21 人形
頭が痛み、目が覚めた。
ガラスがぶつかり合う音が部屋に響いているが、薄暗い部屋に目が慣れず良く見えない。
「目が覚めましたか?」
静かな声に、テーブルの上に置かれた蝋燭の向こう側にザールさんが立っているのが見えた。
口元は黒い布で覆われており、私を見つめる瞳は無機質で何を考えているのかわからず少し怖い。
地下室のような窓一つない室内はかなり暗く、埃と薬品の匂いが立ち込めている。
私は椅子に座らされており、両手は椅子に縛られていて全く動かない。
足は縛られていないので立ち上がろうとするが、足に力が入らずピクリとも動かなかった。
「立ち上がれないでしょう?足に麻酔を打ったからね。しばらく歩けないと思うよ」
ザールさんが何事も無いように恐ろしいことを言った。
麻酔などなぜ持っているのだろうか。
なぜ、ザールさんが私を攫ったのかはわからない。
「ジュリアさんの命令ですか?」
ずっと頭の片隅にいたジュリアの名を出すと、ザールさんは首を傾げた。
「ジュリア?まさか・・・。僕のコレクションに傷をつけた彼女を僕は許してないよ」
「コレクション?」
一体何の話をしているのだろうかと聞き返す私にザールさんは頷いてから後ろを振り返った。
「せっかくだから見せてあげようか。僕の大切なコレクション」
ザールさんは黒いカーテンを開けていくと、綺麗なドレスを着た女性達が目を瞑ったまま椅子に座っていた。
肌は陶器のように綺麗で、薄っすらとお化粧もしている。
生きているとも、死んでいるとも言えない彼女たちは、人形のように綺麗でピクリとも動かない。
人形にしては精工にできているが、部屋が薄暗く良く見えない。
私のように麻酔を打たれて動けなくされているのだろうか。
それともよくできた人形なのだろうか。
「僕の気に入った子たちだよ。僕のデザインした洋服を着せて飾って置いておくんだ。綺麗でしょう」
ザールさんは女性に近づいて、女性の髪の毛を整えて頬に触れた。
「特殊な薬品を注入して、腐敗しないようになっているんだよ。ほら、生きているみたいでしょ。綺麗なまま永遠に飾って置ける。不思議なことに腐らないだよ体が」
「ひっ・・・」
元人間だったと、わかり悲鳴を上げる私をザールさんは不思議そうに見ている。
「永遠に綺麗なまま居られるのに。悲鳴を上げるなんてどうして?僕は、クレアさんは白いレースのドレスが似合うと思うんだ。それを着させて飾ってあげる」
「ひぃぃぃ」
嫌ですと言いたいのだが恐怖で声が出ない。
足は動かず逃げ出すこともできない。
唯一動く手は椅子に縛られているため力任せに引っ張るが全く椅子から外れない。
ザールさんは机の上に置いていた器具の一つを手に取った。
カップの中に液体を入れて、注射器を手に取って液を吸いあげていく。
液が入った注射器を手に、私に近づいてきた。
「やめて!」
声を上げる私をザールさんはまた不思議そうに見た。
「みんな嫌がるんだよね。綺麗なまま永遠に居られるのに。それから、そのお化粧も似合わないと思うよ。お化粧はシンプルにして薄いピンクの口紅をつけて飾ってあげる」
「まだ死にたくないです!」
ヴォルフ様と結婚もしていないのに、死ねない。
必死に訴えるが、ザールさんには響かない。
「死ぬわけじゃないよ。永遠を生きるんだよ」
「意味がわかりません!」
並んでいる女性たちは、どう見ても生きてはいない。
人形にされるために殺されたのだ。
ドロシーさんが、サイコパス野郎と言っていた意味が解った。
最低のサイコパス野郎だ。
ヴォルフ様と結婚するまでは死ねないと、必死に手を動かす。
乱暴に椅子に結ばれた手を動かしていると縄が少し緩んだのを見て無理やり手を引き抜いた。
「凄い力だね」
ザールさんは関心しながら注射器片手に私に近づいてくる。
あの注射を打たれるわけにはいかないと、私は必死に椅子から落ちて床に這いつくばった。
足は全く動かないので、両手でなんとか前に進もうとするがすぐに、ザールさんに捕まってしまった。
「血管に液を入れないといけないから動かないで」
そんな液を入れさせないと必死に抵抗をして近づいてくるザールさんの注射器を持っている手を掴んだ。
「力では負けないよ。一応男だし」
両手でザールさんの注射器を持つ手を掴み打たせてなるものかとお互い押し合いになる。
