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27.

***


 どんなに辛くて仕方なくても笑いましょう。

 後悔をしないために笑うのです。

 離れ離れになっても、生き物は必ずどこかであえるのです。

 その時にみんなを心から迎え入れられるように。

 それがきっと貴方のためになりますから。



 その言葉が俺の心の中で渦を巻いて留まっている。

 ルシファーとガブリエルによって俺以外の(10)期生は主人の部屋に案内された。主人のいない俺はチャイの館を出て、また別の所へと連れていかれた。

 特別な役職について貰うと言われた。

 が、一切合切、それについては聞かされていない。

 どこか重々しい建物に連れられていく。

「もし人生で最後にやりたいことがあるとしたら。君は何がしたい?」

 突然そんなことを聞かれた。

「俺はもうやり残したことはないからな……」

 あの言葉を聞いて、俺は辛さを隠すことにした。そして、後悔しないようにちゃんと別れを言うことにした。ただ「さよなら」は言いたくなかったから違う言葉で。



 夜中のツリーハウス。星々が煌めく星空の下。

 星を眺めながら「いってきます」と呟いた。

「いってらっしゃい」戸惑いが混ざった反射的に返される言葉。

 そこにいた女の子二人はきちんと返してくれた。

 もう一人は、

「何を言ってるんだい? サヤのお馬鹿脳が移ったのかい?」

 と嫌味を言い、その嫌味に巻き込まれたサヤと小さく火花を散らしていた。


 さよなら。

 それよりも、

 いってきます──いってらっしゃい。

 その方がきっとまた会えると思ったんだ。

 さよなら、で二度と会えないと思うよりも。いってきます、って言えば、ただいま、と返して再び会える、と思いたかった。

 やりたいことは山ほどある。けど、それはそんなに重要なことじゃない。やりたいよりも俺は過去に戻ってやり直したい。そう考えると本当にやりたいことはないと思ってしまう。




「やりたいことはないのか?」

「はい。ただ、やりたいことではないですが、知りたいことが一つあります」

「知りたいこととは?」

「私はずっと執事になりたいと思い続けていました。ですが、私は試験に不合格となってしまいました。しかし、なぜ不合格になったのかは分からず、とても気になっておりましたので。もし人生最後に一つだけ知れるのなら、私はその理由が知りたいです」

 過去には戻れない。それでも、駄目だった所を知り、次に活かしたい。今度は駄目な部分を克服し、執事になりたい。それが人生最後のことでも来世がある。来世は同じようにサクリに生まれ変わって、今度こそは執事になりたい。その時にはきっとこの情報は(かて)になるはずだ。

「分かった。試験の審査基準について教えよう」

 ルシファーは親切に教えてくれた。


 俺は第一試験の時点で執事にはなれないことが決定していた。


 第一試験。爪を液体の入ったコップの底の模様を伝える。

 この試験が合否を判断していたのだ。

 天使様に仕えられるかどうかを見る試験であったのだ。そして、それは学における秀才や努力では成しえないもの。

 サクリには不思議な力を宿っているみたいだ。その力が強ければ強い程、液体の色は濃くなる。そして、濃ければ濃い程、奥底に見える模様は見えなくなる。逆に、その力が弱ければ液体は薄くなり、模様は見えるようになる。

 この試験は模様が見えてはいけなかったのだ。

 嘘をついても、結局は提出される液体が合否を決める。

 最初から俺は合格することはできなかったのだ。


 第二試験。インクによる銃撃戦。

 この試験では仕い人の適正を判断していた。

 ついてくる人形は仕える天使様を想像している。人形は守られるべき大切な存在。なぜなら当てれば一点なのに対して、当てられればマイナス三点であり、巻き返すのも難しくなるため、絶対に当てられてはいけない。

 どのような人形を守るのかを見られていた。

 コガネはアクリル板を使いクレバーに人形を守った。ナルミは試験前にカラーボールが体に当たると痛いと本能に知らされたのに、自らを犠牲に人形を守った。だからこそ、二人は希望する使用人や執事になれたのだ。

 一方で、サヤは人形のことよりも点数を取ることに集中していた。人形の近くで守るのではなく特攻して攻撃したり、ミッションのために当てられるのを覚悟でスタンプを集めまくったり、と人形のことを置き去りにしていた。極めつけは、インクマシンガンによるカラーボールの雨。大量の点数を得たが、自らの人形にも被弾した。点数の増減には関わらないにしても、試験の評価としては最悪である。だからこそ、サヤは希望する召使いにはなれず下僕(げぼく)下女(げじょ)という仕え方となった。

 下僕下女は、仕え人になるべき人物ではあるものの性格上どうしようもないサクリがなるようだ。

 その試験では俺の評価は良い方だ。冷静に動き、人形を視界に入る場所に隠し、人形の無事を確保してから点数を取りにいった。第二試験だけで言えば最高の結果という。


 俺とサヤはお互いにどちらかが最悪の結果を生み出し、どちらかが最高な結果を生み出した。


 俺は第一試験が酷く模様が丸見えだった。一方で彼女は模様が全く見えなかった。

 サヤは第二試験が酷く人形を乱雑に扱った。一方で俺は人形を丁寧に扱い点数を沢山稼いだ。


 しかし、結果としては俺だけが不合格という結果で終わったのだった。

 この現実は変えられない。

 人生最後に知りたいことを知ることができた俺は、天使様によって何も無い部屋に閉じ込められた。



「ここは天使の国、所謂(いわゆる)、天国だが……。ここはまるで地獄だな」部屋の外でルシファーは嘆いていた。



──

───

────



 ここは天使の国。天国である。

 だが、人間のいう天国とはまた違っている。

 天使の国─天国─にいたはずなのに、気づけばいつの間にか死後の国(てんごく)─天国─に移動していた。

 周りにはカラフルな彼岸花が咲き誇り、透けた川が流れている。

 なぜかしらないが俺の体が軽い。

「おかえり」「やっほー」

 先輩二人がそこにいた。

 久しぶりの再会に涙が出そうだ。

「ただいま」と笑った。

「執事にはなれなかったんだな。けど、俺の中ではお前は執事だ。お前の頑張りは紛れもなく執事以上だ」

「何言ってるんですか、全く意味が分かりませんよ」

「そ、そうかな……」

 シッポウは執事になれなかった俺を優しく受け止めてくれた。

 彼は俺の頑張りを見ていてくれた。

 あの努力が報われた。そんな瞬間だった。

「さあ、行こうぜ、フキ!」

「はい、先輩!」

「おーいおい。ミアイちゃんを忘れる~なぁ~」

 シッポウとミアイ、そして俺は、彼岸花咲く大地を歩いていく。

 生きていたら絶対にたどり着かない場所。



 シャドウ総帥、ハル先輩、ゼンジ先輩。俺はシッポウ先輩とミアイ先輩と一緒にいます。

 ナルミ、コガネ、サヤ。ありがとな。楽しかったよ。みんなで見たあの夜空はずっと忘れない。



 俺は先に死後の国(てんごく)に行ってくるよ。

 みんな──


 ()ってきます──

※これにて第1章は完結です。

 ご愛読ありがとうございます。お手数をおかけいたしますが、よろしければ感想やポイントなどを頂けるとありがたいです。

 第2章もよろしくお願いします。

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