僕の家族
佐々木家の長男、小太郎とその家族の物語。
必ず訪れるお別れの日。
その時、あなたは何を思うのでしょう。
「僕の名前は佐々木小太郎!佐々木家の長男です!!」
僕が思い出せる最初の記憶。あれは寒い冬の雨の日。まだ小さくて迷子になってしまった僕をお姉ちゃんが一番に見つけてくれた。そのあとお父さんとお母さんも来てくれて、だっこして家まで連れて帰ってくれた。濡れた僕の体を温かいタオルで拭いてくれた。あの時の事を僕は一生忘れない。
僕の優しいお姉ちゃん、お母さん、お父さん。
みんな大好き。
「小太郎〜。朝ご飯だよ〜」
僕を呼ぶお姉ちゃんの大きな声が家中に響く。
「真希!ご近所迷惑だから大声出さないの!!」
今度はお姉ちゃんを怒るお母さんの大きな声が家中に響きわたる。
「お母さんだってうるさいじゃん」
今まさに親子喧嘩が始まろうとしている。我が家ではおなじみの朝のやり取り。
「2人とも朝から仲良しだなぁ」
そう言って呑気に笑うのがお父さん。
「笑ってないであなたからも注意してよ!」
「全然仲良くないんですけど!!」
そう2人に言われて困ったように2人から目を逸らし、縮こまって新聞を読み始めるお父さん。
一見すると情けないように見えるけど、僕は知ってる。
2人がケンカにならないように、いつも間に入って止めている優しいお父さん。
ゆっくりとリビングに向かうと、いい匂いがリビングに充満していた。
「小太郎おはよう」
そう言ってお父さんが僕の頭を優しく撫でてくれた。
「はいコレ小太郎の分ね」
そう言ってお姉ちゃんが目の前に朝ごはんが乗ったお皿を持ってきてくれた。
僕が「ありがとう!」と声を掛けるとお姉ちゃんはニコッと笑ってくれた。
「ちゃんと残さず食べるのよ」
そう言ってお母さんも笑う。
僕がご飯を食べ始めると皆が今日の予定を話し始めた。
「わたしは今日部活のみんなとカラオケに行くから晩御飯いらないよ」
お姉ちゃんがパンにジャムを塗りながらそう言うと、お母さんはちょっと強めの口調で答える。
「いいけど8時には帰ってくるのよ」
「わかってるよ。うるさいなぁ…」
お姉ちゃんは反抗するもあまり強くは言えない様子だ。
それは以前門限を破った事があってお母さんが凄く怒ったことがあったからだ。
あの時のお母さんは本当に怖くて、流石のお姉ちゃんも泣きながら謝っていたのを覚えてる。
だけど、僕は知ってる。
あの日なかなか帰ってこないお姉ちゃんを本当に心配して、あちこちに電話したり探しに行っていた優しいお母さん。
「僕は今日会議が長引くと思うからちょっと遅くなると思う。君は?」お父さんが新聞を読みながら言った。
「わたしは午前中に小太郎を病院に連れて行って、その後17時までパート。あなた晩ご飯は何がいい?」
「ん〜、なんでもいいよ」
お父さんは新聞に夢中なのか適当に答えてしまった。
「…本当に何でもいいのね?」
冷たい口調でそう言い放ったお母さんの方に慌てて顔を向けるお父さん。
「じ、じゃあ生姜焼きで…。」
「最初からそう言ってよ。」
そう言われてしどろもどろのお父さんが話題を変える。
「小太郎の具合が良くなってるといいな」
「そうね。この前はあまり良くなってなくて、薬を続けて様子を見るしかないって言われたから…」
暗い雰囲気がリビングに充満する。
そう、僕は生まれつき体が弱い。
そのせいで最近はあまり外にも出れてないし、みんなに心配かけっぱなしだ。
そんな暗くなった空気を吹き飛ばすようにお姉ちゃんが声を上げた。
「大丈夫だよ!小太郎は強いもん。ね?小太郎!!」
お姉ちゃんのその言葉に嬉しくなった僕は大きな声で「うん」と返事した。
「そうだな。なんていったって小太郎は佐々木家の長男だからな!大丈夫だろ!」
そう自信満々に答えるお父さん。
「それいつも言うけど、なんの根拠にもなんないじゃん。本当にお父さんっていい加減なんだから。」
「そうかな?あっはっはっは。」
そう笑いながらお父さんは僕の頭をわしゃわしゃと撫でてくれた。
暗い空気がぱぁっと明るくなって、ふわぁって暖かくなるのを感じた。
僕はこんな優しい家族に恵まれて幸せ者だ。
多分、世界一幸せだと思う。
