28 宿屋
数日後、私たちは馬車で移動をしていた。
目的はドロシーを見つけて捕まえることだ。
ヴォルフ様が用意する馬車は一般的に言ったら大きなものだが、密閉された空間で大きな狼と一緒に乗るのを拒否して、今回もリリアンヌさんと同乗している。
「それが、ヴォルフ様の家に伝わる指輪?」
リリアンヌさんが私の左手の中指を見ながら言った。
「そうです」
良く見えるように左手をリリアンヌさんの顔の前に持っていく。
「綺麗な石ねぇ。奥に狼の彫りがしてあるのね。素敵」
「私はこの狼が嫌なんです。リアルですよね」
「そうねぇ、ヴォルフ様の家に伝わるぐらいだからご先祖の狼をモデルにしているのね。ヴォルフ様とそっくりだもの」
「そう言われればそうですねぇ」
狼が怖いのでじっくり見てはいなかったが、こうして指輪の奥の彫りを見ると狼のヴォルフ様に似ている。
馬車から外を見ると、栄えていた町からは遠くなり見えるのは雪が積もった山の景色。
どんどん都会から離れて私の生まれ故郷のようなさびれた景色になっていく。
馬車は休憩をはさみながら雪をかき分けて進み、夕方に進行を止めた。
街というよりは村と呼んだ方がふさわしい寂れ具合にリリアンヌさんは小さくため息を付いている。
今日泊まる予定の宿を見上げてまたため息を付いた。
以前泊ったお城が素晴らしすぎたせいで、落胆するのは理解できる。
「この村で今日泊まるのねぇ」
「私の実家とよく似ています。大丈夫ですよ、清潔そうですし」
「清潔さを基準にされてもねぇ」
暗い表情のリリアンヌさんにコーディさんと狼姿のヴォルフ様が後ろから歩いてきた。
「お疲れ様。寒いから早く中に入ろう」
コーディさんに促されて私たちは宿へと入る。
小さな宿屋の入り口から入り、カウンターに居た中年の女性にコーディさんが話しかけた。
「すいません。予約していたコーディと申します。狼将軍の任務中ですので軍服で失礼します」
軍服を嫌がる人もいるらしく、コーディさんが柔らかく確認しながら言っている。
店員の女性は、宿の女将さんらしく頷いて私の横の狼ヴォルフ様を見た。
「軍服は良いんだけどさ、悪い奴らが寄り付かないからトラブルもなくなるからね。ただ、大きな犬の放し飼いは困るよ」
大きな犬と言われてヴォルフ様が一瞬牙を見せようとして口を閉じる。
「えーっと、狼です。任務中なのでいつも一緒に居ないといけないんですよ。躾は良くされているので噛んだりすることはありません」
躾という言い方にまたヴォルフ様が反応をする。
かなりお怒りだろう。
私はそっとヴォルフ様から距離を取ってリリアンヌさんの後ろに移動した。
「狼を放し飼いなんてもっと困るよ。ウチ、犬や猫と同室は構わないんだけれど犬はリードをつけてもらっているんだけれどね」
「はぁ・・・」
コーディさんが困ってヴォルフ様を横目で見ている。
「屈辱的だ」
広いとは言えない宿屋の一室に私たちは集まっていた。
部屋はベッドが二つに小さな机が一つだけだ。
ヴォルフ様は首についている黒い首輪にかなりご立腹だ。
宿屋の女将が紐を付けてくれば入れてもいいと言われ、ヴォルフ様を説得してなんとか付けた首輪だ。
首輪から伸びている紐は私以外持つことをヴォルフ様が許さなかったので私が紐をもって部屋へと入った。
廊下ですれ違った人達は、大きな狼に驚いて道を譲ってくれた。
ベッドの上でヴォルフ様は首輪をうっとうしそうに爪で引っ搔いている。
「ドロシーが居る場所までだいぶ近づいてきたよ」
ヴォルフ様の前に地図を広げて、コーディさんが嬉しそうに言った。
「早くドロシーに会って、狼から人間戻ってもらいたいよ。仕事がはかどらない。すべて僕の所に来るんだもん」
コーディさんが泣き言をいうがヴォルフ様はまだ爪で首輪を引っ掻いている。
「あの女が原因かどうかは不明だがな」
「そんなこと言わないでよ。もう、ドロシーし縋るものしかないのに」
「夕ご飯貰ってきたわよ」
リリアンヌさんが、ワゴンを押しながら部屋に入ってきた。
良い匂いにお腹が鳴ってしまう。
「はい、犬用のご飯ですって」
リリアンヌさんが面白そうにワゴンからお皿を出してヴォルフ様の前に置いた。
平らなお皿にスープの中にご飯や野菜が浸っている。
田舎の外で飼っている雑種の犬が食べていそうな餌にヴォルフ様の大きな唇が引きつった。
「・・・・・なんだこの家畜の餌は」
とうとう歯をむき出して怒るヴォルフ様にリリアンヌさんは笑ってお皿をひっこめた。
「冗談よ。女将さんは親切で犬用をくれたのよ。はい、男性二人用をちゃんと用意してもっていますからね」
机の上に、こんがり焼かれた肉とパン、そして野菜が乗ったお皿を置く。
「私たち女子は、スープとパンにしたわ。お肉苦しいでしょ」
「ありがとうございます」
一日移動をして疲労した体に肉は重い。
喜んでパンを手に取ると、ヴォルフ様がすぐ隣に座った。
「クレア、食べさせてくれ」
「・・・・」
人間の姿のヴォルフ様にフォークで食べさせたことはあるけれど、狼は嫌だ。
中身は同じ人なのだが、狼の歯が怖い。
返事に戸惑っていると、ヴォルフ様がしょんぼりと耳を伏せる。
「俺の見た目が、嫌いな狼だからか・・・。人の姿の時はたべさせてくれたのに」
たしかに狼だから嫌なのだけれど、好きな人にガッカリされるのはさすがに心が痛い。
「わかりましたよ。噛まないでくださいね」
念を押す私に、ヴォルフ様は嬉しそうだ。
伏せられていた耳を立てて、舌を出してペロリとしている。
狼っぽい。
仕方なく、肉を切り分けてヴォルフ様の口に持っていくとペロリと食べた。
「歯を見せないように食べているわー。意外とヴォルフ様も可愛いわねぇ」
スープを食べながらリリアンヌさんが言うがちっとも可愛くない。
間違えて噛まれないかと冷や冷やしながらヴォルフ様にご飯を食べさせ、私も夕ご飯を食べた。
ヴォルフ様の機嫌は良くなりもう首輪の事は気にしていないようだ。
ベッドに座って地図を眺めているヴォルフ様に私は声をかけた。
「じゃ、おやすみなさい」
「一緒に寝ないのか?」
からかうようにヴォルフ様に私は首を振る。
「人間の姿の時でも無理です」
「冗談だ。ゆっくり休め」




