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花言葉

作者: 志摩多久

 体育で好きな人とペアを作ってと言われる時間が嫌いだ。お昼休みにお弁当を食べる時間が嫌いだ。それから――。


 私、仁藤彩芽はきゅうぅっと締め付けられる胸を抑える。

「一緒に帰ろう」

 という声に、私は驚き振り返る。後ろの席の子と、その友達は不思議そうに私を見るが、すぐに興味をなくし二人でおしゃべりをする。

 ああ。バカだ。私なんかが誘われるはずないのに。私は荷物をまとめ、教室を出ていく。賑やかな一年一組の教室を構成する笑い声が、独りの私を嘲笑う声に聞こえた。

 それから――終礼が終わったあとの教室の時間が嫌いだ。


 傘の横から入る雨が私を濡らし、小石が私を躓かせようと罠を張り、風に揺れる木々がせせら笑う。自然までもが、中学に入れば変わるという期待を抱いていた私を責め立てる。

 私は嫌になって耳を塞ぎ、目を瞑った。

 でもそうやって五感の一部を閉じたからか、嗅覚は敏感になり甘い香りを私の鼻が捕えた。

 私は目を開き、香りの源泉へと目をやる。そこは色彩豊かな花が並ぶお花屋さん。私は一輪しか置かれてない孤独な青い花に惹かれ近づく。凛と咲くその花に手を伸ばすと、

「おや、可愛らしいお客さんだねぇ」

 店の奥から花屋のおばさんがでてきた。私は咄嗟に背を向け、走り出そうとすると、

「アヤメ」

 その言葉は流石に無視できず振り返る。それは私の名前だ。初対面なのにどうして。

「それ、アヤメって花だよ」

 自分の勘違いに頬が熱くなる。でも、自分と同じ名をもつ花をもっと知りたいと思った。

「どういう花なんですか?」

 私が聞くとおばさんはにこやかに笑う。

「アヤメはねぇ。花は見ての通り大きくはないけれど、ほら中心を見てごらん」

「綺麗な網目模様、ですね」

「そうだろう。それに花言葉も素敵でね。信じる者の幸福って意味なんだ」

「信じる者の、幸福」

 口に出すと私の胸を締め付けていたものがするりと緩んでいく感覚がした。

「幸せになれると思って一歩踏み出した人に幸せは訪れるのさ」


「一緒に帰ろう」

 終礼が終わった後の教室で昨日と同じように声が聞こえた。でももう振り返らない。私はいつも周りがどうにかしてくれるのを待っていた。だけどそれではダメなのだと知った。

「一緒に帰ろう」

 私が隣の席の日比綾那さんに声をかけると、彼女は恥ずかしそうにニコリと笑った。



おわり


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