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8.

 サクリは施設を出た後、半人前の天使様─チャイ─に仕える。

 使用人として、執事として、召使いとして、最悪の場合は下僕下女として仕える。ただし、仕えられないものも少なからずいる。その者らは天使の園に働きに出されると聞かれている。

 私は執事として仕えるために、特別な授業を受けることになった。

 コガネはマザーによる使用人の授業。サヤはグランドレディによる召使いの授業へと向かった。私は執事の授業へと向かう。

 部屋へと入ると一つの視線を感じた。

 眼鏡越しの(だいたい)色の瞳が()んでいる。

 彼は視線を向けたと思いきやすぐに手に持った本に視線を戻した。

 無愛想。

 それが彼に対するイメージだった。


 グランバトが遅れてやってきた。

 彼とは打って違って取っ付きやすい柔らかな表情をしている。


「こんにちは。(わたくし)はグランバトと申します。以後、()二方に執事の授業を施します。よろしくお願いします」


 丁寧さに包まれた言動。どこか穏やかなのに荘厳な雰囲気があり背筋を伸ばして姿勢正しくしないといけないと思ってしまう。

 この授業は彼と二人のみのようだ。

 橙の髪と瞳。青い淵の眼鏡。そして、淡々とした容姿。言動が真面目なはずなのに固くはない印象を受けるのは見た目が一般少年のような見た目だからだろうか。


「執事の道を進むということはそれ相応の覚悟を持ってやって貰います。ナルミ様、フキ様。これからは授業中だけではなく授業外においても学んだことを実行して頂きたい。それが嫌であれば執事になることは難しいでしょう。今なら使用人や召使いの道に変えることができますのでよく考えて下さい」


 何も無い所からハルの腕が背中を押した。

 私は狭き門なのは分かってこの道に来たのだ。例え無理だとしても諦めたくはない。


「このまま初めてしまいますがよろしいでしょうか」

「もちろん」と力強く返した。

「今日からは言葉遣いに気をつけて下さい。最低でも「もちろん」ではなく「もちろんです」と言うようにして下さい」

「はい、もちろんです」


 その時、どこからか「チッ」という舌打ちが鳴ったような気がした。

 隣の彼が立ち上がり片手を腹にくっつけゆっくりとお辞儀した。

 オレンジ色の彼からはどこか上品さが漂っている。

「もちろんでございます。グランバト様」

 丁寧に力強く。グランバトには遠く及ばないが、それなりに様になっている。

 彼の横顔はどこか凛々(りり)しく、どこか知的であった。

 授業が行われていく。

 授業事に彼は満点な成績を残していった。

 一方私は、追いつくのに必死でフキとは遠く離れていた。

 そして、フキとの距離も遠く離れていた。彼は何故か分からないが私を拒んでいた。


 日が経つにつれて、彼との距離は一行に埋まることはなく逆に離れていった。




 その日の授業はマザーによる授業のはずだった。

 コガネ、サヤ、フキ、クルマミチ、そして私と同期が全員揃って前を見ている。

 普通ならそこにマザーが来るはずだが、そこに来たのはグランバトだった。手には黒い物体の入った檻を持っている。

「本日の授業はマザーに代わりまして(わたくし)グランバトが行います。よろしくお願い致します」

 鳥(かご)のようなものに入った黒い物体は小さく(うごめ)いている。よく見るとそれは生き物のようだ。

「本日は悪魔の授業でございます。悪魔と言えど一括りにはできないのです。忌み嫌われる存在──悪魔には種類がございます。一つは危険種、天使様や人類に危害を与える存在であり、主に我々の持つ悪魔の印象(イメージ)は危険種であると言えましょう」

 顔の傷が(うず)いていく。

 忌々しい過去が思い出されていき少し辛い。

「その中でも天使様に張り合い、天災を(おこ)す存在がいずれ(7)体出ることになります。その危険すぎる七つの悪魔を(わたくし)めは"極悪(ごくあく)魔七(まな)"と呼んでいます。ですが、あなた達が呼ぶには普通にマナでよろしいでしょう」

 マナニアダナスモノ──

 耳鳴りが襲う。

 それをかき消すように無邪気な鳴き声が心の辛さを和らげた。檻の中では黒い物体が可愛らしく飛び跳ね鳴いている。

「お見苦しい限りですが……」

 突然にグランバトが上半身をさらけ出した。

 部屋の中は騒然となる。

 その裸を見ると彼の腹には右肩から左の脊髄(せきずい)まで深い傷を負っていた。それはとても深く一生治らない傷痕。そして、その傷痕は私の顔の傷痕と非常によく似ていた。違うのは傷の深さぐらいだ。

