4 リリアンヌさんとお茶をしました
屋敷に戻ると、コーディさんとリリアンヌさんが優雅にお茶をしていた。
紅茶と、サンドウィッチとケーキが並んでいる。
二人は机を挟んで向かい合ってほほ笑み合っている。
「人の家で優雅にお茶を飲むな」
私を抱きかかえながら部屋に入ってきたヴォルフ様を見てリリアンヌさんが両目を輝かせた。
「あらぁ~?仲が良くなったのかしら?」
「結婚の申し込みをして、本人から了承を得た」
偉そう言うヴォルフ様に、リリアンヌさんとコーディさんがお互い手を取り合って喜んでいる。
「よかったぁ!」
「狼が嫌いだって言ってたからぁ、絶望的かと思っていたわぁ」
喜んでいる二人を見て、私も嬉しくなってきた。
「じゃ、お祝いにお茶でも飲みましょ」
リリアンヌさんが椅子をすすめてくれるがヴォルフ様はギロリと睨みつけた。
「お茶をしている暇などあるか。コーディ、さっさと仕事をしろ」
「はいはい」
コーディさんは仕方なくという感じで立ち上がりリリアンヌさんと手を握り合った。
「ヴォルフが怖いから仕事に行ってくるね。マイハニー」
「頑張ってね。ダーリン」
投げキッスをするリリアンヌさんにコーディさんも投げキッスで返す。
呆れて見ていたヴォルフ様はコーディさんを連れて部屋を出て行った。
二人のやり取りを呆気にとられて見ていた私にリリアンヌさんは椅子を勧めてくれる。
「ラブラブですね」
座りながら私が言うと、リリアンヌさんは頷いた。
「そうねぇ、結婚して10年経つけれどラブラブよね。ほらぁ、コーディも狼一族の一員だから。私だけを愛してくれるのよ」
「狼一族ってなんですか?ヴォルフ様は少しだけその血が強いって言ってましたけど」
私が聞くと、リリアンヌさんは一瞬動きを止めてからにっこりと笑った。
「んー。ご先祖様に、狼が居たらしくて、その血がすこーしだけ入っているらしいのよ。その血のおかげで狼を使役したり、ちょーっと匂いに敏感だったり、野性的だったりするけど怖くないわよ」
「はぁ」
説明されても理解が追い付かない。
そもそも人間と獣の血が混じることがあるのだろうか。
「わかるわぁ、狼の血がどうやって入るのと思うわよね。でもね、存在するのよ!そういう人達が。コーディもヴォルフ様も、その周りを固めている人たちも狼一族なのよ。だから受け入れるしかないわね。でも大丈夫よ!危険は無いから安心して頂戴」
「本当ですか?」
先ほど見た狼を思い出して体が震えるが、危険は無いと言うリリアンヌさんの言葉を信じよう。
「裏庭に居た狼たちが逃げ出すこともないんですか?」
涎を垂らしている狼を思い出して震えている私にリリアンヌさんは首を振る。
「無いわよ!あの狼は絶対に外に出ないから!」
新しく運ばれてきた紅茶を飲み一息つく。
まだ午前中だが、沢山のことが起こりすぎて少し疲れた。
「ところで、狼苦手だし、ちょっと怖いじゃないヴォルフ様そんな人と結婚なんて大丈夫かしら」
「怖い?ですか?」
まだヴォルフ様のことは良く知らないが怖いなど思ったことがない。
むしろ優しくしてくれて、私を愛おしそうに見てくれるあの瞳が嬉しいと思ってしまう。
少し顔が赤くなっている私を見て、リリアンヌさんは微笑んで頷いている。
「怖くないのね。なら大丈夫よ。クレアちゃん以外には冷たいし非道だけど気にしないでね。ヴォルフ様は美しい顔をしているからいろいろあるわよね。あ、私はコーディ一筋だからね」
念を押すように言うリリアンヌさんに私は頷く。
「本当に美しい顔をしていますね」
うっとりとして言う私にリリアンヌさんは嬉しそうだ。
「よかった、顔だけでも気に入ってて。まぁ、狼の血からは逃げられないんですけどね」
後半は小さな声で言うリリアンヌさんの言葉が気になったが、狼の血というのが良くわからない。
