いてつく丸まり
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
今年もあと2カ月を切ったなあ。
俺なんか大の寒がりだから、この時期はいっとうしんどい。早くも解禁したこたつに、毎日入り込んでいるよ。
そういや、猫はこたつで丸くなること、歌でも歌われるくらいだがさ、人も似たようなもんじゃね?
寒いとき、たいていの人は身を縮こまらせるだろう。あれも身体を丸くさせようとする動きからきているが、そいつはなぜか知っているか?
――そう、身体の表面積をちょっとでも少なくしようとしているんだな。
表面積が減れば、放出される熱の量もおさえられるわけで。身体を暖めようと思う本能がそうさせるらしいな。
もっとも、こいつは筋肉に持続的な緊張を課す。ゆえに、肩こりなどの原因となり、結果的に体調を崩すきっかけになりかねないのだとか。
寒い時は身体を動かして暖まるべしとは、まんざら根性論ばかりともいえないわけだな。
そしてときに、筋肉がこわばる以上のやばい事態さえ起こるらしい。
うちのいとこの話なんだが、聞いてみないか?
いとこの地元で、遭難者が見つかったのはほんの数年前の話。
妙なのがいとこの住むところは、山も森も海も、車で少なくとも数十分飛ばさなきゃたどり着けないような街中。そこに転がる凍死者ともなれば、初見でホームレスとかを疑うところだろう。
だが仏さんの荷物を調べた際、出てきた名前が数日前に雪山へ向かって帰ってきていない、という登山者の者と一致したのさ。歯型など、本人を示す特徴とも合致した。
疑問なのは遭難したと思しき山から、この地点まで数十キロ離れているということ。それでいながら、身体はつい先ほどまで山の中にいたかのように、ひどい凍傷に見舞われていたとのことだ。
そのわりに、発見されたときにスキーウェアのたぐいはなく、湿ったセーター姿だったのだそうな。
いとこの住むあたりでは冷えて来たとはいえ、その気温は氷点下からほど遠い。山登りをするフリをして、ここにとどまったにしてもこのような姿になりようはずはない。
そもそも登山計画書も出ていたんだ。規則に反するような真似をしてまで、何をなそうというのか。
次々と憶測が飛ぶかの事件。発見されたとき、その遭難者(仮)はボールのように、身体を丸くしていたらしいのさ。
腰を曲げ、膝を抱えて、その脚の間に頭を突っ込むかの格好でな。ほぼ円を描く形で、ずいぶんと仏さんは寒がっているようだった。
そしてこの一件以来、いとこの住まうところと近隣の市内で、ちらほらと遭難したはずの登山者が、不意に街中で発見されることが増えたのだそうな。
いずれも同じように、丸まった姿勢でな。
6人の遭難者(仮)が見つかってより、同様の被害者はぴたりと見られなくなったが、被害がなくなったわけじゃなかった。
ペットだ。特に犬猫のたぐいが狙われた。
外の犬小屋にうずくまるものから、家の中で動こうとせずくつろいでいるものまで。
彼らはふと、目を離したスキにいなくなってしまい、近く変わり果てた姿で発見されたのだという。
今回は命を落とすばかりの意味とは限らない。生き残っているものもあった。
しかし彼らに共通していたのは、その毛をきれいに刈られてしまい、地肌が丸見えの状態だったということさ。
そしていずれもあの遭難者たちのごとく、丸まった状態だったという。
――もしや犯人、毛と服の違いが分かっていないんじゃないか? いや、そもそも人なのか?
