9.
グランバトによる全体授業は天使様に奴隷として飼われる存在である下等悪魔のデビルスに触れるものであった。
天使様やグランバトのように特別な許可を貰った人にしか扱えないため、デビルスは檻越しからしか触れられなかった。それは檻から出してはいけない。
それなのに私達はグランバトの居ない間にデビルスを檻から出してしまった。
そして、デビルスはどこかへと行ってしまった。
それから少し時間が経ち、グランバトとマザーが戻ってきた。
二人はこの不穏な静寂を見て焦りを見せていく。
「これはどのような状況なのでしょうか。説明頂けませんか」
私もフキも周りも顔を垂れ下げた。
誰も率先しない中、コガネだけは違った。
私達を虐げるように一部始終を説明していった。
「それはまずいですね。グランバトさん……」
「ええ、すぐに捜した方がよろしいでしょう。デビルスは小さな隙間や閉鎖された空間を好みます。捜すのは大変でしょう。ただ、総出で捜せばすぐには見つかると思いますが……」
マザーは静かに訊ねて行く。
「すぐに見つけられなくても今日中に見つけられれば大丈夫ですよね。この件は全てグランバトさんに一任されてますし」
「ええ。害はありませんので……問題もありません。ですが、よろしいでしょうか。時間が経てば経つほどより見つかりにくい場所に隠れてしまうため見つかりにくくなってしまいますが」
マザーが私を捉えた。他にもフキを捉えている。
「フキ。ナルミ。罰として今日中に悪魔デビルスを捕まえて檻へ入れること。よろしいですね」
その威圧感に圧倒された。
その圧に押されながら二人は部屋の外へと出た。
静けさが残る中で罪悪感と私は悪くないというもどかしさが体を震えさせる。その震えを隠すのが精一杯だ。
私は未だに何故突き飛ばされたのか分かっていない。
私は何か彼を突き飛ばす原因を作ったのだろうか。分からない。
「フキさん。こうなってしまったからもう捜すしかないと思うの。だから一緒に捜そう」
私が悪いとは思ってはいないから謝ることはない。だけど、完全に悪くないとは言いきれなかった。
それは向こうも同じのようで謝られることはなかった。
彼は苛立ちを放っていた。
「俺は一人で捜す。お前みたいなふざけた奴とは一緒に捜せない」
その態度に堪忍袋の緒が切れた。
手に拳を作り、そこに力が加わっていく。
「分かったよ。私も一人で捜す。アンタと一緒になんか捜せない」
「勝手にして。俺は一人で捜すから」
そのまま廊下を歩いていく。
私もまた反対方向に向かって進むことにした。どこを捜すかは決めてない。ただ怒りに任せて闇雲に、だ。
「待って……」と私が足を前に出すのと同時に声をかけられた。
そこにいたのはクルマミチだった。
黒いボサボサな長髪と瞳。真っ黒な爪が特徴的な九期生である。何をしでかしたのか彼だけは留年扱いされた。
「どうしたの? 私、はやくデビルスを見つけなきゃいけないんだけど」
「…………グランバトに一緒に捜すよう頼まれた」
そして、彼は基本無口なのが最も特徴的な部分だ。
どこかミステリアスな部分が漂っている。
私には彼の気持ちを汲み取ることはできない。
苛立ちがはやく捜すことを駆り立てていく。
「手分けして捜しましょ。私は女子の寝室から右回りで捜しにいきます」
それに対して彼は無言で頷いた。
一人で暗がりの中の寝室をくまなく捜していく。
だが、見つかるのは埃だけでデビルスは見つからない。
続く風呂場もカスリはせず。
本が幾つも置いてある図書室にいく。本の棚の横を進み、隙間を隅々と見たが、どこにもデビルスはいない。
ここにはいないのだろう。
図書室から出ようと本棚に隠れた隅っこから出ようと思った時、ふとドアのようなものを見つけた。
思わず手をかけてドアノブを横に回した。
ドアはゆっくりと動く。
私は恐る恐るそのドアを開いた。
薄汚れた電球に照らされた埃煙だらけの汚い部屋。そこは小道具室であった。掃除道具やよく使う道具は別の所にあり、施設の召使いでも滅多に使わない場所だった。私も全く来たことがない。
電球はスイッチを押さなければ光がつくことはない。前に使った人が付けっぱなしにしていて、ずっと電球がついているのかと思った。
ゆっくりとその中を進む。
「誰ですか。そこにおられるのは」フキの声。
私はフキと鉢合わせてしまった。
お互いがお互いに苛立ちを感じている。
「どうしてここにいるんだ。どこから入ってきた」
「図書室から……。逆に聞くけど、何でここにいるの?」
「扉もボロボロな場所だ。ここに入り込んでしまった可能性だってある。そこでマザーに頼んで鍵を借りて入ってきたんだ」
眼鏡の奥からは真っ直ぐな視線を飛ばしている。
コガネのように上から抑え込むようなものと違い、真っ直ぐ殴るような視線だ。
「そう言えば、ナルミはハル先輩達とともにここで一日中遊び惚けたんだよな。本当に不真面目だな」
そう言えば、ツリーハウスへ行ったことの言い訳として、小道具室で一日を過ごしたっていう嘘をついていたことを思い出した。そのことに対して彼は少し苛立ちを持っているようだ。
「不真面目じゃ執事になんかなれない。お前、本当に執事になる気はあるのか」
真剣な目をしていた。
それはきっと本心からでた言葉だろう。
私とフキの間にある謎の距離。その距離がある理由は今まで分からなかったが、今となってその理由が分かる鍵が現れたようだった。
【フキがナルミに怒りをぶつけた理由とは──?】




