9 幼い頃の夢
雪が降っている。
これは夢だ。昔、幼いころの夢。
早く目覚めなければと思うが、体が重く動かない。
おじいちゃんの家に遊びに行って、弟と雪遊びをしていたのに気が付けば弟は居なくなっていていた。
すぐ傍は山で、弟の足跡は山へと続いていた。
家族と大騒ぎをして、弟を探しているうちに私も迷子になったのだ。
雪が降る中、かじかむ手を擦って歩いた。
山の間に泣いている弟を見つけて一緒に泣きながら歩くが家にはたどり着けなかった。
木々の間に山小屋が見え弟と泣きながら近づくが誰も居ない。
「ここで休憩しょう」
弟と手を繋いで、山小屋に入った。
鍵はかかっていなかった。
部屋に入ると外よりは暖かく、ヘンリーとほっと息を吐く。
「お姉ちゃん、寒い」
「寒いね」
二人で身を寄せ合っていると、外から狼の遠吠えが聞こえた。
「狼が居る!」
ヘンリーは嬉しそうに窓へと走って外を見始めた。
「危ないわよ。私たちが居ることを動物に知られたら噛みつかれるかもよ」
私も弟を窓から引きはがそうと近づくと、狼が走っているのが見えた。
「本当に居た。狼」
初めて見る狼に感動する私に、ヘンリーも頷く。
「かっこいいね。大きいし、毛がふさふさ」
「本当ね」
すると、年配の男が数匹の狼に囲まれながら走ってきた。
狼の一匹が男の足に噛みつき、男が倒れるとすぐに喉元に噛みついた。
「あっ!」
ヘンリーと私は驚きのあまり声を上げる。
狼は唸りながら男性の周りを囲んで吠えている。
倒れた男性の喉元からあふれ出る血が、白い雪を赤く染めていった。
「ねぇ、おじさん死んじゃうよ」
泣き出しそうなヘンリーを抱きしめて静かにするように言う。
「狼が窓を割って入ってくるかもしれないわ。私たちも食べられちゃうわ」
「僕達、食べられちゃう?」
「静かにしていれば大丈夫よ」
弟を安心させるためにそう言ったが、匂いで隠れているのが狼にわかってしまうかもしれない。
私たちは身を寄せ合って怖さと寒さで震えていた。
そのまま眠ってしまった私たちは、よく朝捜索してくれた人たちに無事見つけられた。
私とヘンリーは大泣きをして3日間熱を出して寝込んでしまったのだ。
狼は怖い。
血も怖い。
辛い思い出だ。
体が重い・・・・。
暗く沈む意識の中で、花のようないい匂いがした。
私の大好きなヴォルフ様の匂い。
身じろぎをすると、おでこにぬくもりを感じ私は目を開けた。
「具合はどうだ?」
すぐ近くに灰色の瞳が心配そうに私を見つめている。
「体が重いです・・・」
かすれた声で呟くと、ヴォルフ様は私の額に唇を落とした。
ヴォルフ様に膝枕されている状態に驚いて動こうとするが体が重く動かない。
「すまない。血を見て倒れたのだ」
ヴォルフ様が謝る事ではないので私は首を振った。
「私のトラウマが治らないせいです。昔、狼が人を食い殺すところを見てから狼と血が苦手で・・・。
白い雪の上で、おじさんが・・・」
今夢で見たばかりの光景を思い出しながら告げようとするが、喉の奥が引きつって言葉にならない。
私の瞼にヴォルフ様の唇が落ちる。
「もう思い出さなくていい」
三つ編みにして前に垂らしているヴォルフ様の髪の毛が私の顔の前で揺れた。
青に近い深い灰色の髪の毛に私は驚いて声を上げた。
「ヴォルフ様の髪の毛、あの時の狼のしっぽの色と似ている気がします」
「・・・・そうか」
ヴォルフ様は小さく呟き、目を細めて私を見つめて、ヴォルフ様は私の唇を塞いだ。
暖かい唇が離れていくと、大きくて暖かい手が私の目を塞いだ。
