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かぐや姫の物語

「おしまいのはずだったんだがなあ」


 かぐや姫とスッパリ縁を切ったはずの俺は、弓矢を装備して、部下と一緒に姫の家の屋根に座っている。それというのも、今夜かぐや姫の元に月から迎えが来るとのことで、帝から「武力に自信がある人たち、何とか阻止して」と仰せつかったのである。運動好きの近衛中将が選ばれないはずもなく。


 しかし、この軍勢の筆頭は部下の高野たかのという近衛少将の名前にしておいた。あんな別れ方をしておいて、俺がいることを姫に知られたく無かったのだ。


「……まさか、お迎えが月からとはね」


 仕事は仕事だからちゃんとやるつもりだった。月の使者とやらも、「たいむましいん」で来るんだろうか。空から来るなら、雲にでも紛れて来るのか。

 空を見ていると、下から嬉しそうな声がした。見下ろすとジジイがホクホク顔で立っている。


「ちょっとでも空飛ぶものがあったらすぐ射殺してやってくださいよ」


 ジジイ、とんだ過激派じゃねーか。俺がドン引いている横で、少将がにこやかに返事をした。


「コウモリ一匹も逃さず殺しますよ」


 ジジイは喜んで、「ぜひそうしてください。目玉をえぐり取ってやりましょう!」と叫んだ。とんだ猟奇ジジイだ。二度と斧を持たせたくない。


「中将、今日は随分静かですね」


 少将が声をかけてくる。


「俺のことより、ちゃんと上を見ておけ。いつ敵が来るか分からんぞ」


 俺の言葉に、少将は口の端を吊り上げる。馬鹿にしてやがる。


「左様ですね。老人の戯言たわごとではなく、帝の命なのですから」


 真夜中になると、兵たちはすっかり集中力が切れていた。無理もあるまい。少将を含め部下たちの大半は、まさか天から人が来るなんて思っていなかった。この屋根の上で本当に空から人が来ることを警戒しているのは、俺一人だ。

 ちら、と姫がいるであろう家屋を横目で見る。あの女は今、何を思っているのだろう。


 そのときだった。急に空にまばゆい光が満ち、辺りが昼のように明るくなった。うとうとしていた者達も騒ぎ出す。隣の少将の顔がはっきり見えた。お前、鼻の横にホクロあったんだな。

 俺は矢を番えて光源を探した。目を細めて空を見れば、本当に人間が何人か、雲に乗ってこちらに向かってきている。ここは少将の合図があって然るべきなのに、肝心の本人は弓矢も持たずぼーっとその光景を眺めている。「おい」と声を出すが、周りの兵たちも同じで、この場で弓を構えているのは俺だけだ。


「クソッ、職務怠慢だぞ」


 どこを射たものか迷ったが、一番偉そうなやつの肩に向けて矢を放つ。矢はこちらの狙い通りに軌跡を描いた……はず、だった。

 俺の矢は敵に届く前に軌道を変え、明後日の方向へ逸れて飛んでいった。


「ああ。だめだな」


 やはり、あんな宝を作る奴らに勝てるわけがなかったのだ。俺は、構えていた手を下ろした。できることは、多分もうない。


 それから、下でわめいていたジジイが、なんと宙に浮き、「天人」たちの場所までヒューンと飛んでいった。ジジイが圧強めに説教されている風だったり、締め切られていた家の扉が全て勝手に開いたり、奥にこもっていたはずのかぐや姫が屋根の上まで飛んできたり、麿足がこの場にいたら卒倒ものの出来事がバタバタと続く。逆に笑えてきた。今は、かぐや姫がおいおい泣き続けるジジイとババアをなだめて、形見の品を渡し、別れの文を書いている。あーあ、俺はまた最後の文をもらえないのか。


 ……いや待て。別にあんな女からの文なんか要らないだろ?


