4.
全ては天使様のお陰──
私は天使様に全てを捧げる──
天使様が平穏を作り出した。そしてこの平穏が守られているのは天使様が悪魔から平穏を守っているお陰である。
私達は朝のお祈りを終えて自由時間を迎えた。
自由時間は少ない。だからこそ、少しでもボーっとしている時間が勿体ない。
人の目を気にしながら私は人っけの少ない影へと向かう。
ようやく裏場所へと着くとそこにはハルが待っていた。祈りの時間の前に私はハルに「一緒に秘密基地に行こう」と誘われていたのだ。秘密基地は誰にも知られてはいけない秘密の場所。だからこそ、誰にも気づかれないようにここまで来る必要があったのだ。
「さあ、秘密基地に行こっか」
私は小さな声で元気よく「はい」と伝えた。
ここから二人だけで秘密基地に…………。
「秘密基地。面白い。僕も連れていってくれないかい、悪魔の傷くん」
綺麗な黄色い髪と瞳。そして、厭み垂らしな話し方。私の同期の一人であるコガネであった。
「サヤも連れていって欲しいです」その後ろから同じく同期のサヤが顔を出した。今日もブロンドカラーの髪が麗しい。
顔から汗が出ているのが自分で分かった。
なぜ二人はここにいるのだろうか。
「お祈り中も終わった後もいつもと違っていて動きも怪しかったから着いてきたんだ。そしたら、面白い話に辿り着けた。感謝するよ。その秘密基地とやらに興味が湧いた。僕も連れていってくれよ。断ったらどうなるか分かるよね? マザーに密告すよ」
彼は少しドヤのかかった表情で脅してきた。彼ならバラすことなどやりかねない。
全ては私が悪かったのだ。私が挙動不審のせいで彼を連れてきてしまったのだ。気を緩めるとハルへの申し訳なさと私の不甲斐なさで涙が出てしまいそうだ。
「さ、サヤもナルミちゃんがいつもと違ってたことに気づいてたからね」
彼女は歯切れの悪い言葉を放ちながら耳元の髪を手繰りあげた。
「いいよ。ここにいる皆で行こう。だけど、今からのことは絶対に秘密だからな」ハルは私達三人に向けて笑顔を向けた。
「流石ハル先輩。物分かりがはやいですね」コガネは変わらず嫌ったらしい。
ハルを先頭に秘密の経路を辿っていく。
暗闇な中を掻き分けた先には広大な森と巨大なツリーハウスが待ち伏せていた。
「すごいな。着いてった甲斐があったよ」
「ほんとすごいわ」
爽やかな風が吹き抜けていく。
それでもコガネがこのことを大人に密告る気がして気が気でなかった。
私は袖を掴み、
「絶対に大人には言わないでね。マザーだけじゃなくてシスターとかグランバトにも」と言い放った。
「言う訳ないだろう。僕も共犯なんだからさ」
当然だろ、とドヤ顔を決めながら返してきた。安心感よりもムカつきが上回ってくる。
「今日は一日、ここで楽しもうよ」
優しい森の風に身を任せたハルは優雅で華麗なステップを決めながら言った。
それよりも…………
「授業はどうするんですか。僕達がいなかったら怪しまれてすぐに秘密基地もバレてしまいますよ」
そう、私達は授業があるから帰らなきゃいけないのだ。でなければ、私達は怪しまれてしまう。
前回は授業のためにすぐに帰った。しかし、なぜ今回は授業があるのにここで一日遊ぼうと提案したのだろうか。その疑問が膨れ上がっていく。私はパンク寸前の疑問を吐き出すため、疑問をそのまま口にした。
「もうじき試験があるんだ。試験が終わったらここにはいられなくて、数年は会えなくなると思うんだ。サクリの施設を卒業する前に盛大に楽しみたくてな、時間忘れてはしゃぎたいんだ」
試験が終わればきっとハルはサクリの施設から卒業する。卒業してしまったら数年間は会えなくなる。それはこの施設が他者を受け付けないからだ。それもこれも悪魔から私達を守るため、仕方ないことである。
仕方がない。だからこそ、抗えない。
数年後に会えるとしても暫くは会えなくなる。これは受け止めなければいけない現実だ。