 悪魔とグランバトは面識があるのだろう。

 それはきっと何度も何度も殺しあっては生き延びた敵対同士なのだろう。

 それならばその傷痕がつくのも有り得ると頷ける。

「ナルミ様や私の傷痕はマナの一体「メフィストフェレス」にやられた傷痕でございます。忌み嫌われ無縁であるべき存在であろうとも、我々は無縁で過ごせるとは限らないのです。明日明後日(あさって)には出会ってしまうということもなくにしもあらず」

 そう、出会ってしまうということもなくはない。

 そもそも悪魔が誰かに化けていたのならば、もうとっくに出会っていることになる。それはただ私達が認識していないだけ。

 もしかしたらこの中に悪魔が紛れ込んでいる可能性だってある。

 見えない闇の手が心を握り潰そうとしていた。


「話を戻しましょう。今は危険な悪魔について触れました。今度は反対に危険ではない悪魔について紹介します。危険ではない悪魔のことを"下等(かとう)悪魔"と呼びます。この檻の中にいるのも下等悪魔の一体となりますね」


 ぽよんぽよんとした丸っこい悪魔。

 檻から出ようと体当たりするが力は弱く弱々しく当たることしかできない。


「力などが弱く凶暴性がなく能力も持たないことから天使様においてのみ奴隷(ペット)にすることができます。つまるところ、人間には奴隷(ペット)として飼うことや所持することはできませんのでご注意下さい。もちろん、(わたくし)めは授業の一環として扱うという(てい)で天使様直々に許可を頂いています」


 グランバトが檻に触れた。


「仕えた天使様が奴隷(ペット)を飼われることがあると思います。その時のために、悪魔について知らなければなりません。そこで本日は奴隷(ペット)になる下等悪魔について触れてみる機会を設けることに致しました。皆さんにはこの下等悪魔であるデビルスに触れて貰いたいと思います。ただし、檻から出すのは危険が付きまとうため格子(こうし)越しから触れて下さい」


 私達は鳥籠に近づいて悪魔に触れる。

 ぷにぷにとした柔らかさがあるが表面はほんの少しザラザラしている。常に浮いていて、押しても体が(へこ)むだけで地面にはつかない。


「一通り触れてみましたか。その感想を聞きたいと……」


 部屋をノックする音。

 マザーだった。


「すみませんが一旦席を外します。みなさんは悪魔に触れてみて思ったことをまとめていて下さい。もちろん(わたくし)がいない間に触れても構いませんが、絶対に檻から出さないで下さいね」


 グランバトはマザーを追うようにして部屋から出ていった。

 残された私達は三者三様の立場を取る。

 フキは必死にメモを取っていく。

 コガネとクルマミチは何もしずその場で時間を潰す。

 私とサヤはデビルスに触れる。


 手をデビルスの前に近づけた。

 檻の中でそれはゆっくりと手のひらに近づいてきた。「きゅぅ~」という鳴き声とともに手のひらを頭で(こす)ってきた。

 あまりの可愛さに「可愛い~」と声を漏らす。

 優しく持ち上げたいが檻から出すことはできなかったため、仕方なく鳥籠ごと持ち上げた。

 そこにいるデビルスはとても愛らしくて心が癒される。


 真面目なフキがやってきた。だが、彼はその愛らしさに気づいていないようでいまだ仏頂面だ。

 心が可愛さで満たされた私はハイテンションとなっていた。


「フキ君も触る? この子めちゃくちゃ可愛いよ」


 檻を前に出した。

 しかし、彼は何も言わず何も行動せず黙り込む。

 少し俯いているせいか前髪のせいか見えにくい表情。そこから垣間見えた表情はとても苛立ちに満ちていた。


 次の瞬間、私は強く押された。

 押し切った彼からは速く波打つ鼓動と吐息が溢れ出ている。

 私は床に倒れ手に持っていたそれは投げ飛ばされた。

 床に落ちて外される施錠。その中にいたデビルスは外に出てしまった。


 グランバトが出ていった時に完全に閉めきれていなかったドア。そのドアに軽く当たるだけでドアは開く。

 デビルスは「きゅぅ~ん」と鳴きながらあっという間に出ていった。

 私達のいる部屋は時間が止まったかのように無言に包まれた。

【どうしてフキはナルミを力いっぱい押したのか】

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