「そろそろ行くかな」
そう言ってお父さんが新聞を畳んで立ち上がった。
家を最初に出るのはいつもお父さんだ。
お母さんとお姉ちゃんはまだ朝ごはんを食べていて、席に座ったまま「いってっしゃい」と伝える。
ご飯を食べ終わった僕は玄関までついて行く。
お父さんが靴を履き、カバンを持つと僕の頭をまた撫でてくれた。
「んじゃ、行ってくるね。いい子にしてるんだぞ」
そう言ってお父さんはドアの向こうへ行ってしまった。
僕がリビングに戻るとお姉ちゃんがカバンを持って立っていた。
「じゃあ、わたしも行くね」
そう言ってお姉ちゃんも僕の頭をポンポンと撫でてくれる。
僕はまた玄関まで行ってお姉ちゃんを見送った。
リビングに戻るとお母さんがみんなの食べ終わったお皿を洗っていた。戻ってきた僕に気がついてこっちを向く。
「今日もご飯全部食べれて偉いね!」
そう言って僕に笑いかける。お母さんの笑顔は窓から差し込む光のせいかもしれないけど、凄くキラキラして見えた。
なんだか嬉しくなった僕はお母さんに近づいてそっと足にくっついた。
「もう、いつくになっても甘えん坊ね。お母さん洗い物してるから後でね」
そう言われた僕はベッドに戻って横になった。
いつの間にか寝てしまったみたいで、お母さんの声で僕は目を覚ました。
「小太郎、出かけよっか」
そう言ってお母さんは僕の頭を撫でてくれた。
久々に外に出れる事に嬉しくなった僕は飛び起きた。
すでに出かける準備は万端ですぐにお母さんと玄関に向かう。
ドアを開けると外の冷気が部屋に入り込んできた。
空気は乾燥していて、外の木々の葉は黄色くなり殆どが地面に落ちている。
もう冬がすぐそこまで来ているのを僕は全身で感じていた。
今日はどこに行くのだろう?公園だったら嬉しいな!!
そんなことを考えて家を出ると、家のすぐ隣の駐車場でお母さんが立ち止まる。車の後部座席のドアを開けて荷物を置こうと上半身を車の中に入れるお母さんの姿を見て、行き先が公園ではないことが分かった。
そっか、今日は病院に行く日なんだ。
荷物を置き終わり後部座席のドアを閉めてこちらを向いたお母さんがちょっとだけ悲しそうな顔をする。
「病院嫌だろうけど、我慢してね」
そう言ってお母さんは僕を抱き上げて、助手席に乗せてくれた。お母さんもすぐに運転席に座り僕達は出発した。
久々に見た外の景色に僕はワクワクしていた。
でも、家から病院までは大した距離じゃないのであっいう間にその楽しい時間は終わってしまった。
車から降りて病院に入ると病院特有の変な臭いがした。
お母さんが病院の人と挨拶を交す。僕はその隣で病院内を見渡していた。病院には子供からお年寄りまでいろんな患者さんがいて、みんなの隣には誰かしらが連れ添ってくれている。
それは多分家族なんだともう。
お母さんが病院の受付を済ませ、僕に声をかけた。
「今日は検査だけだからすぐ終わるからね」
そう言ってお母さんは僕を連れて待合室の椅子に座った。席についてからすぐに僕の名前が呼ばれる。
「佐々木さ〜ん、佐々木小太郎く〜ん。診察室までどうぞ」
お母さんは席を立ち、すぐ目の前の診察室のドアに手を掛ける。
扉を開けたお母さんと並んで僕も中に入る。部屋に入ると病院特有の臭いが更に強くなった。
何をされてるのかよく分からないけど、先生は僕の体を優しく触ってくれる。それはスゴく気持ちいいけどたまにチクッと何かを刺される日がある。どうやら今日はチクッとはされないみたいで安心した。
ほっとしている僕の目の前で先生とお母さんが話しをしている。
「先生、小太郎はどうなんでしょう?」
お母さんが心配そうな顔で問いかける。
先生は光るカベに貼ってある白と黒の絵を指さしながら話し始めた。
先生が言ってることは僕にはちんぷんかんぷんだったけど、お母さんの顔を見て僕の体が良くなってないのは分かった。
先生の話しが終わって僕と一緒に部屋を出たお母さんは悲しそうな顔をしていた。お母さんに悲しい思いをさせまいと僕はお母さんにすり寄った。
お母さんは僕の頭を撫でて笑いかけてくれた。
「大丈夫よね。小太郎は強いもんね」
そうだよお母さん、僕は大丈夫!だって佐々木家の長男だもん!
