3.
ここにいる子ども達はみんなサクリと呼ばれている。
数年に一度、五から八歳のサクリがここに入ってくる。そこで同じ時に入ったサクリが同期となる。
授業などは同期のみで行うものも多くある。
十期生には私を含む四名がいた。
「遅かったね、ナルミ君。全く……。心まで悪魔に支配されてきたのかい。数年後には怠惰悪魔にでもなっているんじゃないかな」
黄色い髪と瞳を持つ色白の男の子が何ともない顔で貶していく。数年前に私が悪魔に傷痕をつけられた事件を知った彼は、私を「悪魔の傷」と蔑み見下した。
いつも自慢気な態度で鼻につく。
私は彼のことがあまり好きではなかった。
「ナルミちゃん。気にしちゃ駄目。アイツが勝手に言ってるだけだから」
ブロンドカラーの長い髪と黒いリボン、ブロンド色の瞳が特徴的な女の子が貶されている私に助け舟を出す。
彼女は私の友達の存在。
それでも「悪魔の傷」となってからは少し躊躇いが見え隠れしている。
自意識過剰に足を組んでいる者。少し隙間を空けて私に話しかけている者。黙々と勉強をしている者。この空間はどこかぎこちない気がした。
私達に授業を施すシスターがやってきた。
その部屋は静けさに包まれた。
「今日は大切な話があります」シスターは淡々と言葉を紡いでいく。
部屋の前に置かれたホワイトボートの上に文字が書かれる。書かれ終えると言葉で説明していく。
今日は天使様にどのように仕えるのかを決める日のようだ。
ホワイトボートに書かれた文字をまじまじと見る。
「本題に入る前に一つこの世界についておさらいをします。この世界には悪魔と呼ばれる存在がいます。悪魔は特殊な能力を持ち合わせており、その力を持ってしてこの世界を滅ぼそうとしています。それに対して、天使様は同じくお持ちになる特殊な能力で悪魔を退け、この世界を守っていらっしゃる」
ゆっくりと。
シスターは穏やかな声で語りかける。
「天使様は生まれた時から能力を扱える訳ではございません。大人になってようやく能力に恵まれます。それまでは能力は持ち合わせておりません。まだ能力の使えない天使様は"チャイ"と呼ばれ、能力を使えるよう日々を過ごします。ある程度齢が上がると能力開花のために仕い人と二人で過ごすことになります」
静かに教壇の上を右往左往している。
私は一言一句聞き逃さないように静かに耳を傾けていく。
「あなた達"サクリ"は選ばれた存在です。サクリは"チャイの仕い人"となる存在なのです。ここで問題なのがどのように仕えるのか、です。どのように仕えるかは天使様の中でも最も偉い偉大なる大天使様があなた達の希望とサクリの試験結果を見て決められます。本日はあなた方がどのように仕えたいのかその希望を聞きたいと考えています」
そこまで話し終えるとホワイトボートに文字を書き出した。
最初の文字は「使用人」──
「ここではチャイ様に仕える一般的な仕い人を使用人と呼びます。基本的には食事の運搬から部屋の掃除などを行います。男女ともに使用人になる存在が多いです」
続く文字は「執事」──
「チャイ様を秘書的に支える仕い人が執事です。スケジュール管理、部屋への訪問予約や訪問者チェックなどを行います。基本的に男がなります。ただ、男だからといってなれる訳ではなく、男の中でもほんのひと握りしかなれない狭き門です」
三つ目は「召使い」──
「使用人としての仕事に加え、裁縫や料理などを行います。もちろん身分が低い訳ではなく仕事の種類が違うだけですので安心してください。基本的に女がなります」
普通だったら、私は女だから召使いか使用人を選ぶのだろう。だが、私には執事になりたいと思う意志が強い。例え茨の道だとしても私は執事を目指したい。
「他にも下僕下女と呼ばれた位の低い仕い人があります。試験結果が酷く三つどれも相応しくないと評価された時になります。最も不名誉なものです。また、仕い人になれないということも唯あります。その場合は私は全く知りませんが、下僕下女と同等かそれ以下の立場だと思われます」
試験落第や下僕下女となることは不名誉なことだ。私達は何としてもそうならないように努力しなければならない。
「さて、今から希望する仕え方を一つ選んで下さい。使用人か、それとも執事か召使いか。この選択でこれからの授業や人生が大きく変わるのでよく考えて決めて下さいね」
配られた紙に私は力強く丁寧に「執事」と書き込んだ。
もう強く決めたんだ。逃げる訳にはいかない。
その時間の授業が終わった。
シスターは私だけを呼び出した。
二人だけの時間。
「ナルミさん。授業中も言いましたが、執事は基本的に男のなる仕え方です。ナルミさんは女なのでなるなら使用人か召使いだと思います」
あの事件やハルの後押しがなければ、流されて使用人か召使いの選択肢を選んでいたのだろう。けれども今は違う。私には芯がある。
「私、執事になりたいんです。グランバトさんに憧れて執事になりたいって思っているんです」
私はどう言われようとも曲がる気はなかった。
強い瞳を見たシスターは諦めた表情をした。
「執事は狭き門です。これも授業中に言いましたね。さらに女となればさらに狭くなります。執事になれない可能性が高すぎます」
「例え狭き門でも諦めたくないです」
「それは自由ですが、もし落第したら……。これから仕い人の授業が増えます。執事は執事の授業、召使いには召使いの授業、使用人には使用人の授業が。あなたが執事の授業を取れば召使いや使用人の授業が取れなくなります。女の仕い人に求められる要求である家庭科的授業もまた取れなくなります」
ゆっくりと丁寧に、けど顔はどこか冷めているように見える。
「要求に応えられないあなたは余計に落第や下女になりやすい。それでもいいのですか」
冷たい威圧がとても怖い。少しでも気を抜けば使用人や召使いの道を選んでしまいそうだ。
何にも言えない空白の時間。
ふとそこにはいないはずのハルが背中を押してくれた。
「それでも私は執事を目指します」私は強く言い切る。
シスターはようやく諦めたようだ。
彼女は「そうですか」と呟き、私に背を向けた。
「ふるい落とされないように頑張ってくださいね。では次の授業の準備をお忘れなく」
そう言い残して部屋を出ていった。
【試験とはいったいなんなのか。ナルミは執事になれるのだろうか】




