第4話 万引きGメン転生
……トラックに撥ねられた舞花が目を開けた。
確かに舞花は交差点でトラックに撥ねられたはずだった。
それなのに、何故か舞花は木漏れ日の射し込む森の中で目を覚ましたのだった。
「…………?」
訳も分からず、仰向けのまま、木漏れ日の射す森を見つめる。鳥のさえずりが聴こえ、なんとも爽やかな気持ちに包まれていた。
何気なく動かした右手の指に、何か薄くて硬い物が当たった。一体何かと気になり、それを手に取る舞花。
「……ステータスカード。
これ……ウチ……?」
そこには自分の顔写真のような画像と、何やらよく分からないこまごまとした数字が並んでいた。顔写真の自分は、栗色寄りの黒髪から派手なオレンジ色に、黒目は金色に変わっている。舞花が知る自分の印象とはかけ離れていた。
「なんだこれ……。」
作った覚えもない得体の知れないカードを見つめる舞花。そこには気になる文字がいくつか書かれていた。
「名前マイカ。職業、不明……。
スキル、隠密。集中。
オールハント……。」
「ゲームか何か……?」
自分の置かれている状況が飲み込めず、思わず半笑いになってしまう。
自分の服装を見ると、露出の高いファンタジー風の身軽そうな格好になっていた。
「何、この格好……?
誰?着替えさせたのは?」
自分を未知の世界へ飛ばし、おかしな格好にした得体のしれない何かに悪態をつきながら、マイカはいつまでもここにいてもしょうがないと思い、誰か人がいないか探そうと行動を開始した。
「ここは……。」
森から出てしばらく歩くと、そこには荒野が広がっていた。右を見ても左を見てもゴツゴツとした岩、岩、岩。とても人がいるようには見えない光景にマイカは溜め息をついた。
「ぎゃあああああっ!!」
そう思っていた時。遠くから若い女の子の間抜けな叫び声が聞こえた。事件に巻き込まれる恐れがあるが、人の気配がない荒野を闇雲に歩く訳にもいかず、マイカは仕方なく声のする方へと向かった。
「クソガキ!俺たちの宝返せ!」
「ごめんって謝ってるでしょうが!
……お宝は返さないけどっ!」
「ああん!?なめやがってこのヤロォ!!」
一人の少女が鳥類なのか爬虫類なのか分からない巨大な生物に乗りながら、荒野を爆走している。その後ろを巨大な二足歩行のトカゲに乗った人相の悪い男たちが追い掛けていた。
「ウチは本当に異世界に
来ちゃったのかな……。」
見たこともない生き物に困惑しながら、目の前の状況を確認する。か弱い女の子が悪い男たちに追われている。考えるまでもなくマイカにはそんな光景に見えた。
「まぁ……囮にくらいは
なってあげられるか……。」
上手く行く算段はないが、自分が男たちの注意を引き、その隙に少女を逃してやろうと思ったマイカは、その辺に落ちていた石を適当に拾い上げた。
そして、その石を先頭を走っている男の頭目掛けて投げた。
「いてぇっ!?」
石が命中し落馬?落トカゲする男。急いで急ブレーキする周りの男たち。
「と、頭領!!」
「クソォ!!誰だナメたマネ
しやがった奴は!?」
「はい。ウチ、ウチ。」
自ら挙手するマイカ。明らかに強そうな屈強な男たちを前にしているのに、不思議と落ち着いている。マイカ自身も何故自分がこんなにも落ち着き払っているのか不思議だった。
「またこんな小娘にコケに
されてんのか!?」
「許さねぇ……ぶっつぶしてやる!!」
大人げなくマイカにキレる男たち。男たちはマイカに向けて一斉に銃口を向けた。その銃は、マイカの世界では見たことがないような材質と形状だった。
「ちょ、危ないよ!?そこの人!!」
追い掛けられていた少女がマイカに向けて叫ぶ。だが、こんな絶望的な状況なのに、マイカは未だに冷静であった。何故なら。
(……動きがよく見える。)
男たちの動きが手に取るように分かる。マイカはそんな感覚に包まれていた。
いつ引き金を引くかも、どこを狙っているかも、マイカは分かっていた。
「撃てェッ!!」
頭領と呼ばれていたカウボーイハットを被っている男が合図を送ると、男たちは小柄な少女ひとりに向けて銃弾の雨を浴びせた。
「ひっ……!?」
思わず目を背ける追われていた少女。だが。
「あ、当たらねェッ!?
