7.
目を開けばそこは白い天井が広がっている。
上半身を起こす。
私は一体誰なのか。そもそも"私"とは何なのだろうか。
何かが欠けている。そんな気がした。
親はいない。
今までの記憶はない。物心がついた時に今までの記憶は全てなくなったみたいだ。
マザーと呼ばれる大人の人に色々と教わった。
私達は親に捨てられた孤児である。
それでは記憶がないのは何故だろうか。マザーは「それは幼児期健忘といって、幼少の記憶を失うのは当然のことよ」と言った。
そうか、それか当たり前のことなのか。
それ以前の記憶のない私は、サクリの施設の記憶しか持ち合わせていない。
同じく親も記憶もない同期が三人いた。私達は何も無い病床でマザーに色々と教えて貰った。
そして、施設で生活していくことになった。
そこには五人の九期生が私達を受け入れてくれた。
今度は私達が捨てられ親がなく記憶もない孤児を受け入れる番だ。
「僕達は本当に捨てられた孤児なのかな」
静かに意味深なことを呟くコガネ。彼は眉間に皺を寄せていた。
「どうしたの?」サヤと私は静かに耳と意識を傾ける。
「十一期生の中で一人……見た顔があるんだよ。気の所為かも知れないけど、ツリーハウスの外で天使様が連れてきた子どもの一人と同じ顔だった」
サクリは髪と瞳と爪が独特な色をしている。
その特徴が記憶に留めさせていた。
「それに、何でサクリは一気に目を覚まして入居することになっているんだ」
指を顎に当てて深く考え込んでいる。
悪魔への疑心暗鬼が、また別事件の何かへの疑心暗鬼に繋がっていくみたいだ。あまり深く考えたことがなかったサクリの施設。私達にはまだ知らないことが多すぎる。
チャヤ、ワカバ、メイデン、ヒラ、オバタ。私達の後輩達だ。
五歳から八歳までの子ども達はシスターに連れられて楽しく部屋へと向かっていく。
今までシスターの授業を受けていた私達は今日からマザーの授業と各々の仕い人の授業に置き換わった。
マザーが授業を行う場所へと向かう。
未だにコガネはブツブツと口を動かしていた。
「親に捨てられたのは嘘で、実際は拐われて記憶を消されていたとか」
謎めいた鼠色が段々と薄汚れていく。
「何の話ですか」とマザーが突然後ろから現れ話しかけてきた。
私達は驚き背筋がピンと伸びた。
さっきの深追いはやめ、適当な雑談で紛らわせながら部屋へと着いた。既に同期のフキと留年したクルマミチが待っていた。
「さて、今日は天使様の慈悲深い所業がサクリを救っている話をします」
新しい部屋の下でマザーの話に耳を傾けていく。
「あなた達"サクリ"は生みの親に捨てられ途方に暮れてしまう存在でした。もしくは悪魔に親を殺されてしまった存在でした。このままでは幼児期健忘で記憶をなくし生きていく術を失い死んでいくだけ。悪魔にでも狙われてしまうかも知れない。あなた達は……悲しき孤児でした」
慈悲を顕にした表情で語っていく。それは本当のことを話している表情に見える。
「天使様はそれを憐れみ、持ち前の慈悲深さであなた達を保護することにしました。そしてできたのがここ"サクリの施設"です。悪魔に狙われてしまわないよう門を厳重にし、大切に育っていけるように施設を充実させました」
何故この話をしたのか。
コガネならすぐに分かっていたのだろうか。私は今になってようやく気づいた。
「サクリの健康に異常がないか、その診断を長い日数行います。その間に、幼児期健忘で記憶を失ったのでしょう。そして、健康とみなされたみなさんは十期生として健やかに暮らしていったのです」
コガネが呟いた施設への疑心暗鬼を払拭する。そのための話であった。この話は一年前にシスターから聞かされたが、マザーよりももっと薄い内容だった。さらに詳しい真実を知った。
授業が終わり、マザーがいなくなったことを確認するコガネ。
彼は私とサヤを呼び出した。
「僕はさ、優秀だからさ……いい間違えたよ、天才だからさ」
まさかの自慢だった。
思いもよらないことだと思ったが、コガネが言うのならば当然なことだと頷いた。
「なんなの? あんた……それだけを言いたくて呼んだの?」
「低脳馬鹿には分からないだろうね。まあ、ナルミ君の方は多少は理解してくれそうだし、サヤにもついでに教えてあげるよ」
爽やかに厭なオーラを出していく彼と、反対にもやもやと怒りのオーラを出していく彼女。
彼は彼女のオーラには気づいてない。
彼女はそのオーラに身を任すと話が進まないことを分かっているので手は出せなかったようだ。
「幼児期健忘は一瞬でパッと全ての記憶が全てなくなることじゃない。大体三歳以前の記憶が残りにくく抜け落ちやすいってことだけなんだ。大切な記憶なら残ったりするし、そもそも僕らは五歳から八歳ぐらい時に起きて、記憶を失っていただろう。その時になっていれば……大切なことは忘れているはずがないんだ」
施設に対する疑心暗鬼が段々と深まっていく。
「なんなの? どういうことよ?」
「まあ、いいよ。馬鹿には何言っても分からないだろうけど。言うよ」
「何よ……」
彼は彼女を無視して話にオチをつける。
「マザーのいう幼児期健忘は、都合がいいように解釈、違うか、改変した意味なんだよ──」
静かに怪しさが立ち上っていくのが分かる。
当然だと思っていた施設。
けど、私達以外からみたらおかしな存在であるのだろうか。
この施設は謎だらけだ。
私達は知らないことばかりだ。
【この施設の子ども達──サクリの謎が浮き上がっていく】




