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残されたモノ  作者: momo
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告白



 鬼の形相とはまさにこの事である。


 騎士団の宿舎、マウリーの部屋の寝台の上。

 仁王立ちになるウェインを前に、セラとマウリーはそこに正座をさせられていた。


 「マウリーお前、自分のやった事の意味が分かっているのか!!!」

 宿舎に女を連れ込んだ揚句に同衾(=男女が一緒に寝る事)していました―――だと!?

 「笑わせるなッ!!!」

 ウェインの灰色の目から炎が噴き出している。

 「…笑ってないじゃん…」


 「だ~ってぇ、セラちゃん寝ちゃってるのにどうしようもないじゃないか。夜中に僕じゃ城に入れる訳もないしさ。お前を待ってても帰ってこないし、僕だって眠いし。別にいいじゃないか、何かあった訳じゃなし。」

 セラのあまりの絶叫ぶりに最初はやり過ぎたかと思っていたマウリーだったが、ウェインのしつこい怒りにうんざりして今はもう何か開き直ってきている。

 「別にいだとぉ?!」

 ウェインの握りしめた拳が怒りに震えた。

 「だってそうでしょ、セラちゃんが君の女って言うんなら分かるけど、そうじゃないって否定してたよね。」

 マウリーは正座した足を崩して腕を組むとそっぽを向いた。

 「だったらセラちゃんと僕が男女の関係になったってウェインには関係ないだろっ」

 「貴様ッ…やはりこいつに手出ししたのか!?」

 「だったら何なのさっ!」

 「―――ぶっ殺す!!」

 「うわぁ、団長落ち着いてっ!!」

 「隊長は同意なしにそんな事する人じゃありませんよっ!」

 「隊長も団長を煽るような事言わないで下さいっっ!」

 やり取りを目撃していた騎士達が危険を感じ取り三人がかりでウェインを取り押さえた。

 (ちょっとちょっとぉ~二人とも大きな誤解を招くような発言やめてよっ!!)

 「ちょっと待ってよ、わたしが説明―――」

 「お前は黙っていろ…」

 セラが口を開くと同時に冷たい一瞥。

 「うぅ…」

 セラは問題を起こしたのが自分なので何も言えなくなってしまう。

 「女性にあたるなんて止めなよ、サイテー。」

 追い打ちをかけるようにマウリーが毒付いた。

 「お前にだけは言われたくはないっ!」

 三人の騎士に必死で取り押さえられながらもびしっとマウリーを指差す。

 「大体何に怒ってるのさ。セラちゃんが誰かの大事な人だから?」

 この少女は何者なんだろう…

 マウリーはウェインを半眼で見上げる。

 何に怒っている?

 マウリーのその言葉にウェインの動きが一瞬止まった。


 それは…昨日深夜の話。

 騎士はいかなる身分の者であっても基本的に宿舎で寝起きをする。

 祭りが終わり、街に人影が無くなる頃やっと宿舎に戻った騎士団長であるウェインの元に、シールからの命令が届いた。

 シールの命令…それだけで胸糞悪いと言うのに、その内容がセラが城から姿を消したので捜せ…という物である。

 娘一人いなくなった位でいったい何だって言うんだ…どうせ祭りに出かけただけだろう。子供じゃないのだからそのうち帰って来るさ―――

 取りあえずは部下である騎士たちに捜すように命令して、自分はそれを無視し疲れた体を休める。

 寝台に横になり瞼を閉じると直ぐに眠りに付ける…と思っていたのに。

 あいつ…こんな時間まで何をしているんだ?

 娘が歩き回るにはちょっと遅すぎる時刻。

 セラはそれなりに剣の腕もたつので大丈夫だろう…とは思うが…人攫いにあった前例もある。まぁそれでも今は状況も違うし…大丈夫だ…ろう。

 と、ウェインンは自分に言い聞かせるがどうも眠れそうにない。

 まったく迷惑極まりないと思いながらもまさかと言う思いが心を過ると、次から次へと悪い方に考え出してしまい、ウェインは自分も宿舎から飛び出すと一晩中セラの姿を求めて街中を捜しまわった。

 そして空が白む早朝。

 セラ発見の報告を受ける。

 

 セラがいた場所、それは騎士の宿舎。

 

 ウェインがセラを探しに街へ出た時、セラはウェインの隣の部屋・マウリーの部屋で酔っぱらって眠っていたのだ。


 何故気付かなかった?!

 何故あの時マウリーに声をかけようと思わなかった?!

 どうせマウリーは何処かの女の元に行っているのだと思い込んでいた自分のミスだ!

