父と子
セラとマウリーの事か…それともセラがばらしてしまった一件か―――
予想はしていたものの早速の呼び出しに、ウェインは辟易する。
祭りの警備に追われた後の行方不明騒動…あまりにも馬鹿げた結果と自身に怒りが爆発し、鎮火と同時に一気に疲れが込み上げた。
当然セラとの早朝稽古など取り止めてやっとの事で寝台に体を横たえ休みに付こうとした時、登城の命が届く。
今回の事は騎士団長たる自分にも責任がある…と何とか言い聞かせ…本当はあの二人の馬鹿のせいだが…王の呼び出しに素直に応じた。
玉座がある謁見の間かあるいは王の執務室かと思っていたが、意外にも呼び出された先はカオス王の自室。足を踏み入れるのは相当久し振りである。
丁度王の自室前で大きな細い包みを抱えたシールと一緒になったので嫌味の一つでも…と思ったが、シールの強張った顔付きと神妙な面持ちに言葉を飲む。
シールの手に抱かれたそれは、白い布で包まれていたが明らかに大ぶりの剣だと分かる代物だ。
何があった―――?
ウェインにも緊張が走り、シールに続いて王の部屋へと続く扉を潜った。
「これをお前に授けよう―――」
そう言ってカオス王が取り出したのは一振りの剣。
見事な細工の施された鞘に包まれた聖剣―――ただの聖剣ではない―――カオス王の為に作られた、王の剣だ。
「セラがウィラーンに旅立つ。この剣でお前がセラを守れ。」
カオス王の差し出す剣に茫然と青い瞳を落とす。
「―――ついに耄碌したか?」
こんな時に何て事を口にするのだ!
さすがにシールが呆れて口を挟む。
「ウェイン、冗談ではすまんぞ!」
「冗談?これが冗談でなくていったい何だと言う!」
ウェインは差し出された剣を示して声を荒げた。
王だけが持つ事の許される王の剣たる聖剣がウェインに差し出されているのである。
冗談も休み休み言えと叫びたくなる。
この剣は、誰もが次代のイクサーン王の物となるのだと認識している剣なのだ。
十年前、名工に作らせた剣にアスギル亡き後は崇められながらも、何処の国にも忠誠を誓わなかった為に脅威として恐れられる魔法使いのフィルネスが魔法を籠めて作った世界最高の聖剣。
「これはセリドが継ぐべきものだ!」
次代の王になるのはセリドだと強く拒否する。
「お前に王になれと言っているのではない。」
カオス王は意を察した。
「聖剣はふさわしい者に渡す。我が力を最も受け継いだのはウェイン、お前だ。そしてこの次にこれを手にするのはお前が認めた、お前の血を引く者だ。」
ウェインの青い瞳が戸惑う。
王が…カオス王が自分を認めているだと?!
何時から、いったい何時から王は自分を見ていた?父であった時など一度も知らない。剣を交えた事もない。それなのに何故そんな事が言えるのだ。
「俺に…そんな資格はないっ…」
ウェインは言葉を絞り出した。
カオス王の腕に治まり、鞘のうちからですら神々しく輝きを放つ。
堂々とそれを手にする王と、その輝きに圧倒され恐れをなす自分。
雲泥の差があると言っても過言ではない。
度量も何もかも…付いて行けていないと思い知らされた気分だ。
己の技量に合わぬ剣など使いこなせるはずがないのだ。
「我が認めた、それで十分だ。」
カオス王は一度剣を下ろす。
「イクサーンをセリド一人に背負わすつもりか?」
城には住まわず、年に一・二度顔を合わすのみの異母弟。
自分より九歳も年下の幼い弟の姿が脳裏をかすめた。
王になる気はない…幼い弟に王太子を押し付けるつもりはないが、要はそう言う事だ。
「いづれセリドは王として国を治めるがあれの力量で背負いきれるものではない。あれの性格では背後から操られ潰れるのが関の山だ。それを避けるためにもお前達に…シールは内から、ウェイン…お前には外からセリドを支えてやって欲しい―――」
シールは宰相として王を助け国を支える。ウェインは騎士として、内外の敵から国を守る。
それが王として、父として三人の息子達に対する願いだ。
カオスの聖剣をウェインに託す事によってそれは未来永劫受け継がれて行く。