病院の中では大きな声を出せなかった僕は心の中でそう思った。
家に帰るとお母さんは僕に留守番を任せ買い物に出かけた。
ちょっと外に出ただけなのに疲れてしまった僕は、自分のベットに戻りいつのまにかまた眠っていた。
最近は横になるとすぐに眠ってしまうことが多い気がする。
そんな僕を起こしてくれたのは美味しそうな匂いだった。それは僕の鼻を優しく通り抜ける。
その匂いの正体を知っている僕は飛び起きて台所に向かった。
台所に入るとお母さんが晩御飯の支度をしていた。料理に夢中のお母さんは僕に気づいてない。僕はすぐにお母さんのそばまで行きたかったけど、その気持ちを抑えた。そしてお母さんの目が届くところに座った。まえに不意に近づいて驚かせてしまったことがあって、そのときに料理中に不意に近づいてはいけないと注意されたからだ。
お母さんが僕に気づくまでそんなに時間は掛からなかった。
「あら起きたの。もう少ししたらご飯だからちょっと待っててね」
そう言ってお母さんが微笑んで料理を続ける。
やることのない僕は座ったまま、部屋の中を見渡す。
お父さんとお姉ちゃんはまだ帰ってきてないみたいだ。
早く帰ってこないかな、そう思っていると玄関のドアの鍵がガャチャリと開く音が聞こえた。
「ただいま〜」
お父さんだ!たまらず僕は玄関へと駆け出す。
そして大きな声で「おかえり!!」と言った。
「今日もいい子にしてたか?」
そう言ってお父さんは僕の頭を撫でてくれる。これはお父さんと僕のお約束のやりとりだ。
「おかえりなさい。思ったより早かったのね」
「ああ、会議が予定より早く終わってね」
上着とカバンを壁にかけながらお父さんが答える。
「こんなに早く帰ってくると思ってなかったら、まだお風呂沸かしてないのよ。ご飯ならすぐに用意できるけどどうする?」
「じゃあ、先にご飯にしようかな」
そう言ってお父さんはネクタイを外して洗面所に手を洗いに行く。
僕もついて行こうとしたけど、洗面所のドアを閉められてしまった。洗面所からすぐに出てきたお父さんと一緒にリビングに戻る。するとお母さんがお父さんの大好きな金色に泡立つ飲み物をテーブルに持ってきた。お母さんにありがとうと言ってお父さんがそれをコップに注ぎいっきに飲み干す。
「かぁ〜、美味い!!」
お父さんのお約束のセリフだ。空っぽになったコップをテーブル置いて一息ついてからお父さんが話し出した。
「病院どうだった?」
その言葉に料理をしていたお母さんの手が止まった。
「心臓がまた肥大してるみたい」
そう言ってまた手を動かし始める。
それを聞いてお父さんはテーブルに視線を落とした。
「そうか…。」
しばしの沈黙が続き、またお父さんが話し出した。
「小太郎が家に来てもう5年か。早いなぁ」
そう言って僕の方をみる。
「早いわねぇ」
お母さんもそう言って僕の方を見る。
僕はどっちの顔を見ればいいのか分からなくてお父さんとお母さんをキョロキョロと見ていた。
「あの日、夜遅くに真希がビショ濡れの小太郎を連れてきたときはビックリしたなぁ」
「そうねぇ。まぁ私は犬嫌いだったあなたが連れて帰ることをOKしたことの方がビックリだったけどね」
「苦手だっただけで別に嫌いってわけじゃないよ。それに、真希が小太郎を助けたいって必死だったからね…」
そう言ってお父さんは隣にいる僕の頭を撫でた。
その姿を見たお母さんが優しく笑ってまた料理に戻る。
「最初病院に連れてった時に長くは生きられないって言われてからもう5年だもんね。お医者さんも驚いてたわ」
それを聞いてお父さんが珍しく真剣な顔をした。
「君が小太郎の食事にも気を配ってくれてるし、よく見てくれてるからね。いつもありがとう」
それを聞いてお母さんが驚いた顔をして振り向いた。
「気持ち悪いわね。どうしたの急に?」
「気持ち悪いってことはないだろ?人が日頃の感謝の気持ちを伝えてるのに…」
悲しそうに言うお父さん。
「雪でも降るんじゃないかしら」
「そこまで言わなくてもいいじゃないか…」
お父さんは背中を丸くしながら金色の飲み物を一口飲んだ。そんなお父さんを尻目にお母さんがお皿の上に僕のご飯をよそって出してくれた。お父さんは気づいてなかったけど僕がお母さんの顔を見ると嬉しそうに微笑んでいた。ナイスお父さん!!そう思いながら僕はご飯にかぶりついた。お母さんの手作りご飯はいつも暖かくて美味しい。僕が残さず食べられるのはそのおかげだと思う。
それかしばらくするとお姉ちゃんが帰ってきた。
「ただいま〜」
僕はリビングに入ってきたお姉ちゃんに飛びついた。
