宝探し
それから、かぐや姫が住んでいたあたりの竹林に通うようになった。そのうち家との往復が面倒になって、うち捨てられたあばら家に寝泊まりした。牛飼童は「あんなボロ屋なら牛舎のほうがずっとマシ!」と言って夜は勝手に帰った。主人を置いていくのはどうかと思うが、朝になると牛車に食料や着替えを積んで持ってくるので、まあヨシとした。来るついでにかぐや姫のところに寄って、ジジイに最近の出来事でも聞いてこいと言ったらめちゃくちゃ嫌な顔をされた。
俺が周辺の竹がごっそり切られて放置されている場所を見つけたとき、帝の使者がかぐや姫の家を見つけたらしい。俺が竹林で地面に這いつくばっていたとき、ジジイは床に這いつくばって帝の使いに謝り倒していたらしい。俺が斧で竹を切り倒しているとき、かぐや姫は刃物を自分の首に突きつけて「帝のところに行くなら本気で死にますので」とジジイを脅迫していたらしい。あちらさんもジワジワと追い込まれているようだな。それにしても──。
見つからない。アレが無いと意味がない。
あるのか無いのかわからないものを必死で探すなんてどうかしている。けれど、なぜか「ある」と信じていた。あんな女の言うことを信じるなんて危うすぎる。それでも、あの涙を見て、信じたくなった。あの女も人間なのだと。もし騙されていても、麿足と同じなら、それも良いと思えた。アイツと一緒に何か失敗することなんてなかったから、最後に一緒に失敗するのも悪くない。
今日も今日とて、竹を切ったり地面を這いつくばったりしている俺を見て、牛飼童はため息をついた。
「そんなに毎日地面とばかり仲良くしていても、何も楽しいこともないでしょうに」
「うるさいな……お前も従者なら俺を手伝ったらどうだ」
「私は牛を引くのが仕事なんで。はあ……それにしても、せっかく竹林にいるんですから、タケノコでも掘って召し上がりませんか」
「タケノコ? 時期じゃないだろう。もう夏だぞ」
「それが、さっき道で掘り返されているのを見つけたんです。猪ですかね……」
「妙だな……季節外れのタケノコか……」
ちんぷんかんぷんだったかぐや姫の言葉をなんとか思い出してみる。そういえば、隠れるとかなんとか言っていたっけ。じゃあ、もしかして、宝は竹に隠れているとは限らないんじゃないか。
「おい、その場所に案内しろ」
「おお、今日はタケノコ汁でも作りますか」
「……食えるかはわからんがな」
牛車に乗ってその場所に行くと、ぼこぼこと穴が空いており、うち捨てられたタケノコが一つ転がっていた。拾ってみると妙に重く、猪に噛まれたであろう凹みがあった。手でぬぐい、息を吹きかけてタケノコの傷口をあらためると、奥に見えるのはタケノコの可食部ではなく、まるで鏡のような……。
「当たりか?」
上から下から、様々な角度から調べると、タケノコの根本の一部に突起のようなものが隠れているのを見つけた。試しに押し込んでみると──。
「おわっ!」
バチッ! という音と共にタケノコが眩い光を放つ。思わず目を瞑り、次に目を開けたときには、持っていたはずのタケノコは無く、代わりに、真っ黒の……小鉢のような形のモノが手に収まっていた。
「な、ななな、なんですか、今の光は!」
控えていた牛飼童が慌てて近づいてくる。鉢の底には球体の、黒い玉のようなものがくっついている。振っても叩いても、もう光ることはなかった。
「……んー……仏の御石の鉢かな」
「えええ!? じゃあ旦那、かぐや姫と結婚できちゃうんじゃ……」
俺はそのおかしなモノをぽいっと後ろに放った。牛飼童は「ぎゃー!」と素っ頓狂な声をあげて拾いに行った。
「ななななにするんですかあ! 幻の宝じゃないんですかコレ!」
「光らんから違うだろ。話によると常に光ってるって話だったし。だいたい俺が探してるのはそれじゃない。本物だとしてもただのガラクタだ」
もしかすると猪にやられて壊れたのかもしれなかったが、特に興味はなかった。俺が探しているのはただ一つ。
「探してるのは子安貝だよ。燕の子安貝」
「たいむましいん」という船は竹に、「仏の御石の鉢」はタケノコに。なら、他のモノも何か別のものになっているのか。考えられるのは、「蓬莱の玉の枝」は木の枝になっていると考えるのが無難か。「火鼠の皮衣」は……普通に布か? 「竜の首の玉」は球体の上に手を乗せると言っていたな。なら、拳大の石あたりか。
「……子安貝はなんだ。燕の子安貝は」
姫が言っていたことが頭をよぎる。「鳥が巣作りの材料として持っていってしまったかもしれない」と。ならば、落ち葉か。思い至って、顔を顰める。だとすると、とっくに足で踏み潰してしまっているかも知れない。これからこの竹林に落ちている葉を一枚一枚拾って突起があるか確かめるのはいくらなんでも非現実的だ。家中の使用人を連れてきても無理だろう。
ため息をついて、地面に仰向けに寝転がり、空を見た。ぽっかりと白い月が浮かんでいる。ああ、宝探しもここまでか──。
「チチッ」
鳥が横切る。あれは燕だろうか。いや、燕はこんなところに巣をかけない。かけるなら、人家の軒下だ。
起き上がって鳥が飛んで来た方を見ると、一本の竹の、低い位置にある枝に、小さな巣らしきものが一つ。あんな不安定なところに巣をかけるなんて、どんな不用意な鳥だ。
目を凝らしてよく見てみれば、巣はだいぶ小さい。先ほどの鳥が増築している途中のようで、ところどころ枝が飛び出している。先に他の鳥が作るのに失敗した巣を再利用しているところだろうか。
「巣」
麿足が死ぬ原因になったのも鳥の巣だった。麿足の行為は、本当に意味がなかったのだろうか。
一つの可能性を思いついて、俺は、巣をかけられた竹に駆け寄る。
「増築中なら卵はまだだろう。許せ、鳥」
勢いよく竹を揺する。ガッサガッサと揺れるけれど、少し強化された巣はなかなか落ちてこない。
「ええいクソ、しぶといやつめ。コレでどうだ!」
ガンッと思いっきり竹を蹴った。何度も何度も、ゴンガン蹴った。蹴鞠で鍛えた足をなめるなよ。
足が痺れ始めた頃、ようやく巣がボタリと落ちてきた。
荒れた息を整えながらソレを確かめると、後からくっつけたと思われる枝の中央に、小さな、そして不自然に形の整った巣らしきものがあった。枝を取り払って、中央の巣を調べる。奇しくも、ざらざらとした手触りで茶色く濁った色のそれは、麿足の家で見た燕の糞を彷彿とさせた。
「巣そのものに姿を変えているとはな」
手探りで見つけた突起を押す。巣は光り、俺の手の中には──本物の子安貝のような形の、しかし一点の濁りもなく白くてすべすべとした、美しい宝があった。