急にそう言われてもウェインの戸惑いは治まらない。
今まで自由気ままにやって来た。騎士団長と言う騎士団の責任者ではあるが自覚にも欠ける。それでもやって来れたのは、イクサーンがレバノの麓にあり封印を守る定めを請け負って来た為に外敵の侵攻も脅威も受けなかったためだ。
封印したアスギルが、世界の脅威である為が故にイクサーンは守られる。
しかしその現状も何時までもつかとカオス王は懸念する。
とかく人と言うものは忘れやすいもの。
アスギルの時代を知る者がいなくなればやがてそれは伝説となり、忘れ去られてしまうだろう。このままのイクサーンでは、何時か必ず他国の侵攻を受け…滅びる。
カオスがウェインに何も言わなかったのは決して期待していなかった訳ではない。ウェインの性格上言えば反抗する。それを知って今まで放置したに過ぎない。真の意味で剣を握れぬカオスにはウェインを導く事が出来なかたのだ。
そこへ現れたセラはウェインに多大な影響を与えた。
「覚悟が持てぬならそれも良かろう。」
カオス王は灰色の瞳でウェインを見据えた。
「先程も言ったがセラがウィラーンに立つ。ウィラーンは最強の軍事国だ、この様な機会でもなければイクサーンの王子が足を踏み入れる事は叶わん」
そう言って再びウェインに聖剣を差し出した。
「騎士団の要としてウィラーンを見て来い。それまでは一先ずこれを預けるとしよう。」
預ける―――
その言葉にウェインはやっとカオスから聖剣を受け取る事が出来た。
それ程に身に余る剣。
しかし、ウェインはそれに初めて触れて驚く。
―――軽い―――!
大ぶりの、がっしりとした剣は驚くほど軽くウェインの手に治まった。
その様を見てカオスは満足そうな目をする。
思った通り、剣もウェインを選ぶ…後はウェインの心次第と言った所か。
暫く鞘に収められた聖剣を緊張した面持ちで見つめていたウェインが、所で…と口を開く。
「何故セラがウィラーンに行く必要がある?」
ウィラーンの王ラインハルトはセラやカオスと共に有った仲間だからかとウェインは思うが、あの悪名高いラインハルト王が今更セラに会いたいとでも言って来たのだろうか。
セラをウィラーンに行かせれば捕えられ、封印から出て来た娘として利用されるのがおちではないのか。カオス王がウェインに聖剣を預け守れと言う程危険なのではないのか?
「ああ…それはな」
ウェインの緊張を余所にカオス王は複雑そうな笑みを浮かべた。
「二人は恋仲なのだ。セラの前でのラインハルトは蛇に睨まれた蛙のようになる…一興だぞ」
シールにとっては想像通り…ウェインにとっては初耳であったが。
カオスの言葉に二人は驚愕する。
「蛇に睨まれた…蛙…?」
蛇がセラで…蛙がラインハルト?
二人はラインハルトに一度も会った事はないが、ウィラーンの王が残虐非道で恐怖政治を敷いていると言う事実は有名だ。王の怒りに触れた者、意に沿わぬ者は老若男女問わずその場で首を落とされる。
それでも闇の魔法使いと戦った獰猛な剣士はウィラーンの英雄であり、アスギルが大陸中を闇で支配した時代でさえ国を守り続け、現在大陸に存在する四つの国の中で唯一あの時代から続く王国である。
まさに王の中の王であるラインハルト。
そのラインハルトがあのセラと恋仲?
この時ばかりはシールも心底疑ってみたくなった。
「セラ殿の何処にそのような魅力があるのでしょうね…」
血に染まった残虐非道の王ですら傅く美姫…と例えたくても到底無理な娘。マウリーに女の服を着せた方が余程絵になるではないか。
「シール、お前にはセラの魅力が分かっていると思っていたのだがな。」
二人は悲恋の仲なのだろう?と、冗談を持ち出す。
城内を駆け回るあの妙な噂の事を言っているのかと辟易した。
「だがそれもセラの前でだけだ。」
カオス王はウェインに忠告する。
「ラインハルトの前でセラに手を触れるな…何が起こっても知らぬぞ」
生きて帰って来い――――
最後にカオス王はウェインに告げた。