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残されたモノ  作者: momo
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野の花

 (せっかく決心したのに出鼻をくじかれちゃったなぁ―――)


 転寝の後、セラは大きな欠伸をした。


 ラインハルトに会いに行くと決めたからには翌日にでもウィラーンに向けて出発するつもりだった。それなのにセラは今、寝台に横になっている。

 カオスの言葉で決心した後、セラは発熱し寝込んでしまったのだ。

 発熱から五日目、熱は大分落ち着いて来ていたが寝込んだせいで体力が戻らない。このままの状態でウィラーンに立つには無謀だ。馬で向かっても国境を超えるまでに十日はかかる。体力の戻らない状態で馬を乗りこなせる自信もなかった。

 

 今回の熱、医師の見解では『知恵熱』の様なものらしい。

 発熱したセラは微かに…うっすらと青白い光に包まれていた。

 医者と言っても元は魔法使いに属した者である。セラが魔法使いだと知った医師は熱が引けばセラの失われている魔法が戻るだろうと診断を下した。

 診断通り、セラは熱が下がるにつれて久々に魔力を感じ取れるようになって来ていた。


 真夏の陽気の中にあってもレバノ山から吹き下ろされる風が部屋に入り込んで涼しく心地よい。

 セラは瞳を閉じてラインハルトを思った。


 あの時、ラインハルトはウィラーンの王子だった。

 ウィラーン特有の褐色の肌に黒髪黒眼。勇猛果敢な獅子の様なその人は体中に古傷を抱えて、そこにいるだけでも人を威圧し、鋭い眼光で射抜く。命令する事に慣れた様はまさに王になる威厳を湛えていた。

 ラインハルトはセラよりも九歳年上だったが、実際にはもっと上に感じられた。彼がアスギルとの戦いの旅に出た理由は自国ウィラーンを守る為であった。世界を恐怖で支配するアスギルを許せない…と言うよりも彼の自尊心がアスギルの存在を許せなかったのだ。自分以外の何者も力において頂点には立たせはしない。その思いでラインハルトは旅をしていた。ラインハルトにとってはカオスとフィルネスもその目的の為に必要な駒…に過ぎなかった。

 だが、そのラインハルトの心境がセラの介入によって変化を来した。

 ラインハルトは不吉な非対称の瞳をもつセラに嫌悪し、セラも言葉すら交わさず無視を続けるラインハルトに根気も尽きかけた。それでもセラは無視を続けるラインハルトに懸命に接し続け、ある時カオスの代わりに剣の相手をしてもらえるように頼むと、ラインハルトは無言で剣を取った。

 剣を手にしたラインハルトほど危険なものはない。

 たとえ素人のセラ相手だろうと本気の剣を向ける。

 二人の様子に気付いたカオスが止めに入ったが時既に遅く、セラは一振りで命に関わる致命傷を受けた。勿論その傷はフィルネスによって後も残さず綺麗に癒されたが、逆にラインハルトの心に今までにない感情を植え付ける結果を招いた。

 セラはその身にラインハルトの剣を受けた瞬間、ラインハルトの瞳が揺れるのを見た。それは今まで剣を振るう事に歓喜を現したラインハルトのそれではなく、後悔の念。ラインハルトはまだ幼い少女に手加減も何も出来ない己を恥じると言う感情を生まれて初めて抱き、やがてそれはセラを思う心へと変化して行ったのだ。

 

 『何があろうとお前を守るのは俺だ…この戦いを終えたら共に生きよう―――』

 最後の戦いを前に、セラはラインハルトからプロポーズをされた。

 いづれウィラーンの王となるラインハルトの言葉…それはセラにとっても相当の決断だった。ラインハルトはセラを愛妾の一人としてではなく彼の正当な妻・王妃として望んだ。何の後ろ盾もない孤児院育ちのセラが想像もつかない世界に飛び込むのだ。恐れ以外何もない。

 それでも、セラはラインハルトに付いて行く事を決めた。



 

 「ラインハルトのば―――か」

 一緒に生きて行くにはセラの方が折れなければならなかった。彼が王になる定めを捨てきれるはずはないのだから。

 彼の言葉に嘘はない。

 だけどその後のラインハルトとセラの時間は共になかった。

 「そっちから何とか言って来なさいよ…」

 セラが結界から出て来たという事はカオスが知らせたと聞いている。

 だったら何とか言って来てくれたらいいのに…どんな言葉でも迎える準備はあると言うのに。

 それが辛い言葉だったとしても、仕方がないと…受け入れられるだろうか…

 

