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残されたモノ  作者: momo
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踏み出す勇気

 王の部屋…初めて足を踏み入れる。


 重厚な扉が開かれるとカオスはセラに歩み寄り逞しいその胸に抱き締めた。

 憔悴しきったカオスの表情…自分の軽率な行動で心配をかけてしまったのだとセラは申し訳なさに罪悪感でいっぱいになる。

 「また…失うのかと思った―――」

 絞り出すようにセラの耳元に囁いた。

 一度は結界の中に失った少女―――命はないのだと諦めたセラが戻り帰って来た。この事がカオスの人生においてどれほど嬉しく思えたであろうか。

 そのセラが突然消えてしまいカオスはいてもたってもいられず、自ら捜しに出たい思いに駆られながらも王としてある自分にはそれが許されない。

 どれほど心配し、眠れぬ夜を過ごしたか。

 自ら動けぬ立場を呪ったであろうか―――

 太く逞しいカオスの腕が力いっぱいセラを抱きしめる。

 「―――っ!」

 セラが潰れそうな痛みに小さな声を上げると、カオスはその力を緩めた。

 「すまぬ…」

 「ううん…ごめんね、カオス。」

 カオスはセラの金色の髪を優しく撫でた。


 その様子を傍らで目撃していたシールは、二人の関係がどういった物なのかと考える。

 カオス王がセラを慈しむ姿…愛情深いその眼差しと仕草は誰も知らなかった王の姿だ。セラに対するそれをカオスはいとも自然に、傍に誰かいても構わずにする。セラの方もそれが当たり前のように受け入れ…二人の日常はそういうものだったのだろうと容易く想像が付く。

 これはいったい何だと表現すればいいのだろう。

 カオス王のセラに対する愛情は本物だ、だがその種類は掴みかねる。男が女に向ける男女の愛情ではないようでいて否定しきれない節と、家族愛とも取れるがまたしっくりこない。独占欲とも取れたりそうではないようであったり―――依存と言う考えも脳裏をかすめる。

 依存…イクサーン王国を築いたカオス王がたった一人の少女に―――?

 そんな馬鹿なとシールは考えを打ち消した。

 

 カオスにとってセラは心の拠り所だ。

 共に戦ったと言うだけではない。カオスにとってはセラはすぐ傍らにあって絶対に守ると誓いながらも『守れなかった』と言う現実を突き付ける存在。世界が救われてもセラを失ったカオスが救われる事はなかった。それはカオスだけに言える事ではない。最後の最後でセラが彼らの前から姿を消した時、あの日から彼らの心には空虚とも言える穴が存在していた。

 そのセラを思う心を、アスギルの去った後世の世に産まれて生きるシールには理解できない事だろう。そこにあった一つの小さな命が彼らの力になった事、その小さな命がどれほど心を癒すかなど理解出来よう筈もないのだ。


 「酒臭いぞ。」

 セラを抱きしめたままカオスが匂いに気付く。

 セラにとっては初めてと言ってもいい飲酒にカオスは意外に思った。

 出会った時は子供だったし、それからも状況的に酒を口にする機会などなかったが、思えばセラももう子供ではなかったのだ。

 「実は昨日…お祭りの後にお酒を飲んで寝ちゃったの…心配かけてごめんなさい。」

 「そう言えば騎士の宿舎にいたと聞いたが―――」

 騎士達はセラを捜す為に街へ繰り出していた筈…

 「マウリーさんと二人で飲んでて…気が付いたら朝だった。」

 本当にごめんなさいとセラはカオスの胸を押して離れると頭を下げた。

 「マウリーと二人…?」

 その悪癖を知るカオスはシールに視線を移した。

 突然説明を求められ、どのように説明すべきかとシールは肩をすぼめる。

 「マウリーさんはとってもいい人よ。」

 王であるカオスと騎士のマウリーと言う立場を思い出し、セラは慌てて続けた。

 「もう会えない皆を思い出して泣いてたの。そしたらマウリーさんが一緒にいてくれたのよ」

 戦火で死んで行った友達や魔物に襲われた人々。良く見知った人も見知っただけの、言葉も交わした事のない人まで皆が死んだ。共に旅した人はずっと先の人生を歩んでしまっていた。

 アスギルの脅威から取り戻した世界はかけがえのない世界だ。だけど、セラが本当に望んだものがここにあるのだろうか…?

