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残されたモノ  作者: momo
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序章

 



 四半世紀前、世界を恐怖で支配した一人の魔法使いが封印された。



 彼―――名をアスギル―――は、かつては大陸の半分を領土に持つルー帝国を守護する魔法使いとして王に忠誠を誓い、強大な魔力を用いて国を、王を、そして民を守り、自身はその力に溺れる事無く、ただ一重に忠誠を誓いし王の言葉に従い日々を過ごしているかに思えていた。


 しかし。

 そのアスギルの忠誠もある日を境に豹変する。


 アスギルは忠誠を誓ったはずのルー帝国皇帝を暗殺し、その後は皇帝の子・妃・側室庶子諸々に至るまでを次々と惨殺して行った。

 主を失った帝国はいともあっけなく、近隣諸国の侵攻を受け滅亡する。



 アスギルが何故、忠誠を誓った帝国に反旗を翻したのかはわからない。

 ルー帝国皇帝を殺した後は自らが帝国を支配する訳でもなく、ただ気ままに人の前に現れては殺戮を繰り返した。

 その対象はかつては自らが守ったルー帝国の民であったり、かと思えばルー帝国に侵攻して来た敵国の一団であったり…時にはある国の王を突然殺す事すらもあった。


 アスギルはただ思いついたようにある時人々の前に現れては、強大な魔力と自らが魔力で作り出した魔物達を用いて殺戮を繰り返し続ける。

 

 いつしか大陸中がアスギルという闇の魔法使いに恐怖し、いつ我が身に降りかかるかわからないという恐怖に怯える日々を過ごしていた。



 そんな混沌とした時代に、ある四人の若者が集い終止符を打つ事になる。



 滅亡したルー帝国生き残りの騎士カオス。小さいながらも強大な軍事力を持つウィラーン王国の獰猛な王子ラインハルト、魔法使いフィルネスとセラ。 


 そこに集ったのは世界最高の四人であった。

 しかし、その四人をもってしてもアスギルを倒すまでには至らず、最終的にはカオスとラインハルトの持つ聖剣を糧としてフィルネスがアスギルを封印する為の結界を作り出し、セラはアスギルを道連れに結界の中に身を投じて、自身と共にアスギルを結界の中に封印したに止まる。



 闇の魔法使いと呼ばれたアスギルを封印した場所は大陸の北西、レバノ山の中腹にある巨大な鍾乳洞の中にあり、時が流れた今はレバノの封印と呼ばれている。

 鍾乳洞と言っても四半世紀前の戦いで見事な鍾乳石の芸術は破壊され、その場には削られた鍾乳石が残るのみ。その平らな鍾乳石ばかりの場所にある一角だけ、巨大な岩のような塊の鍾乳石があり、そこには2本の剣がしっかりと突き刺さっている。


 アスギルを封印する糧として存在するカオスとラインハルトの聖剣。

 この封印はレバノ山の麓に都を置くイクサーン王国が監視し、鍾乳洞の入り口と封印の前には常に数名の兵士が警戒に当たっているが、封印の強化を定期的に行っているためか、または結界と封印を行った魔法使いらの力が強大であった為かは不明だが、この封印に異変が起こった事は今の今まで一度もなかった。


 それなのに。

 

 異変は突然に起こる。

 












 この四半世紀、ただそこに存在してるだけのようないつもの景色が一転。

 何事もないのが当たり前となっている、退屈な結界の警護にあたっていた兵士達はいつもと同じ暇な時間を過ごしていたために、最初のうちはそこに起こった変化に気が付く者は誰一人としてなかった。



 音もなく、それは這い上がって来た。


 最初に気付いたのは…ペタンと、鍾乳洞に響いた音。

 足音とは違う湿った這うような音に、一人また一人と兵士が音のする方…聖剣の突き刺さる巨大な鍾乳石を振り返る。


 「・・・・っ?!」


 一瞬、何が起こったのか分からなかった兵士達の視線の先。

 ひんやりとした鍾乳洞の中で白い煙のような揺らぎを発しながらそれは姿を現した。


 二本の聖剣の隙間からゆっくりと姿を現す一つの塊に居合わせた兵士達の視線は釘付になり、やがてそれが人形を伴った物だとわかる。


 それはまるで、母親の体内から赤子が生まれるかのようで…


 「や…闇の…!?」


 唸るように一人の兵士が言葉を発した。















 *****



 レバノの封印が破られ闇の魔法使いが姿を現した―――

 