 感傷に浸っていると扉が叩かれた。

 「はぁーい、どうぞ――。」

 セラが答えるとゆっくり扉が開き、騎士の白い制服が目に飛び込んでくる。

 一瞬驚いた表情をしたその騎士だったが、すぐに優しい眼差しをセラに向けた。

 「ご機嫌はいかがですか、お姫様?」

 「マウリーっ!!!」

 意外な人物の登場にセラは満面の笑みを浮かべた。

 せっかく仲良くなれたのに自分がアスギルと戦った魔法使いだとばらしてしまったせいで、もう普通にはしてもらえないと思っていたのだ。

 それなのに、今目の前にいるその人はいつもと変わらない美しい微笑みをセラに向けている。

 手には小さな野の花が幾輪かあった。

 「これはティムから―――」

 マウリーは手の中の花を一輪セラに渡す。

 「これがクハン、そしてこれがサイファスから。」

 セラは言われるまま一輪ずつ花を受け取る。

 「で、これが僕から。」

 どれも可愛らしい野の花だ。

 「どうもありがとう。」

 温かな甘い香りがした。

 ティムもクハンもサイファスも…あの時そこにいてウェインを取り押さえていた騎士だ。

 「あいつらも君に会いたがっていたんだけど大勢で押し駆けても…ね。君の心を癒す為、代表して見目麗しい僕が参りました。」

 マウリーの翡翠色の瞳が悪戯っぽく笑う。

 「皆にもホントにありがとう…すっごく嬉しい!」

 「こんなに喜んでくれて僕も嬉しいよ。本当に、君には笑顔がよく似合う。」

 「それって誰にでも言ってるんでしょ。」

 「そんな事ないよ、君にだけ特別。」

 その気持ちは本当だった。

 他の誰にでも使う言葉だけど、セラに対しては心から本当にそう思って使っている。

 マウリーは沢山の綺麗な女性を知っていたが、何故だかセラに対しては彼女らには向けない感情を持って接していた。

 「ウィラーンに立つんだって?」

 窓の外に視線を向けながらマウリーが呟いた。

 「うん…どうしても会いたい人がいるの。」

 「そっか。本当は僕も付いて行きたいんだけど、枕が変わると眠れない質なんだ。」

 「それは残念。でも寝不足でマウリーさんの綺麗な肌が台無しになるのは嫌だから我慢するね。」

 二人して吹き出す。


 「所でセラ…それは何かのおまじない?」

 マウリーはセラの柔らかな頬をつつく。

 「おまじない?」

 セラには何の事だかまったく意味が分からない。

 するとマウリーは何処からともなく鏡を取り出すとセラに手渡した。

 訝しげにそれを覗き込むとセラは絶句した。

 「―――!」

 セラの両頬には猫の様な三本の髭の落書き…鼻の頭は黒く塗られ瞼と額には目が描かれている。

 マウリーが部屋に入って来た時一瞬驚いたのはこのせいだった。

 セラは顔の落書きにフルフルと肩を震わせる。

 こんな悪戯をする奴、セラの知る限りこの世には一人しかいない。

 「フィルの奴ぅぅ…やってくれたわねぇぇぇっ!」

 握られた拳に力が入る。

 セラから発せられる殺気にマウリーは驚いた。

 「セラ、落ち着いて…ねっ!」

 マウリーがセラを落ち着かせようと肩に触れようとした次の瞬間、セラがマウリーの首に手をまわして飛び付いた。

 「うわっ!?」

 そのままマウリーはセラごと後ろにひっくり返る。

 「フィルよっ、フィルが来たっ!フィルが来たんだっ!!!」

 フィルネスが自分の存在をセラに教えている。

 セラが結界から出た事を知ってここに来たのだ。

 「フィルって…あの魔法使いのフィルネス?!」

 マウリーは抱きついて来たセラの背に両腕を回した。

 「そう、フィルネスよ。こんな事するのってフィル以外にいないもん!」

 フィルが来てくれた―――!

 姿は現さなくても何時でも傍に現れる事が出来る距離にいるのだと、セラに施された妙な落書きが告げている。

 「よく分かんないけど…よかったね、セラちゃん!」

 「うんっ、良かった!」

 フィルネスもちゃんと無事に生きている。

 たとえ姿を見れずともその事実が嬉しかった。


 「二人ともっ、何をしているんですか!」

 抱き合い床に転げて喜ぶ二人の頭上から罵声が飛ぶ。

 「「シール!」」

 二人同時に見上げ名を呼ぶと、シールが灰色の瞳を見開いた。

 「セラ殿…その顔は…いったい…」

 どうしたと言うのですか―――

 最後の言葉は飲み込まれてしまった。



 フィルネスの落書きは見事且つ特殊で、落書きが消えるまでセラの出立は更に延期される事になった。

 

 

 

 

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