13 衝撃
寒さで体が震え、目が覚めた。
見覚えのない吹き抜けの天井にここはどこだったかと考え、薬を盛られたことを思い出した。
動かない腕を見ると、後ろ手にされて手首を紐で固定されている。
足も同じく紐で固定されており歩くことはできないので横たわったまま周りを見た。
小さな一部屋だけの山小屋の様な雰囲気だ。
暖炉には火がついていた跡があり、薪が燃え終わり墨になってはいたがまだ少し暖かい。
ヴォルフ様を恐れていたドロシーがせめてもの優しさで暖炉に火を付けて行ってくれたのかもしれない。
窓から見える空は、暗くどんよりした雲から白い雪が舞っているのが見えた。
明るさからして、昼ぐらいだろうか。
一晩以上寝ていたらしい。
他に何か無いかと部屋を見るが、椅子一つ無く私はため息を付いた。
床は冷たく、深々と冷えてくる。
外からは、時折鳥の鳴き声がする。
雰囲気からしてかなり山の奥に居るようだ。
大声を出しても助けはこないだろうと思うが、ふと閃いた。
声を上げていれば、ヴォルフ様の狼が声を聴いて助けに来てくれるかもしれないと。
むしろ、ヴォルフ様の狼の血とやらで私の声を聴いてくれるかもしれない。
街で犯人たちを追っかけこしているのをいち早く察知したぐらいだ。
ヴォルフ様が私の匂いを嗅いで、探し出してくれるかもしれない。
そう思うと、少し元気が出てきた。
狼は大嫌いだが、狼の血には感謝をするからお願いだから見つけてほしい。
息を大きく吸い込んで声を出した。
「誰かいませんかぁ~!」
何度か大声を出すが、反応は無い。
ドロシーに妙な薬を飲まされて体力がないのか、大声を何度か出して疲れてしまいそのまま横になって天井を眺めた。
しばらくすると、外から人の足音が聞こえたので私は声を出した。
ヴォルフ様が助けに来てくれたのかもしれない。
「助けてください!誰か!」
山小屋のドアの鍵が外されてゆっくりと扉が開く。
現れた人を見て私は絶望的な気分になった。
「醜い顔ね」
縛られて横たわっている私を見て、醜悪な顔で私を見ているのはジュリアだ。
青いドレスに身を包み、青い傘を持っている。
相変わらず、ヴォルフ様を意識した色を身に着けているジュリアはまともではない。
ドアの外には先日見かけた、お付きの年老いた男が立っていた。
私を見て嬉しそうなジュリアに対して、年老いたお付きの男は顔面蒼白で少し震えている。
「ドアの外を見張っていなさい」
ジュリアはそう言ってドアを閉めた。
二人になるとジュリアは声を上げて笑う。
「面白いわぁ、あなたが冷たい床で縛られて寝ている姿が惨めすぎて面白いわぁ。あなた、いつもヴォルフ様に守れて、いい気味ね」
なぜこんなことをしたの?と、聞く気にもならない。
理由は判っている。
私が気に食わないからだ。
「何か言ったら?助けてください、ヴォルフ様の前から消えますって」
何が面白いのか、ジュリアは声を上げて笑った。
青い瞳は見開かれ、焦点が定まらず、私を見ているようで見てはいない。
「面白いわね!すごく愉快。こんなに楽しい事って人生にあったかしら」
ジュリアはポケットからチョコレートを出すと口へと入れてかみ砕いて飲み込んだ。
ドロシーが私にくれたチョコレートと同じ形をしている。
「そのチョコレート・・・」
私が呟くと、ジュリアはポケットからまたチョコを出して口に入れてかみ砕いて飲み込む。
「あら、知っているの?嫌だわ。貴女と同じもの食べているなんて。でも、いいわよ。これ、凄く楽しくなるのよ。いいチョコレートなの」
目を見開いたまま、大声で笑い始めた。
