6 狼がいる?
ジュリアが出て行って、開きっぱなしだったドアからコーディさんが顔を出した。
「ハニー迎えに来たよ!って、何かあったの?」
部屋の中の異様な空気を察してか、私を抱きしめているヴォルフ様とまだ興奮しているリリアンヌさんを交互に見て首を傾げた。
「あの女が突然来たのよ!」
イライラして言うリリアンヌさんをコーディさんが大げさに抱きしめた。
「ハニー、大変だったね。あの女、ヴォルフに執着しているから」
「本当よ。クレアちゃんをバカにしたのよ!酷いわ」
「ハニーは優しいね」
コーディさんがリリアンヌさんを慰め終わると、私もヴォルフ様に開放された。
「あの女、相変わらずくっさい香水付けているなぁ。まだ匂いが残っている」
コーディさんが顔をしかめて鼻をクンクンしている。
ヴォルフ様も頷いて顔をしかめた。
「女性らしいいい匂いのする香水でしたけれど、私結構好きです」
私も部屋の中の匂いを嗅ぐが、ジュリアの残り香は確認できなかった。
その代わり、ヴォルフ様の花のようないい匂いがして思わずヴォルフ様の傍で嗅いでしまう。
「香水はすべて臭くてかなわん。クレアもできれば香水は付けないでくれ」
ヴォルフ様の言葉に私は首を傾げた。
「香水は付けませんけど、ヴォルフ様は花の香水付けていません?いつもいい匂いがしますけれど」
匂いを嗅ぎながら言う私に、ヴォルフ様はとてもうれしそうに微笑んだ。
「香水は付けていないが・・・クレアも匂いがするのか」
そうしてまた私を抱きしめて私の首元に鼻を近づけてくる。
「俺もクレアから花のようないい匂いがする」
私からはそんな匂いがするはずがないと思うが、ヴォルフ様は良い匂いがするらしい。
うっとりしながら私の首元をクンクン嗅がれて恥ずかしくてヴォルフ様の胸を押して遠ざけようとするがビクともしない。
すると、また狼のしっぽのようなものが一瞬見えて私の体が固まった。
「狼!狼が居ます!尻尾が見えた!」
叫ぶ私にヴォルフ様は慌てたように首を振った。
「いや、狼はどこに居ない」
「そ、そうよ!幻よ」
「狼に対するトラウマが幻をみせているんじゃないかな」
ヴォルフ様とリリアンヌさんコーディーさんも慌てたように言う。
ヴォルフ様の胸に抱き着きながら部屋を見回すが、確かに何も居ない。
絶対に狼のしっぽを見た気がするのだが、気のせいにしてはハッキリと見えたのだけど。
首をかしげる私に、リリアンヌさんが渇いた笑いを出した。
「ほほほっ。じゃ、私たちは帰るわね。クレアちゃん、きっとあの女のストレスが幻を見せたのよ。今日はゆっくり休んでね」
「はぁ。今日は助けていただきありがとうございました」
私が頭を下げると、リリアンヌさんが手を振る。
「いいのよ、いいのよ!困ったことがあったら言ってね。すぐに助けてあげるからね」
「僕も、助けるからね」
コーディさんもそう言って、リリアンヌさんと腕を組んで帰っていった。
「狼の幻を見るほど、あの女がストレスだったのだな。もう近づけさせないから安心してほしい」
ヴォルフ様はそう言って私の肩に手をまわして引き寄せる。
「幻じゃないと思うのですけど・・・」
「リアルに見えるほどのストレスはよっぽどだ。今日はリリアンヌの言う通り、ゆっくり休んだほうがいい」
私は渋々頷いた。
今まで幻など見たことがないが、それほど狼の傍にいるという事とあの女がストレスだったのだろうかと思うが、どこか納得できない。
幻にしてはリアルな尻尾だった。
「ジュリア・アルデンヌ様をお通ししてしまい申し訳ございませんでした」
夕食時、ワインを注ぎながらアンソニーさんが私とヴォルフ様に頭を下げた。
今日もオールバッグが決まっていてダンディーだ。
「アンソニーも一応止めたのだろう?」
ワインを飲みながら横目でヴォルフ様に見られたアンソニーさんは畏まって頭を下げる。
「はい。しかし無理やり部屋に入られまして」
「仕方ないことだ。無理やり体を触って止めたら暴力だ、婦女暴行だと言われアンソニーが犯罪者になる恐れがあるからな」
何と!恐ろしい。
しかし権力を持っているジュリアならやりかねない。
「申し訳ございません」
また頭を下げるアンソニーさんにヴォルフ様は気にするなと言った。
「またあの女が来たら俺を呼びに走ればいい」
「畏まりました」
「クレアもすぐに俺を呼ぶんだ。いいな」
青に近い灰色の瞳にじっと見られて私は頷いた。
夕食後、リビングルームのソファーに座るヴォルフ様。
に、抱えられるようにしてヴォルフ様の上に座る私。
私のお腹に片手をまわして、器用に右手でワインを飲んでいる。
あまりの恥ずかしい状況に頭がパンクしそうになる私とは対照的にヴォルフ様は上機嫌だ。
「明日、町へ行ってクレアの冬服を買いに行こう」
「う、嬉しいです」
首元にヴォルフ様の吐息を感じながら私はやっとのことで言う。
「リリアンヌが言っていたが王都と同じぐらいのセンスのいい店が多いらしい」
「リリアンヌさんが言うなら安心ですね」
可愛らしいリリアンヌさんはいつも似合っている洋服を着ている。
田舎に住んでいる私とは大違いだ。
ふと、今日会ったジュリアのドレスを思い出した。
お姉さんぽい雰囲気のドレスは深い青い色だった。
「ジュリアさんのドレスの色はヴォルフ様の髪の毛と瞳の色だったんですね!」
「は?」
私のひらめきに、ヴォルフ様は心底嫌そうな顔をしている。
「だって、ヴォルフ様の紙の色は深い青に近い灰色ですし。どっちかというと青に近いですかね」
体は固定されているので、顔だけをヴォルフ様に向けて髪の毛と瞳の色を確認する。
やっぱり、ジュリアが来ていたドレスの色と似ている。
「最悪だな。視線に入れるのも嫌なので見ないようにしていたが、思い返せばあの女は青いドレスしか着ていない気がする」
「よっぽどヴォルフ様が好きなのですねぇ」
しみじみ言う私に、ヴォルフ様は顔をしかめている。
「あの女の姿を見るのも嫌だな。生理的に受け付けん」
愛する人にそこまで言われたら私だったら立ち直れない。
それでもヴォルフ様に近づいてくるジュリアは逆に凄いと感心してしまう。
彼女の根性は認めるが、私もできれば彼女の姿を見たくないと思った。
「俺の髪の毛と同じ色の洋服着るクレアは魅力的だが、あの女と一緒だと思うと気味が悪いから、青い色の洋服を買うのはよそう」
「よっぽど苦手なんですね。綺麗な人なのに」
「顔の作りはどうでもいいが、声色も何もかも受け付けない女であることは確かだな」
私はヴォルフ様に気に入られて良かったとほっと息を吐く。
ヴォルフ様に嫌われたくないと思うほど、彼のことが好きになっている自分に気づいた。