 頭をよぎった自分の言葉に動揺して、弓を下に落とした。皆が手放しても握り続けていた弓を。弓が落下した音に反応して、かぐや姫がこちらを見る。俺に気がついただろうか。


「──あの、帝にもお手紙を差し上げます。そちらにいらっしゃる中将に使いをお願いします」

「えぇ?」


 予想外の指名に頓狂な声が出た。「天人」がため息をついて、俺に向かって手招きをする。すると、足が屋根から離れ、雲の方へ引き寄せられた。


「こちらの文を帝にお渡しください」 


 最後の会話にしては、ずいぶん事務的だった。別に、特段話すこともないのだが。明るいところで見てもやはり美人だったが、また、目と鼻を赤くしていた。かぐや姫は話を続ける。


「──迎えの人が持ってきた服を着ると、こちらでの記憶がリセットされます。全部忘れてしまうんです。この時代のことも、おじいさんとおばあさんのことも、石上中納言のことも……あなたのことも」

「は?」


 忘れるだと? 覚えてろって言っただろ。麿足のこと、一生引きずれよ、何言ってるんだ今になって。

 かぐや姫は文の上に歌が書かれた短冊を重ね、俺に握らせる。


「ごめんなさい……言えなくて。わたくしがここにいたことは、無かったことにしなくてはいけないんです。こちらに情が移って、私的にタイムマシーンを使わないように。そういう決まりなんです。どうか、あなたもわたくしを忘れてくださいね。でも、わたくしは──」


 かぐや姫の濡れた目が俺の目を捉えた、と思ったとき、「天人」は無断でかぐや姫に服を着せかけた。


「おい、まだ話は終わってない!」 


 服を取り払おうとした俺の手を、かぐや姫の手が跳ね除けた。俺を見下ろす目に感情は読み取れない。

 かぐや姫が背を向けると雲は天に昇り、反対に俺とジジイはゆっくり地面に降りていく。ジジイは姫の名を叫んでいる。視線を落として手元を見れば、文の上の短冊は、俺が読みやすい向きで置かれていた。



『いまはとて あまのはごろも きるおりぞ きみをあはれと おもひいでける』


──最後に天の羽衣を着る折になって、あなたをしみじみと思い出しました。



 「君」とは、帝のことだ。少なくとも、文と共に渡せば、そうだ。しかし、あんたが全てを忘れる前に思い出すのは、本当に帝なのか? 


 最後に、何を言おうとしたんだ。


 置いていかれた老夫婦は泣き叫ぶ。何もできなかった兵たちは、現実とは思えない出来事を目の当たりにして、ざわついている。そんな喧騒も、俺には全て他人事だった。もう豆粒よりも小さくなったかぐや姫を、その姿が消えるまで見つめ続ける。


「──忘れてやらない」


 あんたは確かにここにいた。麿足は、あんたに惚れて、死んだんだ。

 誰が忘れても、俺は忘れない。これは、勝手に全て忘れてしまったあんたへの復讐だ。望む通りに忘れてなんてやるもんか。


 書き残そう。このことを。


 どうせ信じられないことばかりなんだから、物語にしよう。そうだな、題は、『かぐや姫の物語』とでもしておくか。広く、みんなに読まれるものになったら理想だな。あんたが覚えてないことも、それを読めばみんなが知っている。どうだ、恥ずかしいだろう。

 きっと、俺はこれから一生あんたに縛られる。でもそれも悪くない。同じ女に狂わされた者同士、あの世で麿足と笑い合うんだからな。


 夜が暗さを取り戻す。かぐや姫がこの世にいないのなんてお構いなしに、月の野郎は、やっぱり今日も美しい。

゜+o。◈。o+゜+o。◈。o+゜+o。◈。o+゜+o。◈。o+


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゜+o。◈。o+゜+o。◈。o+゜+o。◈。o+゜+o。◈。o+


以上で完結です。

お読みいただきありがとうございました。


五人の貴公子と言われる人たちの中で、唯一死んでしまった石上麿足というひとが、これがまた若くて一番良い人そうなのです。

燕の子安貝を探す場面も、家人たちに慕われていそうな描写なんですよね。

昔からずっと彼が死んだのが気の毒で心が痛かったので、彼に報いる小説を書きたいなと思ってこの話が出来ました。


「橘正道」という人物はオリジナルキャラクターですが、かぐや姫が帰る場面に出てくる中将をモデルにしました。

ちなみに最後の場面の翁の猟奇的なセリフは『竹取物語』に本当に書いてあります。爺さん……。

他にもちょくちょく原作にある場面やセリフを使っているので、興味を持っていただいたら『竹取物語』も合わせて読んでいただけるとより楽しめるかも? と思います。

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