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3 狼と会いました

翌朝、母と弟は仕事の関係で来られなかった父が心配だと言う理由で朝一番で帰っていった。

母からは、我儘は言わないのよと言われ弟からは辛かったら帰ってきてもいいよと言われた。

ヘンリーだけは味方だ。

仲が悪かったわけでもないが、良くもなかった弟が以外と優しいことに気づきさっそく離れるのが寂しくなったが、涙を呑んで馬車を見送った。



「家族と離れて寂しくなるだろう」


母と弟が乗った馬車は見えなくなり、名残惜しく道を見ているとヴォルフ様が私の肩を抱いて自分に引き寄せた。

まるで恋人同士の様な仕草に慣れず私が真っ赤になって固まってしまうと慌てて肩に置いた手を少し離した。


「す、すまない」


「こういう事に慣れていないので、恥ずかしくて」


顔を赤くして言う私にヴォルフ様は微笑んで私を見た。

神々しい微笑みが眩しい。

優しく接してくれるヴォルフ様、尊いと目を細めている私と微笑むヴォルフ様に後ろから咳払いが聞こえた。


「今日は、狼を見に行くんじゃないの?」


黒い軍服を着たコーディさんが言った。

ヴォルフ様は頷いて私に手を差し伸べる。


「少しだけだ。俺がついているから大丈夫だ」


本当は断りたいけれど、ここに嫁ぐためには仕方ない。

私は頷いてヴォルフ様の大きな手を握った。


「頑張ります」


私がそう言うと、また優しく微笑まれてぐっと手を握られた。


「ありがとう」


微笑んでお礼を言われただけで私の心臓が破裂しそうだ。

ヴォルフ様のお嫁様になるためには狼嫌いを克服しないといけないと決心して歩き出す。


大きな館は町から外れて山の中にある。

お屋敷の玄関から回って裏へと周る。

うっそうと茂る木々の間、薄暗い道をヴォルフ様に手を握られて歩く。

コーディさんは二人で行ってきなといってどこかに行ってしまったため二人きりだ。

隣には逞しい体のヴォルフ様が居るからもし狼が襲ってきても大丈夫と何度も心で唱えていると、小屋よりも立派な建物が見えた。


建物からは、獣の唸り声と爪を研ぐ音が聞こえる。

固まって動けなくなる私に苦笑してヴォルフ様が私の両手を握って顔を覗き込んできた。


「狼が恐ろしいかもしれないが俺もついている。決して、襲うことなど無いから一度だけ見てほしい」


あまりにも美しい顔が近くにあり、ドキドキしながら青に近い灰色の瞳を見つめて私は頷いた。

ヴォルフ様はほっとしたように息を吐いて私の手を放し、代わりに私の肩を抱いて歩き出した。


「狼が20匹ほどいるが檻から出る事はないので安心してほしい」



「20匹も居るんですか!」


驚いて立ち止まる私をほとんど抱きかかえるようにしてヴォルフ様は狼が居るという建物に入っていく。

中は薄暗く、長い檻が見えた。

狼たちは私たちが入ってきた気配を察してか唸り声を上げたり爪を立てて檻を引っかいたりする音が聞こえる。

獣臭い匂いと、狼の気配に完全に歩けなくなってしまった私をヴォルフ様は申し訳なさそうに半ば抱きかかえながら奥へと入っていった。

檻の中が良く見える位置で立ち止まると、ヴォルフ様は私の体を抱くように手をまわしてくる。


「お、狼・・・」


涎を垂らしながら唸る狼たちが降りの中で動いている。

その狼たちを見ただけで足が震えて動けなくなってしまう。


「よく見てほしいのはこの狼の毛の色だ。茶色く短い。そして理性がないだろう」


ヴォルフ様が説明をするが、狼の違いなど分かるはずもなく薄っすらと目を開いて狼を見た。

確かに茶色く、理性がないような気がするが獣などどれも同じだろう。

それなのに、まだヴォルフ様は説明を続ける。


「もう一種類狼が居るのだが」


「えぇぇぇ!まだ居るんですかぁ」


涙目になった私に、ヴォルフ様は申し訳なさそうに頷いた。


「もう一種類は、毛が深い灰色か青に近く長い。尾の毛も長く耳も長い、その狼はクレアに危害を加えることは無いから安心してほしい」


いやいや、安心できるはずがないでしょう!と怒鳴りたかったが愛しのヴォルフ様にそんなことができるはずもなく私は頷いた。


「その狼はどこに居るんですか?」


「ここには居ないが、もし現れたら怖がらないでほしい。ここに居る狼は野生的だから近づくな。それを伝えたかった」


「は、はい」


この狼はもう、脳に焼き付けたので早くここから出たいと目で訴えるとヴォルフ様は頷いて私の手を引いてくれる。


「す、すいません。怖くて足が動かないです」


