第9話 ギャンブル
ツムギのプレゼントに感激しているマイカ。そんなマイカを影から狙う存在が潜んでいた。
「バンダナ巻いて変装した
つもりかもしれないけど、
こっちは買う前から見てるのよ。」
「無駄なことしちゃって……。
うっふふふふふ……。」
ドクロのアクセサリーで全身着飾っている痩せ型の男が、女のような口調で喋りながら鎖鎌を構え、マイカが店から出てくるのを今か今かと待ち構えている。
「きたきた……♡」
マイカとツムギが店から出て来るのを確認する鎌男。物陰に隠れ続けているにも関わらず、鎌男はもう一人別の方向から出現し、鎖鎌を振り回しながらマイカを背後から狙っている。
「……っ!!」
殺気を感じたツムギは、咄嗟にマイカの体を掴みながらしゃがみ込んだ。
「ツ、ツムギ!?」
何が起きたのか分からないマイカ。2人の頭上を鎖が伸び切った鎖鎌が通過していた。
「鎖鎌……!?」
「はっ……!」
マイカは敵の方を睨む。ツムギは鎌を見ると突然、目を見開いたまま固まっていた。
「惜しかったわね……。
今のは殺ったと思ったのに。」
この男には見覚えがあった。手配書に印刷されていた鎌を持つ男。レオが探し回っていた今回の盗賊のターゲットであった。
マイカは男を睨んだまま、ツムギにお礼を言った。
「……ツムギありがとう!
ツムギがいなかったら
ウチ、やられたてた……!!」
「…………。」
「……ツ、ツムギ?」
いつも明るく元気なツムギから返事が返って来ない。そんなこと普段はありえないので、思わず動揺してツムギの方を見てしまう。
「はぁ……はぁ……。」
ツムギは汗だくになりながら、地面に座り込んだまま体をガタガタ震わせていた。
「ツ、ツムギ……!?
どうしたのっ……!?」
マイカは慌ててツムギの体を見回す。鎖鎌が当たって負傷し、流血してしまったのかと思っていた。だが、どこも怪我をしていない。
原因が分からず、マイカは焦っていた。目の前には自分の命を狙う敵。ツムギは身動き出来ずにいる。マイカはツムギの前に立ち、身を挺して守ろうとした。
「あらあら♡ずっと見てたけど、
あなたたち本当に仲が良いのね?」
「でもアタシ、男の子同士の
恋愛が好きだから、女は別に
興味ないのよ。ごめんなさいねぇ。」
勝手なことを言いながら、鎌の男はマイカに迫っている。下手に動けばツムギを狙われるかもしれない。マイカはどうすることも出来ずに立ち尽くしていた。
「死になさいッ!!」
男がマイカ目掛けて鎌を放った。一直線にマイカの首を狙う。マイカは冷静にスキル“集中”を発動させる。
空気の音が鮮明に聞こえるようになり、飛んで来る鎌はスローモーションになった。マイカはタイミングを見計らって、その鎌を白刃取りのように両手で受け止めた…!
「はぁっ……はぁっ……!」
「やるじゃない……。
さすがは賞金首。だけど。」
突如、路地裏の死角からもう一つの鎖鎌が飛んできた。集中を解除してしまい、両手がふさがっているマイカは絶好の的だった。
「……ッ!!」
「さようなら♡」
『ガキィンッ。』
金属の弾ける音が辺りに響く。鎌の一撃を一本のナイフが受け止めていた…!