なんでだァッ!?」
マイカは冷静に銃弾をひとつひとつかわしている。まるで一人だけスローモーションの世界で動いているかのようであった。いや、実際にマイカには“そう見えていた”。
(“集中”すると動きがよく見える……。
動きがゆっくりになる……。凄い……。
なんだろうこの力は……。)
(あっ……。さっきのカード……。
スキル“集中”ってこれのこと?)
銃弾の雨を全て避けながら、マイカは他のスキルのことも気になっていた。
(“オールハント”……。名前は分かるけど、
一体どういう力なんだろう……。)
オールハントを使いたい。そう意識した瞬間、マイカの頭の中に使い方のイメージが浮かんできていた。
(相手に触れる……。)
頭の中の説明書のおかげで発動条件が分かったマイカは、銃弾を掻い潜りながら頭領に接近し、友達に触るかのように軽くボディタッチした。
「……“オールハント”。」
「な、なんだこいつ!?
どういうつもりだァ!!」
いきなり接近してきたマイカに驚き、触られた手を振り払う。マイカは自分の手を見つめながら後ろに飛び退いた。
そして、頭領に触れた右手が光輝き、その輝きが銃の形へと変化していく。
「お、俺の銃!?」
銃を奪われたと焦る頭領。だが、頭領の手には銃は握られたままだった。訳の分からない現象に困惑する頭領。
(どういう力かイマイチ分かってないけど、
相手の武器を自分も手に入れられる力
ってとこかな……?)
マイカは頭領の被っているカウボーイハットに狙いを定めると、そのまま引き金を引いた。
『パァンッ!!』
乾いた銃声が辺りに響き、マイカに撃ち抜かれたカウボーイハットは宙を舞った。
「う、うおっ!?なんだこれは!?
どうなってんだッ!?」
オールハントで手に入れた銃を構えながら、マイカは男たちの顔を順番に睨み付ける。今の帽子のようにいつでも撃ち抜けるぞと目で脅す。
「クソが!!こんなガキに
ナメられたまま終われるか!!」
だが、男たちはまだ諦めず、銃口をマイカに向け続けている。マイカは本当に男たちを銃で撃ち抜くつもりなどなかったので、正直、諦めてくれない様子に困り始めていた。その時。
「いい加減に……
しなさぁーいッ!!」
「グエェッ!?」
突如、先程まで追われていた少女が頭領にドロップキックをかました。彼女には、逃げている際には確認出来なかった猫耳と尻尾が生えていた。頭領の子分と思われる男たちが少女を狙うが、猫のような身軽な動きで地上から上空へ飛び退け銃弾を回避する。
「と、頭領……!?
チ、チクショオ!!覚えてろ!!」
気絶してしまった頭領を抱えて、男たちはようやく諦め、この場から撤退した。
「いや〜ありがとぉ!
おかげで助かったよ!」
猫耳を生やした少女が、笑顔でマイカの手を握りながらお礼を言った。すると、猫耳と尻尾がみるみるうちに体の中へと引っ込んでいった。
「耳が……。」
気になっていたので思わず口に出して驚くマイカ。少女は明るい口調で説明を始めた。
「あー、今の?あたいには
猫の力を被って身体能力を
強化させるスキルがあるんだ!」
「猫を被る……。」
「そうそう、そんな感じ!」
「おっと、自己紹介が遅れたね!
あたいはツムギ!ここいらじゃ
ちょっとは名の知れた盗賊さ!」
「と、盗賊……!」
(なんてこった……。じゃあ
ウチは泥棒を助けたってこと?)
マイカの心の中では、今まで築き上げてきた万引きGメンとしての尊厳が崩壊する音が響いていた。