その空白の時間を埋める程、今日この日を楽しむ。
時間も忘れて、拘束された時間も全てを遊びの時間にする。
ツリーハウスの木の板の触感はどこか優しくて寝転がると気持ちいい。雑談を挟みながらツリーを満悦していく。
「向こうの方に何か見えるかも」
ツリーハウスの屋上から遠目で見えた緑ではないもの。
私達はそこに行ってみることにした。
ただ、ハルだけは「ここで待つ」と言い切った。
彼女は何かあった時のために誰かはここにいた方がいいと言い、このツリーハウスとその付近をよく知る自分にこそその役目を追うべきと私達を説得させた。
こうして私とコガネとサヤの三人で何かが見えた場所へと向かうことになった。
森の中は緑の草原だけじゃなかった。
高低差のある岩場をゆっくりと降りていく。身長よりも高い岩場を降り終えて真っ直ぐ進む。
薮を掻き分けていくとようやく森を抜けることができた。
そこには道が出来ていた。
その先には硬い素材でできた橋が凛々しく存在感を放っている。どこかへと繋がっているのだろうか。それ以上先は霧がかかっていて分からない。
「行って確認しましょう。一見は百聞にしかずですわ」
サヤが橋の先へと向かう時、コガネが強く服の端を引っ張り草木の中に引き戻した。口元に人差し指を置いている。
すぐに察した。きっと何かを感じたのだろう。
バレないように少し離れて木や草木の影から様子を眺めていくことにした。
すぐに霧の中に三つの影が現れる。どれも羽がついている。
天使様だ──
そのシルエットも段々と消え本人が登場していく。
彼らは何故かそれぞれ幼子を抱えていたのだ。その幼子が紛れもなく人間だということはすぐに気づいた。
声は聞こえないが何かを話しているみたいだ。
彼らが何をやっているのかはあまり分かっていない。
しかし、一つだけ分かることがある……
私達は姿を見られてはいけない。
ここはきっと施設の外だろう。私達は施設の大人達で無断で脱げ出したのだ。だからこそ、このことはバレてはいけない。
ガサッ──
「ごめん……なさい」小さく呟いたサヤの言葉。
「誰かいるのかっ」と天使様の言葉が聞こえる。
見える一人の天使の影が手を伸ばした。その掌が無数の蔓に変化して私達の方面へ向かって伸びていった。
「逃げるぞ」コガネは切迫した表情で来た道を戻っていく。
私達もまたコガネを追うように走っていく。
草木を掻き分けて進む。
後ろからは蔓が伸びていく。この蔓には絶対に触れてはいけない。人間の本能がそう言っている。
薮の道を抜けた。未だに蔓は襲ってくる。
目の前には大きな岩場が立ち塞がった。回り道をする時間も場所もない。前門の岩、後門の蔓。はやく登らなければ蔓に捕まってしまう。
コガネが岩を思いっきり飛んで岩の縁を掴んだ。私達の手が台となり、コガネは岩の上へと上がった。
「全くなんで僕がサヤなんかを引っ張っているんだ」
愚痴を零しながらもコガネはサヤを引っ張る。
サヤはコガネに引っ張られながら私を台にして登りきった。
残るは私のみ。蔓はすぐそこまできていた。
コガネとサヤの二人の手が私の手を引っ張る。私もまた力を入れて上へと登ろうとする。
ようやく上半身のほとんどが岩の上に登り終えた。
残るは下半身のみ。
二人に支えられながら足を思いっきり上げていく。
下には蔓が敷き渡っている。落ちたら即アウトだ。
だが、もう私は蔓に触れることなく蔓の届かない岩の上へと登り終える。
後、少しで──
二人は油断していた。
自力で登れるだろうと過信して力を抜いた。
私は愚かだった。
ようやく岩場に登り終えたのに重心は後ろに傾いていた。岩は真っ平らではなく傾いていて不安定な足場なことを考慮に入れてなかった。
このまま私は蔓の海へと倒れ込んでいった。
コガネの手も、サヤの手も、間に合わなかった。
【天使様の特殊能力"蔓"から逃れることはできるのか】




