と高笑いが飛ぶ。

 人の命など何とも思わない、そんな言葉だ。

 その言葉にセラの中でプチンと何かが音を立てた。

 セラは無言のまま馬に飛び乗ると、マクシミリアンが騎乗する黒馬に横付けする。

 「な…何だ?」

 セラの無言で奇怪な行動にウェインも赤い衣のウィラーンの騎士も、そしてマクシミリアンですら目を見張る。

 セラは馬上で腰を浮かせ片足を上げると、そのまま一気にマクシミリアンの脇腹に蹴りをお見舞いした。

 「うわぁぁっ!!」

 「セラっ?!」

 「マクシミリアン様っ!?」

 各々が声を上げ、漆黒の馬はいななき、蹴られたマクシミリアンは落馬した。

 「貴様何―――」

 女に蹴られ落馬すると言う屈辱に漆黒の瞳が怒りに燃える。

 「お前みたいな奴は馬に蹴られて死んじゃえっ!!」

 同時にセラの瞳も怒りに燃えていた。

 マクシミリアンは怒りに体を震わせながら立ちあがると、助けに駆け寄った騎士を払い除け剣に手をかけた。

 「この様な狼藉ろうぜき許されると思うな!」

 「あんたの存在が狼藉よっ!!」

 「何だとぅ?!異形の分際でほざくかっ、たたっ切ってやる!」

 「受けて立つわっ!」

 セラは馬から飛び降りマクシミリアンの前に出た。

 彼はさほど背が高くはなくセラよりも少し視線が上にあるだけだったので、二人は顔を突き合わせて睨みあった。

 「止めろセラ!」

 「おやめ下さいマクシミリアン様!」

 それぞれが二人を止めるがマクシミリアンは剣を抜きかけ、それを見たウェインも剣に手をかける。

 「殿下っ、それ以上は陛下のお耳に入りますぞ!!」

 その言葉にマクシミリアンの眉がピクリと反応する。

 怒りで体を震わせながらも呼吸を整え、マクシミリアンはゆっくりと剣から手を離した。そして無言のまま再び馬に跨る。

 最後に一括した声の主が胸を撫で下ろし…セラとウェインに向き直った。

 「セラ様とイクサーンの王子ウェイン殿下に相違ございませんね」

 騎士はその非対称の瞳をしかと確かめるように黒い瞳をセラに落とした。

 「わたしはマクシミリアン王子の近衛騎士リカバリーと申します。この度のご無礼、主に変わり深くお詫び申し上げます。」

 リカバリーと名乗る壮年の騎士は深々と頭を垂れる。

 「いいえ、あなたが悪いんじゃない。悪いのはあい―――!」

 悪いのはあいつだというセラの口をウェインがごつごつした手で塞ぐ。

 「今回の悪況、マクシミリアン王子の一存で?」

 罠を張って魔物を操るという悪行の事だ。

 「誠に申し訳ない―――」

 リカバリーは再び頭を下げた。

 「我らは王の命を受けお二人をお迎えに参りました。このまま王城へとご案内申し上げます。」

 ウェインは頷く。

 この一件にラインハルトが絡んでないのであればウェインには何の問題もなかった。

 


 セラが手の甲でウェインの胸を叩く。

 「何だ?」

 恨めしそうに見上げるセラの口にはウェインの枷。

 「おぉ、悪い。」

 忘れていたと手を離す。

 「もっともっとも―――っと言ってやりたかったのにっ!」

 ウェインの阿呆っ。

 これ以上の争いは避けるべきだと言ってもセラの気持ちは落ち着かないだろう。

 ウェインは仕方なく、セラの悪態をその身に受けた。

 

 

 

 



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