5.
二人の差し伸べてくれた手は届かなかった。
私は蔓が犇めく中へと傾き落ちていく。
その時、腕を掴んだ誰かの腕。その私達よりも長く力強い腕が勢いよく引っ張ったため私は落ちることなく岩の上にたどり着くことができた。
緊張の糸が解けたのか私の足は動けなくなっていた。
私は恩人の誰かを見た。
その恩人は黒いフード付きマントに身を隠した大人であった。黒のフードからチラりと見える姿。
仄色の瞳と髪を持った女性──
彼女は私を助け終えると否やすぐさまこの場所から立ち去ってしまった。彼女の姿は森の彼方へと晦ました。
掴まれた腕の感触が残っている。
あれは大人の手だ。
私はその感触を忘れられずにいた。
不甲斐ない私はコガネとサヤの二人に支えられながらツリーハウスまでの道を進む。
「全く自力の足で歩けないのかよ」
そう言いたくなるのも分かる。私だって自分に言いたい。けれども、好きで歩けないでいる訳ではないのだ。
「そんな無駄口叩かないで。あなたが動けなくなっても助けてやりませんわよ」
深い森を抜けた先に待つ風に揺らめくツリーハウスが現れる。
ハルが駆けつけ私達はツリーハウスの上で横にさせて貰った。
ハルは私達に起きたことを聞いた。
そして、彼女もまたツリーハウスにいた時に起きた出来事を話す。
「みんなが探索に行っている間に"サクリ"の大人にあった。あの人は……色んなことを知っているみたい。ハルは悪魔について興味深いのを知れた」
風が靡く中、ハルは森の方向を見ながら頬杖をついていた。
「ナルミに傷をつけた悪魔は……人間に擬装することができるようだ。そして、その悪魔はサクリの施設で人間のフリをして過ごしている」
「それって……」
「ああ。誰かは人間のフリした悪魔っていうことだ」
さっきまでの穏やかに包み込んでくれた風が不穏な風に変わっていく気がする。
施設の中に悪魔がいる?
マザー、シスター、グランバト、グランレディ、幾名かの使用人達。
大人達ではなくて子どもに紛れ込んでいる可能性もある。
ミアイ、ゼンジ、クルマミチ、シッポウ、フキ。もしかすると、ハルやコガネ、サヤの誰かが悪魔である可能性もある?
心が疑心暗鬼になっていく。
心が狭まっていくのが分かる。
「怖いわね。悪魔って誰なの……」
「悪魔がいるって決まった訳じゃないじゃないか。その大人が嘘をついているかも知れない。そのまま鵜呑みにするとは浅はかじゃないか」
そう、本当に誰かが悪魔とは限らない。
例えそうだとしても、大切な仲間や友達を疑っている私がとても嫌になる。本当に嫌になる。
日が落ちて暗くなっていく。
まるでそれは私の心を示しているような気がした。
怒られる覚悟で施設に戻ることにした。
ツリーの中で行った打ち合わせを頭の中で思い出させる。ずっとぐるぐると回っている悪魔のことが薄れていった。
秘密の経路を見られることはなく施設の中へとたどり着いた。
少し進むとマザーに見つかった。
「どこに行ってたの?」マザーは心配そうに近づいてきた。
見慣れた電球の下。
「心配したのよ。今日は風呂でも入って寝なさい。それと四人は明日のお祈り後、私の所へ来なさいね」
私達はあまり使われない小道具室が空いていたので一日中そこへこもって遊んでいた。
そんな出鱈目なシナリオを押し通してマザーを納得させた。その後、私達はお叱りの説教を喰らった。
同期ではないハルはマザーとともに授業の部屋へと向かう。
コガネとサヤと私は三人で次の部屋へと向かう途中、小声で話し合う。
「私達の手で悪魔を見つけ出そう」
「絶対に大人達には悟られないように」
「昨日のことは四人の秘密──」
そこから無言のままで次の部屋へとたどり着いた。
部屋に入った私達に対して、シスターと同期のフキが視線を向けていった。
【人間に化けた悪魔とは一体誰なのか──】