 カオスやラインハルト、フィルネスは生きているけれど…もうセラと共にはない。

 だけど―――新たな出会いもあった。

 昨日今日出会ったばかりにも関わらず、セラを励ましてくれた人・守ってくれた人、迷惑をかけているのに受け入れてくれる人。誰一人としてセラを疎ましく退けた人がいない。

 こんな異質な目を持つ自分なのに…

 「過去に囚われては駄目だって分かってる。だけど、それを止めたら嫌な事全部に蓋をしてしまいそうで怖いんだ。未来も大事にしなきゃってわっかってる、わたしはここから歩いて行かなきゃいけないんだから―――」

 セラの青と赤の瞳が涙に潤んだ。

 「わたしを知ってもらいたくてマウリーさん達に話したの…わたしが結界から出て来た事―――」

 セラはカオスの胸に飛び込むと体を震わせた。

 「異端者扱いされるのは慣れてる。けど―――どうしよう―――もう普通でいてくれないかもしれない―――」

 心を開いた人たちの恐怖の存在になるくらいなら、もうここにはいられない。

 異端視されるのは馴れていたけれど、受け入れてくれた人たちの目が変わるのには慣れてはいなかった。

 カオスはセラを受け止めると優しく髪を撫でた。

 「セラ、過去を忘れて生きる必要などない。私とて未だに囚われ続けている」

 囚われ続けた過去、それがセラだ。

 「だがな、それは乗り越えなければならないものだ。何を恐れる、何か怖い?お前が最も恐れを抱いているものは何だ?」

 カオスはセラの肩に手を置いて顔を突き合わせた。

 「お前は結界を出て現実を受け入れた。だが、その時からずっと目をそらし続けた事があるのではないのか―――」

 二十五年後の世界をセラは驚くほど速く受け入れた。空気の違いを肌で感じ、それを嬉しく思った。 けれど、ここがセラのいた時ではないと知った瞬間から無意識に考えるのを拒否していた事がある。

 「―――ラインハルト」

 それは共に旅したもう一人の剣の使い手。

 あの時交わした約束をセラは忘れない。

 セラにとってはつい先日の事。

 しかし…ラインハルトにとっては―――

 「恐れるなとは言わない。だがな…我らはそう遠くない未来、確実にセラよりも先に死を迎える。失ったものは二度とは戻らないのだ、踏み出す勇気を持て―――」

 二十五年と言う月日を恐れ行動を怠れば確実に後悔する。

 セラ自身よく分かっているのだ。失った命が戻らない事、その時後悔したって遅いのだという事。後悔するにしてもしないにしても、何もせずにこのままではセラは何一つ乗り越えられないという事も分かっていた。


 同じ時間を生きた経験者とも言うべきカオスの言葉にセラは唇を噛む。

 ラインハルトに会いたい。

 だが、拒絶されるのも怖い。

 それから逃げていても生きてはいけるが、それだけだ。

 会ってはっきりさせた方が、どんな結果を生もうとも納得が行くと言うもの。

 「ラインハルトに会いに行く。」

 セラは決意の眼光をカオスに向ける。

 「何があったって受け入れて生きる糧にしてみせるわ。」

 セラは少し強がりの微笑みを見せた。


 


 カオスは優しい眼差しでセラを見送ると、次の瞬間には王たる眼光でシールに告げる。

 「セリドを城へ呼び戻せ。王妃が異議を唱えようとも厳命である。」

 セリド…イクサーン王国の第三王子で王太子、次のイクサーン王となる王子である。

 年の頃は十三歳でシールとウェインにとっては異母弟にあたる。国が落ち着くに辺り次代の王には平民腹ではなく、王侯貴族の正当な血筋を望む声に押され迎えた妃との間に授かった王子だった。

 そのセリド王子は居城していない。カオス王と王妃の折り合いが悪く、南方にある別荘に籠っているのである。

 「それと前宰相ハウルを登城させよ。可能であればセリドの教育を命ずる。」

 ハウルとはシールが宰相としての職に付く二年前まで、イクサーンの建国時代よりカオスを支え続けた人物である。歳は既に七十を超え、今は隠居の身だ。

 シールはカオス王の言葉に身を引き締める。

 カオス王がいよいよ次代を見据えたのだ。

 次代の王にカオス自身はシールを望んだ。第一王子が王位を継承するのが一番確執を生まず当然の流れだ。しかし、貴族より新たな妃を迎えた事によりそれは敵わなくなった。次代の王となるセリドを手元に置かずに王妃の自由にさせ置いたのも、シールとウェインはとうに継承権を放棄したにも関わらず、カオスの心決まりが出来ていなかったからだ。

 ついにこの時が来たのだとシールは思う。

 これも一重にセラの影響なのだろうか―――?

 最後にカオスは付け加えた。


 「聖剣とウェインを此処に―――」

 

 


  



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