とりあえず引っぺがしにかかる犯人像は、いとこたちも気になっている。
この言葉に出たように、人の風俗や習慣をよく知らない、未知の存在の仕業ではないか、という説もあがってきていた。
こいつは宇宙人による、キャトルミューティレーションの一種じゃないかとも。
すでに最初の事件発生から2カ月あまりがたち、年末の足音が聞こえてきそうな時期。
あれから日暮れからの気温は急激に落ち込むようになり、手袋や耳当て、ニット帽を身に着けて学校へ来る子も増えてきていたそうだ。
家に帰れば、暖房はより身近に存在する。
いとこも今日の俺みたく、起きている間の大半はこたつの中、残り数割がストーブのお世話になって、寝る際も布団を重ね着、タイマー付きエアコンと暖気を切らさない時間を心がけていたそうだ。
しかし、その晩の寒さは異常だった。
明かりを消して、布団へ身体を潜り込ませたのはいいが、どうも枕に乗せた顔に冷えた風が吹き寄せる。
ドアも窓もきっちり閉め、雨戸にカーテンもしっかり備えた。エアコンもしっかりつけた上で、それらの暖気をかいくぐり、顔面に涼をもたらすなど、とうてい考えられなかったとか。
布団から出さえすれば、いくらでも策は打てただろう。だが、いまのいとこにとっては、そうして這い出る動きひとつが、あまりに遠い。
結果、より深くへ潜った。
顔も重ねた布団の下へ入れたく、さりとて足も外へ出したくない。自然と足を曲げ、背もかがめて、身体すべてを丸く収める。
厚地の下で整えられる、完全な防備。外よりの寒気に、これを崩せるスキなどあるまいと、いとこは上からの圧力に身をゆだねながら、ようやく得たぬくもりにまどろもうとしていた。
その矢先。
丸まる自分の身体の中心。太ももから胸にかけてを使い、大きく囲われたわずかな空白。
そこを何かが突き抜ける。上からではなく、下から。
敷布団を貫き、円を成すいとこの身体の各所を同時にくすぐって、掛け布団が跳ね飛ばされる。はからずも、いとこはこいつを抱き込むような形になった。
柱だ。いとこはそう感じたという。
自分は体全体をもって、この柱の根元にからみつくかのように、丸まっていたんだ。
布団を取り除けられた身体に、たちまち襲いかかる寒風。
いま、いとこが居るのは過ごし慣れた、部屋の中じゃなかった。
敷布団の代わりに、いとこが身体を預けているのは雪。横たわったその視界がとらえるのは一面の雪原で、触れる肌は服越しにびっしょり濡れている。
夏場は喜ぶべき湿り気も、ここにあっては凶器と同じ。無数の針が貫く痛みと、寒さに負けまいと身体が必死に血をめぐらせんがための、脈打つ疼痛。
この両方に挟まれて、いとこは満足に声も出せないままぶるぶる震え、とうとつに現れた柱を包みながら、かろうじてこらえていたらしい。
横になりながらも、いとこの目は雪以外のものも見ている。
降雪はあれど風が少ない景色の中、自分の近くにも遠くにも、まばらに白い柱が立っている。自分がいま、挟んでいるものと同じように見えた。
まばらに立つそれらは上を見たなら、てっぺんの赤。下を見るならカラフルな根元。
色とりどりのそれらに目を凝らしたところ、いとこにはそれがカラフルなスキーウェアと、動物の毛皮たちに思えたのだそうな。
――例の犯人の手に落ちたか!
おのずと合わなくなりはじめた歯の根を感じつつ、悟ったいとこは、もぞもぞと寝間着を脱ぎにかかる。
寒さの中、気が触れたわけじゃない。
もし自分たちの推測が正しいなら、この柱たちが求めるのは毛や肌。そしてそれらと服の区別がついていないなら、身を離すにはこれが上策のはず……!
いとこが柱に寝間着を巻きつけるのと、その柱たちが一斉に背を伸ばし出したのは、ほぼ同時のことだった。
大きな揺れを受け、引き続き柱のすがるいとこは、そのまま高きへ連れていかれてしまう。だが見下ろした雪の原に、その存在を確かめる。
大いなる白を退け、下より姿を現したのは、自分たちの肌と大差ないやや黄色じみた肌であること。そしていずれの柱も、あまさずそこから立っていることを。
手のひらだ。
だが、自分たち人間のものとはほど遠い。端から伸びる五指のみならず、思い思いの箇所からその身を立てる、幾本もの指たち。
ぐんぐん高度を増す自分とは対照的に、その指たちの根元には自分がいましがた脱いだ寝間着を含めた、もろもろの色合いが残されている。
それは遠目に、飾った指輪のようにも見えたのだとか――。
気づくと、いとこは隣町のとあるバス停脇で眠っていたらしい。
このような近場で済んだのは、進んで寝間着をゆずった故かもしれないが、のんびりとはしていられない。
自分はいまや下着のみ。先ほどよりは増しとはいえ、予報通りなら外気はいまや零度前後なのだ。
いまだ痛みの抜けない身体をおして、いとこは自宅までの道をひた走ったとか。
あの時に見た指と手のひらの主、どうやら相当な指輪を欲しがっていたのだろうなと、いとこは話していたよ。