「小太郎〜。ただいま〜」
そう言って僕の両頬をワシャワシャしてくる。これはちょっとくすぐったい。
「病院はどうだったの?」
その質問の答えを聞いたお姉ちゃんはさっきのお父さんと同じで悲しい顔をした。でも、それを見たお父さんが明るく振る舞う。
「そんな顔するな。大丈夫だって!なんてったって小太郎は佐々木家の…」
お父さんがここまで言いかけた時、お姉ちゃんが元気な声を出した。
「長男だもんね!」
それを聞いたお父さんとお母さんが笑った。その2人をみてお姉ちゃんも笑う。それが嬉しくて僕も声を出して喜んだ。幸せだな。僕は世界で一番幸せだ。
あれから何回の冬を越しただろう。相変わらず僕は幸せに家族と暮らしている。でも僕はもう歩けないし、ご飯もろくに食べれなくなった。多分、僕はもうすぐ死んじゃうんだと思う。動けなくなった僕の世話をお父さんとお母さんがしてくれる。それがすごく幸せに感じる。お姉ちゃんは遠くの学校に行くために引っ越してしまって最近は会えてない。それだけが寂しい。でも、たまに帰ってきてくれたときは真っ先に僕のところに来て撫でてくれる。やっぱり僕は幸せだ。
そんなある日僕は夢を見た。懐かしくて怖い夢。真っ暗な中、夜の雨に打たれて僕だけで歩いている。寒いし、怖い。何より、寂しい。そう思った時僕は思い出した。これはあの日の夢だ。それに気づいた時僕はその場に倒れて動けなくなってしまった。あぁ、みんなに会いたいな。会いたいよ。お父さん…お母さん…お姉ちゃん。そう思いながら深い眠りにつきそうになった時、声が聞こえた。その時、体が暖かくなるのを感じた。あの時と同じだ。そう思った瞬間。僕は夢から覚めた。目を開けるとそこには大粒の涙を流すお姉ちゃんがいた。まただ、またお姉ちゃんが来てくれた。僕が助けて欲しい時いつも駆けつけてくれる優しいお姉ちゃん。
「小太郎!!大丈夫だよ!小太郎!!」
僕を抱きながら必死に僕の名前を呼ぶお姉ちゃん。目を覚ました僕に気づきて隣にいたお母さんも大きな声で僕の名前を呼んでくれた。
「小太郎!頑張って、今病院着くからね!!お父さん小太郎が目を覚ました」
それを聞いてお父さんも大きな声で僕に話しかけてくれる。
「小太郎!お父さん達がついてるからな。頑張るんだぞ!!」
どうやら車で病院に向かう途中のようだ。そうか、僕はもう…。そう思った僕は必死で声を上げた。そうしなきゃと思った。
「お父さん、お母さん、お姉ちゃん!今までありがとう!!僕を家族にしてくれて…本当にありがとう!!みんな…大好きだよ…」
僕はできる限りの声でそう伝えたけど、ちゃんと伝わったかな。
どれくらい時間が流れたのかは分からないけど、気がつくと僕はとても綺麗な場所にいた。辺りには草原が広がりキラキラ光ってて夢の世界のようなところだ。そして目の前に1匹の犬がいた。年老いていてそのおじいさんは僕の方をじっと見ていた。それに驚いたのと同時に、もう1つあることに気づいた。
「アレ?歩けるしどこも痛くない!」
僕が驚いているとおじいさんが優しい声で話しかけてきた。
「お前さん、ここがどこか分かるかい?」
「天国…とか?」
「まぁ、そんなところかな。着いてきなさい」
そう言っておじいさんが僕を先導する。おじいさんが進む先には7色に輝く大きな橋が見えた。
「ここは『虹の橋』というところなんだ。まぁ、天国の入口だね」
「そっか。やっぱり僕死んじゃったんだ…」
「そうなるねぇ」
そう言っておじいさんは虹の橋について色々教えてくれた。虹の橋のには色んな動物がいること、それぞれ自分たちの水場がありそれを覗くと現世の家族の姿を見ることが出来ること。
そして、いつか家族がここに迎えに来てくれて一緒に天国に行ける事。それを聞いて嬉しくなった僕は大きな声を上げた。
「また、家族にあえるの!?」
「あぁ、会えるよ」
僕は気持ちを抑えきれずおじいさんの周りを駆け回った。おじいさんはそんな僕を見て優しく笑った。
「そう言えばまだ君の名前を聞いてなかったね。教えてくれるかい?」
その質問に僕は元気よく答えた。
「僕の名前は佐々木小太郎!佐々木家の長男です!!」
最後まで読んで頂きありがとうございます。初の小説投稿なので至らない点があったと思います。すいません。
辞書にかいてある「家族」という言葉の定義に、いつか彼らのような関係も含まれることを願ってこの物語を書きました。人であろうと動物であろうとその命が一つの命として大切に扱われることを切に願います。この物語で何かを感じてもらえたら幸いです。