2 ヴォルフ様に歓迎されました
屋敷に中に入ると、数人の使用人が並んで頭を下げてくれる。
「信用できる使用人たちだ、少ない人数だがもし不便があれば言ってくれ」
ヴォルフ様がそう言ってくれるが、私の家に使用人など居ないに等しいので、数人でも不便など感じるはずもないだろうと、私は頷く。
客間に入ると、二人の男女が迎えてくれた。
「俺の部下でもあり弟分でもあるコーディとその妻のリリアンヌだ。この家を頻繁に出入りするだろうからよろしく頼む」
ヴォルフ様が紹介してくれる。
コーディさんは薄い灰色の髪の毛に灰色の瞳でニコニコと人のいい笑みを浮かべて私に頭を下げた。
「コーディです。どうぞよろしくお願いします」
「リリアンヌです。クレアちゃん、よろしくね!何か困ったことがあったら相談して頂戴ね」
コーディさんの奥さんのリリアンヌさんはかなりの美人だ。
金色の髪の毛を綺麗に結い上げ綺麗なドレスを着ていた。
「どうぞよろしくお願いします」
私が頭を下げて挨拶をするとコーディさんもリリアンヌさんも微笑んでくれた。
「部屋を案内しよう」
一通り挨拶が済んだ後、ヴォルフ様がまた私の腰に手をまわしてエスコートしてくれる。
あまりにも近い距離に、ドキドキしすぎて心臓が口から飛び出そうだ。
なぜか、後ろからぞろぞろと母と弟、コーディ夫婦がついてきている。
そっと、ヴォルフ様を見上げると灰色の瞳と目が合った。
優しく私を見つめてそっと目が細められる。
私のことが愛おしいと言っているような雰囲気に私を好きになる理由がさっぱりわからない。
会ったことなど無いと思うのに、どうして私にこんなに良くしてくれるのだろうか。
ぐるぐると考えていると私の部屋の前に着いたらしい。
「ここが、クレアの部屋だ。将来は夫婦同室になるがしばらくこの部屋で過ごしてくれ」
夫婦同室という言葉に顔が赤くなるが、ヴォルフ様は嬉しそうに微笑んでドア開けた。
部屋はかなり大きく、豪華なソファーと天蓋付きの大きなベッド色は薄ピンクにまとめられている。
「私がコーディネートしたのよ。気に入っていただけたかしら。ピンク色が好きだって聞いていたけど、大丈夫だった?」
リリアンヌさんがコーディさんに腕を絡めたまま聞いてきた。
「はい、ピンク色好きです。ありがとうございます」
私が頷くと、リリアンヌさんが安心したように息を吐いた。
「よかったわぁー。もし、こんなの嫌だって言われたらヴォルフ様に殺されるところだったわ」
「えっ?殺される?」
物騒な言葉に驚く私に、コーディさんとリリアンヌさんが慌てて手を振った。
「冗談、冗談!ヴォルフは、一見冷たそうに見えるけどクレアちゃんには優しいから!」
コーディさんが慌てて言うと、リリアンヌさんも続いて言う。
「そうそう、クレアちゃんにだけは絶対何があっても優しいから大丈夫よ」
おほほほっと笑って言うリリアンヌさんにヴォルフ様が冷たい視線を向けた。
「余計なことを言うな」
「はーい」
ちっとも反省していなリリアンヌさんの返事にヴォルフ様は諦めたように息を一つ吐いて私を見た。
「気に入ったようで良かった」
「ありがとうございます」
私がお礼を言うと、また目を細めて優しい視線を向けてくれるヴォルフ様にまた顔が赤くなってしまった。
豪華な夕食を前に母は上機嫌だ。
「まぁ、おいしそうなお料理」
「喜んでいただけたようで良かったです」
ヴォルフ様が母親に視線向けた後に、前に座る私を見て微笑んだ。
「嫌いなものがあったら言ってくれ」
「何でもおいしくいただけますので大丈夫です」
「そうか」
私の言葉にまた微笑むヴォルフ様。
お互い微笑み合っている私とヴォルフ様をヘンリーが交互に見た。
「お互い気が合いそうで良かったですね」
「ヘンリー君は心配だったのね。大丈夫よ!何があってもクレアちゃんはヴォルフ様が大切に守ってくれるから!」
夕食の席にはコーディさんとリリアンヌさんも同席している。
リリアンヌさんがヘンリーに微笑んでから隣に座っているコーディさんを見上げた。
「そう、僕達狼一族の血を引くものは伴侶の事大切にするからね」
「狼一族?!」
狼にトラウマがある私とヘンリーの声が重なった。
「あっ、狼・・・苦手なんだっけ?」
コーディさんが引きつった笑みを浮かべて私とヘンリーを見る。
ヘンリーと私は顔を見合わせて頷いた。
「ちょっとトラウマがあって、狼が苦手です。犬系もちょっと・・・」
私が言うと、コーディさんがヴォルフ様をチラリと見る。
無表情の顔は何を考えているか分からないが、ヴォルフ様はじっと私を見つめている。
「狼が苦手なことは知っている。ただ、我が一族は先祖が狼の血が入っていることもあり狼を飼育している。無理に関わることもないし、見る必要も無いので安心してほしい」
「狼を飼っているんですか!っていうか狼一族?」
私とヘンリーの声がまた重なる。
本当に狼を飼っているとは驚きだ。
「姉と弟仲がいいのね!同じこと言ったわ」
リリアンヌさんが嬉しそうに言うが、私たちはちっとも楽しくない。
私とヘンリーの顔色が悪いのをみてヴォルフ様が非常に言い行くそうに口を開いた。
「裏庭で飼っている。見るのも嫌だろうが、明日少しだけでも見てほしい」
「ひぃぃぃ」
小さく悲鳴を上げた私をヘンリーが可愛そうな目で見てきた。
「僕、行かないから。明日、帰らないといけないし」
「そんな、酷い」
私とヘンリーが小声で話していたが、ヴォルフ様がピクリと反応した。
「申し訳ない。明日一度だけ、狼を見てもらえればいい」
頭を下げてお願いするヴォルフ様に私は渋々頷いた。
「ヴォルフ様が頭を下げるなんて・・・クレアちゃんを愛しているのねぇ」
しみじみ言うリリアンヌさんに私は真っ赤になった。
こんなに美しい人が私を愛しているなんてそんなことがあるのだろうか。
上目遣いにヴォルフ様を見ると彼も赤くなった顔を片手で隠して横を向いている。
そんな初々しい私たちのやり取りを見て母がホホホと上品に笑った。
「まぁ、良かったです。娘がここで良くしていただけるようで安心しましたわ。狼を怖っていて本当に困った娘で申し訳ございません」
「とんでもない、狼を飼っているというのに苦手なことを知っていて婚約を申し込んだのですから。お受けしてくれて嬉しく思います」
ヴォルフ様の美しい笑みにさすがの母も顔を赤くした。
私が咳払いをすると気を取り直した母が私に微笑む。
「クレアもわがまま言わないでしっかりとお仕えしなさいね」
「はい。もちろんです」
狼が苦手なのは、わがままではなくトラウマです。
自分ではどうすることもできないことを言われて納得がいかないが、渋々頷く私を見て母は満足そうにうなずいた。
「姉さん可哀想」
私の気持ちを一番理解してくれる弟だけが同情してくれた。