 せめて部屋を覗いてさえいればこんな事態にはならなかった。

 思えば思う程自分の不手際が憎くて憎くてたまらない。

 捜し人はスタート地点にいたと言うのに一晩中セラを求めて捜しまわった。

 まさかと言う思いで宿舎に戻ってみれば、そこにはセラとマウリーが揃ってウェインを迎え、訊けば酔っぱらってそのまま寝てしまったと言う。

 たかが酔っぱらいを捜す為に一晩中街を走り回ったのだと思うと、二人を見た瞬間に怒りが爆発したのだ。


 思い出すと更に怒りが増す。

 ウェインの頭に角が生え拘束する三人を払い除けようとした時―――


 「セラ殿―――っ!!」

 シールが物凄い勢いで現れたかと思うと、ウェインと三人の騎士を押しのけてセラに飛びついた。

 「お怪我はありませんか?いったい何があったと言うのです、貴方が行方知れずとなってどれほど心配したか―――」

 揺れる灰色の瞳が心底心配していた事を告げている。

 その後、セラに向けられる安堵した優しい瞳。

 その瞳がセラの隣に座るマウリーに向けられると非難の眼差しへと変貌する。

 「なぜセラ殿がここにいるのですか?」

 「そんなの見ての通りだよ。」

 「マウリー…まさか…セラ殿に…」

 これから何か恐ろしい事が起こるのではないかと言う不安がシールの頭をよぎる。

 何時かカオス王の言った『ラインハルトの逆鱗』の種が、今ここに撒かれてしまったのではないのだろうか―――

 「シールさん、あのね。」

 ウェインは姿を見せた瞬間からどうしようもない程に怒っているし、肝心のマウリーはセラを庇いながらも、本当の事は語らず相手を試すような事ばかり。セラはウェインの威圧的な態度で口も挟めず謝る事も出来ない。そこにシールが現れ、やっとウェインの罵声が止んだと思ったのに、相手を変えて同じような問答が再開されてしまった。

 「黙って祭りに行ってしまった事、本当にごめんなさい。すぐに帰るつもりだったから置き手紙もしないで本当に心配をかけてしまいました。」

 セラは深々と頭を下げた。

 「ウェインや他の皆さんにも一晩中迷惑をかけてしまいました。誤って済む事じゃないけど、本当に申し訳ありませんでした。」

 今度は両手を付いて深々と頭を下げる。

 「セラちゃんに対しては僕も悪かったよ。けどさ、何でこんなに大騒ぎになるわけ?」

 セラがどこぞのご令嬢とか貴族とか王族とか言う、守られるような重要な地位にあるようには見えない。そうでない者に何故宰相が顔色を変え、騎士団までがその捜索に駆りだされるのだろう。

 「―――それは、貴方が知る必要のない事です。」

 シールは言い捨てる。

 「さあセラ殿参りましょう、陛下も大変ご心配になられておいでです。」

 先をせかすシールにマウリーは不満げだ。

 その様子にセラは心が痛んだ。

 「シールさん、わたし大事な人には何も隠すものなんてない」

 カオスやシールが、結界から出て来たセラを秘密にして外部から守ってくれている事は分かっていた。人間の黒い部分がセラの利用価値を見出してしまう事も分かっている。

 だけど、それを恐れて側にある大事な人の気持ちを傷付けたり、不審にしたりと言う事はしたくはなかった。

 「昨日花火を見てたらね、それが失った命と重なって…自分の無力を呪いたくなった。安らかな死なんて一つもない、皆が恐怖と絶望の中で死んだ。わたしが生きているのも他人の犠牲があるから。手を繋いで一緒に逃げた友達は兵士に胸を刺されて死んだし、その兵士が首を切られたからわたしは今も生きている。わたしがちゃんと力を使えていたら死なずに済んだ人がどれだけの数いたと思う?」

 剣と魔法が同時に存在していた時代。魔法が迫害されていた訳ではなかったのに、セラは自分の力を無意識で使えるようにはなっていたけれど、ちゃんと理解していたなら死なずにすんだ人は確実に存在するのだ。

 「皆死んだの、本当にみ~んな、だよ。最後に一緒にいてくれた人達も先に行ってしまってて…嘆いても仕方がないって分かってるけど…花火を見てたらどうしようもなく辛かったの。そしたらマウリーさんが見つけてくれて…何も訊かないで傍にいてくれたんだ。一緒にお酒を飲んで何でもない話をして…優しくってつい甘えちゃったの。」

 皆が言葉なくセラの話を聞いた。

 事情をまったく知らないマウリーと他の騎士三人は、普段のセラからは想像も付かない人生を語られ半信半疑だ。事情を知るシールとウェインでさえ、彼女の環境が自分達ですら知らない過酷なものであったのだと認識させられる。

 セラは隣に座るマウリーに膝を向ける。

 「マウリーさんごめんね、わたしのせいで怒られちゃって。それと知りたそうだから話すけど…わたしは二十五年前にカオス達と一緒にアスギルを封印した仲間の一人よ。」

 



 マウリーは髪を両手でくしゃくしゃに掻き毟る。

 「それっておかしくない?セラちゃん異常な若作りって事?」

 英雄四人が闇の魔法使いと戦ったのは二十五年前の話である。セラの話が事実だとしたらセラへの扱いは納得がいくが、目の前にいるセラはどう見ても…十代半ばである。

 「う~ん、それはね…封印に関わる事なんで他言しないでもらいたいのだけど…」

 セラは苦笑いを浮かべる。

 異常な若作りって事にした方がいいのかな??

 「結界の中で戦って出てきたら二十五年が過ぎてました…って話…です。」

 「―――そっか―――」

 沈黙が流れる。

 しかしそれは長いものではなかった。

 「大丈夫だよ、セラちゃん。僕はいつでも君の味方だからね。」

 マウリーが翡翠色の瞳を輝かせ、セラの両手を取って見つながら言った。

 「君は笑っているのが一番だよ、辛かったら僕にいつでも言って。また一晩中相手をしてあげるからね!」




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