リリアンヌさんに詳しく聞こうとするがそのうち解るわよと言われてそれ以上話してくれなかった。
リリアンヌさんとおいしいケーキを頂きながら、流行りのドレスの店やおいしいお菓子の店などを教えてもらい、今度一緒に行こうと約束をした。
リリアンヌさんが自宅に帰った後、用意された部屋で荷物の整理をする。
持って来た物はかなり少ない。
必要なものは用意してくれるからとのことだったので、安いドレスやワンピースなど持っていくのは逆に失礼なのではないかと鞄一つでここに来た。
少し心配だったが、クローゼットには数枚の洋服が入っていた。
靴と下着も何足かあり、リリアンヌさんがそろえてくれたとのことだった。
「どれも高そうなのよねぇー」
下着もいろいろあったが、リリアンヌさんが気を利かせてか、セクシーなものもありこれは一生着る事はないとクローゼットの奥へとしまった。
部屋の窓を開けると、森の香りとともに冷たい風が入ってくる。
もうすぐ冬が訪れようとしているが、山に近いこの地では私が思うより早く冬が早く訪れるのかもしれない。
本格的な冬が来る前に、冬用の服を買わないといけないと思いながら窓を閉めた。
夕方になると、ヴォルフ様が帰宅をするというので出迎えるべく玄関ホールへと向かった。
いつもは執事頭が一人だけで迎えるということで、今日は私も参加する。
「お帰りの時間っていつも同じですか?」
執事頭のアンソニーさんは黒い髪の毛をオールバックにして口元に髭が少し生えているダンディーな方だ。
黒いスーツを着こなし執事スタイルだ。
「事件などがなければお帰りはいつもこの時間ですよ。クレア様」
真面目に頭を下げて答えてくれるアンソニーさんに私は頷いた。
そこへちょうど、ヴォルフ様が帰宅した。
出迎える私を見ると、微笑んだ。
「愛しい人が出迎えてくれると嬉しいものだな」
そう言って、私を抱きしめて頭に口付けをする。
「ひえぇぇ」
甘い行動に悲鳴を上げる私に、ヴォルフ様は困ったように私を見下ろした。
「嫌だったか?」
「い、いえ、慣れていなくて。嫌じゃないです」
恥ずかしさのあまり消えるような小さな声で言ったにもかかわらず、ヴォルフ様は私を強く抱きしめる。
「それは良かった。これからは毎日こうしよう」
ヴォルフ様の胸に顔をうずめて、花のいい香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
「ヴォルフ様はどういったお仕事されているのですか?」
夕食を採りながらヴォルフ様に質問をする。
軍服を着ていていたり、狼を使うという事でだいたいの想像はつくが、具体的に何をしているのだろうか。
「ほとんど書類整理だな」
「えぇぇ。悪い人と戦ったりしないんですか?」
驚く私にヴォルフ様は声を上げて笑った。
そのお顔も美しいと食事の手を止めて見入ってしまう。
「悪い人とはなんだ?隣国との国境沿いなので常に警戒はしているが、その他だと町での事件で駆り出されるぐらいだな。あとは行方不明の人物の捜索や犯人の捜索かな。狼を使って行うが・・・」
いつも腰に差している剣はそうそう活躍しないらしい。
「ほとんどは書類整理と訓練をして過ごすことが多い」
「そうなんですね」
そんなに危険な仕事ではないようで、私も一安心だ。
「クレア。今日はどのように過ごしたのだ?」
凄く優しい声色で聞いてくるヴォルフ様に胸の奥がキュンとする。
これが恋なのね。
「今日は部屋の整理をしていました。洋服など揃えてくださり、ありがとうございました」
私がお礼を言うと、ヴォルフ様は頷く。
「ほとんどリリアンヌに頼んだのだが気に入ったようで良かった。最低限の物なので今度一緒に買いに行こう」
「は、はい」
ヴォルフ様と買い物など嬉しすぎる。
これなら狼など気にせず安心して過ごせそうだ。
ホッとした私はヴォルフ様とお話をしながら夕食を食べた。