「レ、レオ……!?」
「よう。すまねぇな。
……遅くなった。」
「くっ……!?」
男は急いで鎖鎌を自分の元へ引き戻した。そして、路地裏の影からもう一人、鎖鎌の男が姿を現した。別人でも双子でもない。“同一人物がもう一人いたのだ”。
「……鎖鎌のジャック。
分身能力が得意なんだってな?」
「分身能力……!」
それが目の前の現象の答えだった。しかし、相変わらずツムギは戦える状態ではない。マイカはツムギから離れられない。2人の男をレオ一人で相手にしなければならない状況だった。
「それが分かったところで
あなたに勝てるのかしら?」
「それにしても……。
あなたイケメンね……♡
アタシの好みだわ……。」
「悪いが、俺は好みじゃねぇけどな。」
「殺すのが惜しいけど、
でもあなたがいると
邪魔なのよ……。」
「ハァ……。やれやれ……。
俺たち名が知れてると
思ってたんだがな……。
知らない奴多すぎるだろ。」
自分の知名度の低さに嘆きながら、レオは手のひらからサイコロを取り出した。それを軽く振り、地面に放り投げる。サイコロは“3”の目が出ていた。
「くたばりなッ!!」
左右から鎖鎌が飛んでくる…!マイカは万事休すかと思っていた。だが。
レオが鎖鎌を受け止めていた。いや、正確には“レオたち”が。
「……え?」
レオは3人に増えていた。マイカたちの前に立ち続けているレオと、左右から飛んできた鎖鎌を受け止めているレオ2人。
「ぶ、分身能力!?」
「そうだ。発動するのが
ちょっと面倒だがな。」
「……マイカ。そのまま
ツムギのこと頼む。」
そう告げると、レオは2人がかりでジャックのうちの1人を、足払いとナイフの一撃で一瞬で倒してしまった。
「な、なんだと……。」
ジャックの姿が煙のように消えた。どうやら、このジャックは能力で生み出したようで、本体ではなかった。
「3対1、形勢逆転だな?」
「くっ……!!」
ジャックは急いで逃走しようとするが、その背後からレオ3人が飛び掛かる…!
あと少しで3本のナイフがジャックを捉えようとしていた時だった。ジャックの分身と同じように、レオの分身も姿を消した。
「チッ……。間に合わなかったか。」
レオの能力には時間制限があった。能力は1分経つと効果を失うのだった。
(チャンス……!!)
レオが1人に戻り、戦況が変わったと感じたジャックは、逃走を止め、再び分身した。今度は5人に増えていた。
「ご、5人にもなれるの!?」
マイカが驚愕しているのを尻目に、レオは落ち着きながらサイコロを再び振る。次は“5”が出た。
しかし、分身は出ない。レオは“1人のまま”だった。
「死になッ!!」
ジャックの声が5人分重なりながら、レオに向かって鎌が放たれる。だが。
レオは目にも留まらぬ速さで、鎌を放った5人を一瞬で殴り飛ばした…!
「ぐはぁッ!?な、なにィ!?」
一人に戻りながら地面に倒れるジャック。レオは爪先で地面をトントンと蹴りながら、ジャックを見下ろしていた。
「……俺の能力は
分身じゃねぇんだよ。」
「……えッ!?」
「スキル“ギャンブル”。
サイコロを振るたび
1分間、何かが強化される。」
「今のは“速さ”が
“5倍”強化された
ってワケだ。」
「だが、何が強化されるかは
分からねぇし、どれくらい
強化されるかも分からねぇ。
全て運次第だ。」
「そしてサイコロの“1”の目は
この能力最大のデメリット。
全ての力が“1”になる。つまり、
もっとも弱くなっちまうんだ。」
レオはペラペラと自分の能力の解説をしていた。そして、再びサイコロを手に持つ。
「なんで親切にこんなこと
教えてやってるか分かるか?」
「ギッ……分かんないわよォッ!!」
破れかぶれになったジャックは、両手で鎖鎌を振り回しながらレオに突撃した。
ジャックが突っ込んでくる前に、レオはサイコロを投げていた。目は“6”が出ていた。
…レオは渾身の力でジャックの顔面をぶん殴った。その力は“6倍”になっていた。
「ぶぎ、ぎばあああああッ!?」
凄まじい悲鳴を上げながら、ジャックは壁に激突した。そして、気を失った。
「これで終わりだからだ。
……ってもう聞こえてねぇか。」
「ほぁ……。」
ジャックの力を遥かに上回るレオの実力に、マイカは見惚れていた。
「……はっ!?い、
いけないいけない!」
友達のツムギの兄を、異性として好きになってしまいそうになり、マイカは不純な自分を必死で振り払うかのように、全力で頭を左右に振った。
「?……何やってんだ?マイカ?」
「べっ!?別に何も!?」
声が裏返りながらも、マイカは平静を装った。
レオは震え続けるツムギに近付くと、肩をぽんぽんと優しく叩いた。
「ツムギ。怖かったな。
もう大丈夫だ……。
……あいつじゃなかった。」
「……ッ!!」
その言葉を聞くとツムギは正気に戻った。
「あ……兄貴……。
あ、あたい……。
うぅッ……!!」
「うわあああああッ!!」
ツムギはレオに抱きつき号泣した。レオは優しく抱き締め、ツムギの気の済むまでそばにいてあげるのだった。
「ツ、ツムギ……。」
元気で明るいツムギが、なんでこんなことになってしまっているのか、マイカにはまだ分からなかった。