私の耳に、狼の遠吠えが聞こえた気がしてあたりを見た。
「狼の声が・・・」
呟く私に、ザールさんは全く動じず私の手を掴んだ。
「何も聞こえない。狼将軍は強烈な薬品を撒いたからしばらく鼻と目が使い物にならないだろうから来ないよ」
ヴォルフ様は絶対に来てくれる。
私は信じる、だから死ぬわけにはいかないんだ。
ザールさんの手を掴み注射器を打たせてなるものかと格闘をしていると、サッと黒い影が部屋を横切った。
青に近い深い灰色は狼の尻尾が一瞬見えて私はヴォルフ様かもしれないと思う前に狼の尻尾に反応してしまう。
「狼が居るぅ!」
反射的に叫んで、狼から逃げるべくザールさんに思いっきり頭突きをした。
額は痛んだが、それどころではない。
狼が部屋に居る。
パニックになった私は、ザールさんにもう一回頭突きをして、足が動かないので両手で必死に床をはいつくばって移動した。
頭を押さえて倒れたザールさんが悶えているのが見えるが、今はどうでもいい。
狼にかみ殺されるかもしれないと、必死に床をはいつくばって逃げる。
「くそっ」
ザールさんが、私の足を掴み注射針を打とうと手を近づけてきた。
「ウーッ!」
黒い影が、うめき声をあげて私とザールさんの間に入ってきた。
私の足を掴んだザールさんの手に噛みつく。
「狼だぁぁ!」
必死に逃げる私と、腕を噛まれたザールさん、その間に居る大きな狼。
この狼はヴォルフ様だとはわかっているが、狼はやはり怖い。
ザールさんは自分の手に噛みついている狼を、注射器で刺した。
狼のヴォルフ様は小さく悲鳴を上げて、ザールさんから口を放し喉元に噛みつく。
「ひぃぃぃ。狼が人を噛んだあぁ」
幼い頃に見た、恐ろしい光景と同じ状態を近くで見て私はすでにパニックだ。
ヴォルフ様が助けに来てくれた喜びよりも狼が近くに居てなおかつ人に噛みついたのが恐ろしくて、必死に逃げる。
ザールさんは喉から血を流してフラフラと歩いた。
床にはいつくばっている私を無視して、静かに並んで座っている少女たちの方へと歩いてく。
「僕の、コレクション・・・」
呟きながらフラついて机の上の器具を床に落とした。
カップや注射器が落ちて割れる音がする。
「僕のコレクション・・・。誰にも渡さない」
床に落ちた蝋燭の火が液体に燃え移り、音を立てて火柱が上がった。
あっという間にザールさんの洋服に火が燃え移るがザールさんは気にした様子もなくフラフラと立ち上がって、動かない女性たちの間に入ると崩れ落ちた。
火柱は大きくなりザールさんが炎に包まれる。
「ざ、ザールさんが!燃えて!」
パニックになる私の後ろでヴォルフ様の声がする。
「クレア、早くここから出るぞ。煙を吸い込むな」
「ヴォルフ様ぁ!ひぃぃぃぃ」
ヴォルフ様に抱き着こうと振り返って悲鳴上げた。
狼姿のヴォルフ様がすぐ後ろに居て、狼の血の付いた牙が目の前にありひっくり返る。
足が動かないので逃げ出すこともできず四つん這いになってヴォルフ様から逃げようとする私をみて、ひどく悲しい顔をした。
狼なのに悲しい顔をしている。
「クレア・・・トラウマを見せてしまって申し訳ないとは思うが。そこまで怖がられると落ち込む」
しょんぼりした狼姿のヴォルフ様だが怖いものは怖いのだ。
炎はますます大きくなり、煙が室内に充満している。
「クレア、ここを出るぞ」
「歩けないんです。足に麻酔を打たれたみたいで」
私が説明をするとヴォルフ様は頷いて私に背中を見せてしゃがんだ。
「俺の背中に乗れ」
「無理です」
即答する私に、また狼姿のヴォルフ様は悲しい顔をする。
「狼が怖いんです!その歯もよく見ると凄い怖いです」
部屋が燃えているというのに、狼の方が恐ろしい。
狼ヴォルフ様は私に近づいて襟首を口で掴むとポンと背中に乗せた。
「ひぃぃぃ。狼の、背中こわいぃぃ」
ヴォルフ様だとわかっていても恐ろしくて悲鳴を上げる私を無視して、狼ヴォルフ様は走り出した。
「落ちないようにしっかり掴まっていろ」
「毛すらこわぃぃ」
走り出した狼の首元の毛をぎゅっと握る。
狼の髪の毛は人間の時のヴォルフ様と同じ色なのでこれはヴォルフ様と何度も目を瞑って心の中で繰り返した。
毛に顔をうずめると、ヴォルフ様と同じ花のいい香りがした。
目を瞑って動かない私に安心したのかヴォルフ様はますます走る速度を速めた。