恐怖で足が動かない私に、ヴォルフ様は微笑んで私を抱き上げて歩き出した。

突然のお姫様のように抱き上げられて固まってしまっている私にお構いなしに狼小屋から外へ出た。

やっと獣の匂いがしなくなり、息を吐く。

新鮮な森の空気をいっぱい吸い込んでホッとしている私の顔をヴォルフ様に見られてまた固まってしまう。

美しい顔にじっと見られて、なおかつ抱き上げられている状況に急に恥ずかしくなりモジモジしているとヴォルフ様は目元を和らげて私をそっと降ろした。


「クレア聞いてほしい」


畏まって言うヴォルフ様に私は頷く。


「はい、なんでしょうか」


「クレアが狼にトラウマがあることは知っている。だが、それを知っていても俺はクレアを嫁にしたかった」


ヴォルフ様は私の両手を握って、顔を覗き込んで目を合わせてくる。


「俺に狼の血が混じっていることは昨日聞いて知っているとは思うが、俺は狼の血が少し強い。クレアは嫌かもしれないが、その血の影響で偶然会ったクレアに俺は惹かれた」


突然の告白に私はコクコクとバカみたいに頷いた。

美人でもない私のどこがいいのかさっぱりわからないが、狼の血のおかげでヴォルフ様は私を好いてくれているようだ。

嬉しいが複雑な気分。


「どこかでお会いしましたか?」


こんな美しい男の人、どこかで会ったら絶対に気が付くはずなのに全く覚えがない。

首をかしげる私に、ヴォルフ様はスッと視線を外した。


「かなり昔の話だ、覚えてなくても仕方ない。狼の血は一途に一人の女性に惹かれ、一生愛しぬく性質を持っている」


「はぁ」


間の抜けた私の返事にも動じず、ヴォルフ様は跪いて私の右手を取った。


「俺も、クレアだけを愛すことを誓う。クレア以外は愛することができないのだ。どうか俺と結婚をして、生涯を共に生きてほしい」


ヴォルフ様が私の顔を見つめて、結婚の申し込みをしている。


ヴォルフ様からウチに結婚打診があり、その後すぐに正式に書類では婚約を交わしているが、わざわざ私に跪いて結婚の申し込みをしている!

ありえない状況にボーっとヴォルフ様を見ていると不安そうに私を見つめる灰色の瞳と目が合った。


「クレア?答えてくれないか」


不安そうな声。

この人は本当に私と結婚がしたいのだと伝わってきて私は真っ赤になりながらも何度も頷いてしまった。

一目見た時から私もヴォルフ様に恋をしたのだ、そしてこの強烈な結婚の申し込みを断るはずもない。


「は、はい。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」


私が返事をするとヴォルフ様は本当に嬉しそうに微笑んで、愛おしそうに私を見た。

勘違いではなく、私のことが愛おしいという瞳で私を見ているのだ。

狼の血がそうさせているのだから間違いない。


私の何がいいのかさっぱりわからないが、大嫌いだった狼に少しだけ感謝した。

ヴォルフ様は、私の右手に口付けを落とすと立ち上がって、私を抱きしめた。

ヴォルフ様の胸に私も抱き着くと花の様ないい匂いがした。

とても落ち着く良い匂いを胸いっぱい吸い込んだ。


「ありがとう。生涯大切にし、一生守り抜くと誓おう」


私の目を見つめて微笑んでいるヴォルフ様から目が離せない。

どんどん近くなる灰色の瞳に気を取られているうちに、唇が重なった。

重なったのは一瞬で、すぐに離れていくヴォルフ様の唇。

驚いている私に、ヴォルフ様は照れ臭そうに笑っている。


「すまない」


ちっともすまないと思っていなさそうなヴォルフ様に私は微笑んだ。


「いいえ、その、う、嬉しかったです」


真っ赤になって言うと、ヴォルフ様は微笑んだ。

微笑んだのだが、今一瞬狼のしっぽのようなものが見えて悲鳴を上げてヴォルフ様の胸に抱き着いた。


「お、狼のしっぽが!狼が逃げ出したんじゃないですか?」


辺りを見回すが、狼の姿は見えない。


「いや、大丈夫だ。何も居ない。狼を見たストレスで幻でも見たのではないか?すまなかったな」


ヴォルフ様が優しく私を抱きしめながら言う。

何度も周りを見るが確かに狼の姿は見えないのでヴォルフ様の言う通り幻だったのだろうか。

それにしてはリアルだった、檻の中に居た狼は茶色く汚い感じだったが一瞬だけ見えた狼のしっぽは深い青色に近い灰色だった。

未だ震えている私を抱えてヴォルフ様は歩き出した。


「さぁ、屋敷に戻ろう」



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