 闇の魔法使いが封印を破り結界の中から姿を現した、今はそれを鎖に繋ぎ檻の中に捕えている。


 その知らせを受けたイクサーン王国国王カオスは、まさかそんな事がと驚きを露わにした。


 イクサーン王はかつて四人の仲間と共に闇の魔法使いアスギルと戦ったルー帝国生き残りの騎士、カオスその人である。


 アスギルの力はあまりにも強大すぎてその命までを奪うことは叶わなかった。

 結局最後は一人の犠牲を伴い、アスギルを結界の中に閉じ込めるという形で世界をアスギルの魔の手から遠ざけたに過ぎない。そのアスギルが封印を破って再び姿を現したというのが事実ならば…カオスは口の端に引き攣った笑みを浮かべる。


 アスギルの強大な力はカオスが身をもって知っている。今のカオスに、イクサーン王国に、大陸中を探したところで強大な闇の魔法使いに対抗できる力を持った者は、存在しない。


 「馬を、レバノに参る」


 傍らに侍る年若い宰相に告げると同時に、玉座を立ち走り出そうとする王の視界にある物が映った。


 「陛下、闇の魔法使いアスギルを捕えましてございます!!」


 誇らしげに響く兵士の声。

 信じられない事に声を発した兵士に少し遅れ、魔物を捕獲する為に使用する巨大な檻が運び込まれてくる。


 (お前たちは馬鹿か!!)


 あんな危険な魔法使いを都の、しかも城内に連れてくるなど酔狂にも程があるというもの。あの戦いの後まだ二十五年…それだけの時間は平和ボケするには十分であったとでも言うのか?!


 カオスはあまりの怒りに言葉もなく、鋭い眼光で言葉を発した兵士を睨みつけた。

 その灰色の眼光は殺気を孕み、灰色の短く切られた髪は怒りで逆立ったかに思え、睨まれた兵士は声にならない悲鳴を発する。

 

 カオスは腰にある剣の鞘に手を触れながら、この剣が聖剣でない事を呪う。

 聖剣でなければアスギルに傷を負わせる事は不可能なのだ。腰にあるただの剣ではアスギルに立ち向かうのは死にに行くも同然。

 しかし今のアスギルは弱っているはずである。そうでなければあの破壊的な力を持つ魔法使いがあっさり檻に囚われるなどあり得ない。


 早足で檻に近付きながら緊張で汗ばむ右手で剣の柄に触れると、カオスは己が手がかすかに震えているのを感じた。


 檻の傍まで近付くと中に丸くなったアスギルの姿がカオスの目にはっきりと見えた。


 意識がないのか微動だにしない。ただ、丸く小さくなって冷たい檻に横たわっている。両腕と両足が頑丈な鉄の枷で繋がれて自由を奪われている様を確認すると、カオスはそれに違和感を覚えた。


 (アスギルでは…ない…?)


 同時に灰色の瞳が大きく見開かれる。

 鉄の枷で拘束された両腕両足は細くすらりと伸びている。小さな体は丸みを帯びていて、それを包む薄い緑色の衣と流れる金色の髪は汚れてべっとりとしている何かが纏わり付いていたが、カオスはその衣と金色の髪に見覚えがあった。


 (まさか!!!)


 否定と肯定が入り乱れ、まさかと言う驚きにカオスは檻に飛びついた。


 丸まって顔を伏せているので容姿を確認する事は叶わなかったが、カオスにはそれが誰なのか顔を見るまでもなく分かった。

 知って…しっているのだ。


 「陛下、危険です!」


 驚愕の表情で檻にしがみつくカオスに宰相の声など届かない。


 「鍵を…檻を開けろ!!!」

 「落ち着いてください陛下、檻を開けるのは危険です!」


 震えるカオスの肩を掴んで宰相は自分の姿を見せ、王を落ち着かせようとする。

 カオスの瞳に、年若い宰相の姿が映った。


 「鍵を開けろっ、アスギルではない!」


 取り乱した王の様子に宰相は眉間に皺を寄せた。

 生まれてより王の傍らにあり続けたが、この様に取り乱した王の姿は今まで一度たりとも見た事がない。宰相はいつもと違う王の様子に一瞬迷いながらも、王の剣幕に恐怖し、硬直したままその場に立ち尽くす兵士に檻を開けるように命じる。

 兵士は宰相の言葉に我に返ると、慌てて檻の鍵を取り出し鍵穴に鍵を差し込んだ。


 開けられた檻にカオスは重い足取りで入り、横たわる小さな体に震える大きな手を伸ばす。


 その体はべとべとした粘着質のものに覆われていたが、カオスは取り落とさないようにしっかりと抱き起こし、顔に張り付く金色の髪を優しく指で払いのけると、しばらくその顔をじっと見つめた。


 硬く閉ざされた瞼はピクリとも動かず顔面蒼白だ。体は氷のように冷たかったが胸は規則正しく上下している。


 カオスの灰色の瞳が涙で潤んでいた。


 「セラ…」


 カオスの小さな呟きが漏れる。


 二十五年前、アスギルを道連れに結界へと飛び込んだ時の姿そのままで、少女が再びカオスの腕の中に戻って来たのだった。






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