「ヴォルフ様が冷たいから、これを食べると気分が良くなるのよ。ドロシーに沢山もらったから、でも貴女にはあげないわよ」
笑いながら言って、ジュリアは手に持っていた傘を振り上げた。
「こうして、貴女を叩くこともできるの。気分がいいから」
そう言って、振り上げた傘を私の頭に振り下ろした。
頭に衝撃を受けて目を瞑る、そしてまた衝撃。
ジュリアは何度も傘で私の頭を叩き始めた。
手足を縛られて身動きが取れない私は、殴られるままだ。
声にならない悲鳴を上げると、ジュリアはまた大声で笑った。
まともではないジュリアに何を言っても無駄だと思い歯を食いしばって痛みに耐える。
遠くで狼の鳴き声が聞こえた気がして目を開けた。
傘を振り上げていたジュリアが驚いて、動きが止まる。
「何よ」
「狼の声が・・・」
掠れた声で呟くと、ジュリアはポケットからチョコレートを出してまた口に入れた。
ジュリアの唇はチョコレートで汚れているが気にならないようで、かみ砕いたチョコを音を立てて飲み込んだ。
「聞こえないわ。ヴォルフ様が助けに来たとでも言うつもり?」
私が黙っているとジュリアは鼻で笑う。
また、狼の鳴き声が聞こえた。
耳を澄ませる私に、ジュリアは傘を振り降ろした。
また来る衝撃に目を瞑ると同時に窓ガラスが割れる音が響いた。
「きゃぁぁ」
ジュリアの悲鳴に、目を開けると深い青に近い灰色の毛の狼がジュリアの腕に噛みついている。
狼の唸り声と、ジュリアの悲鳴。
ジュリアが狼に襲われている。
次は私かもしれないと、逃げ出そうとするが足と手を縛られているので動くことができない。
狼は腕から口を放し、ジュリアの横腹に噛みついた。
「痛い!痛いわぁ。放して!やめてえ」
悲鳴を上げて倒れたジュリアは頭を窓枠にぶつけてそのまま気を失ってしまった。
腕と横腹から出た血が、青いドレスを黒く染めていく。
大きな狼はジュリアから私に視線を移した。
「こ、来ないで・・・・」
息が上手く吸えない、喉が引っ掛かってかすれた声で言うが狼に言葉が通じるはずもなくゆっくりと狼が近づいてきた。
狼から距離を取りたいが、動けない私に狼は近づいて私の顔の匂いを嗅いで口を開けた。
「ひぃぃ」
噛まれると目を瞑ったが、ペロリとザラザラした舌の感覚。
薄っすら目を開くと、狼の顔がすぐ傍にあり気が遠くなる。
「か、噛まないで」
大きな狼は何度か私の顔を舐めた。
「クレア。怖がるな」
ヴォルフ様と同じ声が狼から聞こえる。
恐怖のあまり幻聴が聞こえると固まっていると、狼はまた話した。
「こんなに怪我をして、可哀想に」
ヴォルフ様と同じ声で狼は話している。
頭を叩かれて脳がおかしくなったのか、巨大な狼を目の前にして現実逃避をしているのか。
固まっている私に狼はペロペロ顔を舐めまわす。
「ま、幻?」
やっと出た私の声に狼は反応する。
「幻でも幻想でもない、俺だ。匂いでわかるだろう」
そう言われて狼の顔の匂いを嗅いだ。
花のいい匂いはヴォルフ様と同じ匂い。
「ヴォルフ!一歩遅かったか!まだ殺してないよね?」
ドアが破られて入ってきた狼が中の様子を見て叫んでいる。
人間の言葉を話している狼がもう一匹いる!
「コーディ遅い!可愛いクレアがこんな目にあった。この女殺してやる」
目の前にいる大きな狼が唸り声をあげながらジュリアを睨みつけた。
「ダメだって!ドアの前に居た爺さんはボコボコにしといたけど殺してないから」
人の言葉を話している狼は、ヴォルフ様トコーディさん?
「信じられない!」
呟いた私はそのまま意識を失った。




