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2.

 ここは"サクリの施設(いえ)"。

 天使が住むという国の最果てにある建物である。施設に住む私達は天使にも他の人間にもあったことはない。そして、私達はここから出たことはない。


 ここには九名の"サクリ"が住んでいる。


 サクリとはこの施設に済む子ども達のことである。子ども達はみんな親がなく幼少の記憶がない孤児(みなしご)である。


 私達は講堂の間で手を組み合わせて、天使を象った石像を見つめている。

 親であり先生であるマザーとその補佐をするシスターも同じように手を組み合わせている。

「全ては天使様のお陰。私は天使様に全てを捧げる」

 親達が一斉に祈りを始めた。

 私達もまた祈りを始める。


 全ては天使様のお陰。

 私は天使様に全てを捧げる。


 重なる祈りの声。

 私達は朝食を食べ終えるとこの祈りを必ずする。

 その後はひと時の自由時間。

 ぼーっと立っている所に先輩のハルが勢いよく触れてきた。

「よっ、元気?」なんて聞きながら笑っている。

 澄んだ青い瞳。綺麗な青いベリーショートの髪。それを際立たせる白い肌。それなりに高い身長。ハルはいつも男の子のような明るさで振舞ってくれる。

 彼女の溌剌(はつらつ)さには幾度救われたことか。

 ハルは私の耳元で「秘密基地があるから来ない」と呟く。私は全身で「はい」の返答をした。

「じゃあ、着いてきて。後、これは誰にも秘密だから。大人達はもちろん、他のサクリにも。ゼンジにもだぞ」

 これは私とハルの二人だけの秘密。

 人気(ひとけ)の少ない日陰へと行き、そこにある換気口の蓋を取り入っていく。子どもが一人通れる穴。その道から開けた隠し通路へと出た。

施設(いえ)にこんなところがあったんだ!」

 思わず目を(きら)めかせていた。その煌めきが眩しいほどその隠し通路は真っ暗だった。

 ハルの服を掴み恐る恐る進む。

 心の中では浮かれた気持ちが先行していて、本当はスキップでもして行きたかった。

 暗い道に()木漏(こも)れ日。そこを抜けると森が広がっていた。すぐそこにはツリーハウスが見える。心を打たれるのに時間は必要ない。初めて見る巨大な要塞を一目見ただけで胸が踊った。

「ここがハルの秘密基地」

 私は「すごい」以外の言葉を忘れていた。

 すごい。

 巨木を軸にして高い位置に立つ小屋。そこに繋がる階段。自然と同化したような優しさ。どれも「すごい」以外の言葉では説明できないほどだ。


 ツリーハウスの上で自然を感じながらゆっくりしてみたい。わくわくが止まらない。私は駆け出しそうになっていた。

 が。

 ハルはそのまま視線を後ろに返し、親指で高く建つ施設(いえ)に親指を向けた。「今日は帰ろっか」と軽やかに(きびす)を返した。

「えっ、何で」思わず言葉が口から溢れ出ていた。

「そりゃあ最初の授業に間に合わなくなるからな」

 あっ、そうか。

 私達は授業を受けて色々な知識を得る。その授業を休むことは許されない。

「じゃあ、戻ろうか」

 再び隠し通路へと向かうハルに置いていかれないように駆け足で駆け寄る。

 その時、どこからか視線を感じた。

 振り向くとそこに人影を見つけた。誰かがいる。

「ナルミ。どうしたんだ」

「どこに? 誰もいなくないか」

 人影はもうなくなり、視線も感じなくなった。

 森の風が吹き木々を揺らしていった。

 気の所為(せい)と思い込んで私は秘密の通路へと入っていった。


 暗い道の中で私は不安を口にした。

 この暗闇の中で光るハルがあまりにも眩しすぎて、その不安を払ってくれると思ったから。

「私、執事になれるかな……」

「急にどうしたんだ」

 私は執事長のグランバトに命を救われ、それを機に執事に憧れた。だけれど、執事を目指す道は不安要素で埋め尽くされていた。

「やっぱり私なんかじゃ無理かな」

 暗闇に囚われていく私は悪い方向へと答えを出してしまう。

「そんなの無理かどうかじゃなくないか。やりたいならやればいい。無理かどうか考える必要なんてないよ」

 ハルは私の腕を掴んで暗闇の中をズカズカと進む。

 その強さに心を覆ってきた闇が払われていく。


 執事になりたい。

 今まであった迷いの(もや)が晴れていった。


 私とハルは長い秘密の通路を抜けて施設の中へと戻った。

【秘密基地に残る人影と謎。いったい──】

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