「ゆっくり休め」
ヴォルフ様の匂いに包まれて、安心した私はまた深い眠りについた。
今度は怖い夢は見なかった。
翌朝目覚めると自室のベッドの上だった。
全く覚えていないが、ヴォルフ様の膝枕で寝てしまいベッドに運んでくれたのだろう。
恥ずかしい。
軽く伸びをしてゆっくりと起き上がって、体調を確認する。
体調は元に戻っており、ほっと息を吐く。
昨日は迷惑をかけてしまったなと思いながらリビングルームに向かうとリリアンヌさん達が来ていた。
「クレアちゃん大丈夫?昨日は大変だったわね」
リリアンヌさんが私の手を取って聞いてくる。
「ご迷惑をおかけしてすいません。寝たら元気になりました」
「迷惑だなんて思っていないわ。おいしいお菓子持ってきたからあとで食べてね」
「ありがとうございます」
すると後ろからヴォルフ様が私を抱きしめて顔を覗き込んできた。
「顔色は良いな。まだ無理をするな」
「は、はい」
まだこの距離感に慣れない私は顔を赤くしたままヴォルフ様の膝の上に乗せられた。
だんだんこの体制が定位置になりそうだ。
ヴォルフ様の膝の上に居る自分も慣れてきてしまって恐ろしい。
「昨日、警備隊が追いかけていたのは人買い事件の容疑者だったらしいよ」
机をはさんで座るコーディさんが紅茶を飲みながら説明をしてくれる。
「まぁ、人買いってなに?最近行方不明になる人が多い事件と関係しているの?」
隣に座るリリアンヌさんもケーキを食べながら聞いている。
前に座るヴォルフ様とその膝の上に居る私を二人は疑問に思わないらしく、普通に話を進めている。
ラブラブカップルのコーディさんとリリアンヌさんからしたら膝の上に座っている私のことは普通の事なのかもしれない。
「ここ数年、女性が行方不明になっている事件があったな」
ヴォルフ様はそう言って、膝の上に座る私にスープをすくって差し出した。
差し出されたスプーンをじっと見つめていると、ヴォルフ様が私の顔を覗きこんでくる。
「食欲がないのか?」
「自分で食べれます」
ヴォルフ様に食べさせてもらうなど恥ずかしくてスプーンを奪い取ろうとするが避けられてしまう。
「俺が食べさせたいのだ」
微笑まれて言われてしまえば断れるはずもなく、私はおとなしく口を開いた。
暖かいスープを一口飲むと、ヴォルフ様は満足そうに頷いた。
「で、続きだけど、その女性達が町で行方不明になっているのと昨日僕が刺した容疑者が関わっているみたいで聞き込みしようとしたら逃げたから追ってたんだって」
私たちのやり取りを気にした様子もなくコーディさんが話を続ける。
「居なくなった女性達はどこに行ったんだ?」
ヴォルフ様が私にスープを食べさせながら聞いた。
コーディさんは首をかしげる。
「それが不明だから困っているみたいよ。どこかに売られているのか、もう殺されていないのかはわからないって。行方不明になった親からも捜索願が数件出ているらしいよ」
「なるほど、しかし俺たちの仕事ではないな。警備隊が捜査するだろうから放っておこう」
「いいの?自分の領地でしょ」
コーディさんが呆れたように言うがヴォルフ様は肩をすくめた。
「消えたと言っても数人だろ。いちいち関わる必要もあるまい」
「まぁね。と、いう事でリリアンヌは一人で町に行かないでね。女性が多いらしいから」
「わかったわ」
二人は手を取り合って頷いている。
ヴォルフ様も私の頭を撫でて同じことを言った。
「クレアも、俺以外とは町へは行くな」
「はい」
頷く私にヴォルフ様は満足そうに頷いた。