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残されたモノ  作者: momo
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目覚め



 

 あったかいなぁ……セラはふわふわとした心地よい温もりに包まれながら、さらに暖と安心を求めるかに、柔らかな手触りのシーツをごそごそと抱き寄せた。


 柔らかで温かな寝具などいったいいつぶりになるだろう。慣れているとはいえ、アスギルの形跡を追いながらここ暫く野宿が続いていたのでゆっくり体を休める事も出来なかった。すでに日が昇っている事は瞼を閉じていても分かっていたが、叩き起こされたとしても今しばらくは久しぶりに得たこの温もりを手放すつもりはない。


 (今日はフィルの嫌味で目覚めてもいいや……)


 至福の時とはまさにこの事だ。


 セラは朝に弱い。そんな寝起きの悪いセラに容赦なく嫌味を浴びせ、毎朝最悪の目覚めを与えてくれるのがフィルネスである。過去に一度だけ、長い旅の途中でフィルネスがセラを思う存分寝かせてくれた事があったのだが、その時はセラの顔に子供の悪戯のような落書きが施され、そのフィルネスによる見事な落書きの跡は丸三日消える事なくセラの顔面に残り続けた。


 『普通は気づいて目覚めるもんだろ?』


 心底馬鹿にしたような……ではなく、本当に心の底から馬鹿にしたフィルネスの言葉を思い出し、セラは警戒するように柔らかな寝具に顔を埋めて黒髪黒眼で黒いローブを身にまとった全身黒尽くめの背の高い魔法使いの姿を思い浮かべる。


 その時セラの頭に思い浮かんだフィルネスは美しい顔に皮肉な微笑みを浮かべたものではなく、片膝を付き、両の掌を前に突き出している姿だった。

 美しい顔は微笑みではなく苦痛に歪み、漆黒の瞳には焦りがある。額からは赤黒い血が流れ落ち、肩を大きく上下させ苦しそうに息をしていた。まさに今、その命が尽きかけている情景を前に、セラの意識は一気に現実へと引き戻された。


 「フィルっ!!」


 両の眼を見開くと寝そべる寝台に両手をついてシーツを跳ね除け飛び起きる。直後、ゴインという鈍い音と共に後頭部に鋭い強烈な衝撃を受けた。


 「うわぁっ!」

 「いっ……たぁぁぁぁぃいぃっ……」


 セラは両手で後頭部を抑えると、寝具に額を擦り付けるように顔を埋めて痛みに耐える。物凄い痛みだ。後頭部がへこんでしまったかもしれない。あまりの痛みに涙が滲んだ。


 「なにすんの、痛いじゃないのよ馬鹿っ!!」

 「馬鹿って……あなたが突然起き上がったりするものだからっ。」


 セラが涙目で声の主に唸ると、その相手も両の手で額を押さえ痛みに耐えながら言葉を返した。


 「わたしのせいだって言うの……って、それよりっ!」


 再び一気に起き上がると完全にシーツを払いのけ、セラは声の主の両肩を掴んで揺さぶり声を荒げる。


 「フィル……フィルはどうなったの?! フィルだけじゃない、カオスは……ラインハルトはどうしたのよっっ!!!」


 力任せに相手の肩をがくがくと揺さぶりながら悲鳴に近い声を上げるセラに、その相手、イクサーン王国の宰相は、セラの見開かれたその瞳に釘付になっていた。


 見開かれたその瞳。右は海のように深い青……そして左は血のように赤い。


 左右の瞳の色が異なる虹彩異色という現象を知らないわけではない。だがこれ程はっきりと左右の瞳の色が異なる人間の存在など彼は知らなかった。


 何度問いかけても反応のない男に見切りをつけたセラは寝台から飛び降りようとする。その行動に宰相ははっとし、飛び降りかけたセラの腕を掴んで引き止めたが、腕を掴まれたセラの勢いは止まらず、片腕を掴まれたまま寝台から落下して今度は盛大に額を床に打ち付けた。


 「あなたねぇ……っ、何かわたしに恨みでもあるのっ!」


 セラは自分の腕を掴んだ男を睨みつける。床には毛足の長い絨毯が敷いてあったため後頭部の痛みほどではないが、それでも痛いものは痛い。色々な痛みになれているとしても、余計な場面で肉体的な痛みをこうむりたくはなかった。


 「あ、いえ……そのっ、申し訳ありません。」


 宰相はそのままセラを再び寝台へと引き戻し、自分を落ち着けるようにゆっくりと深く息をついた。


 「フィルネス殿も皆もご無事です。」


 そう言いながら今度は宰相がセラの肩を掴んだまま床に膝をつき、セラと視線を交える。勢いよく罵声を浴びせる娘だったが、その体が小刻みに震えているのを触れた場所から感じ取っていた。


 「本当……?」


 鬼気迫る勢いの瞳が揺らめきながら、不安を現すかにセラの表情がみるみる強張って行く。シールは安心させるように微笑んでから大きく頷いた。


 「本当です。私はこの国、イクサーンの宰相でシールと申します。今から陛……カオスを呼んで参りますので、暫くこのまま、ここを動かずにお待ち頂けますか?」


 子供に言い聞かせるかに一言づつしっかりと区切りをつけて告げるシールの言葉に、セラは自分を抱きしめながら無言で深く頷いた。





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