16.
真夜中に冷えた風が吹く。
締め切った門はこちら側からは開かない。
早く戻らなければ日が明けてしまう。このことは秘密にしたい。
「私に着いてきて」懐中電灯をつけて私は施設から離れていく。すぐに道が現れた。
左に曲がって真っ直ぐ進む。
「どうして施設から離れるんだ」
「いいから着いてきて。きっと橋が見えるから」
道なりを真っ直ぐに進むと現れる橋。暗闇が向こう側を見えなくしていた。
見覚えのある橋。
ここを左に曲がり森の中に入っていく。
暗闇の中、待ち受けるのは長い草木や薮だった。私達は何とか抜けて小さな段差を軽くジャンプして登った。
「待って。こんなに簡単に登れなかったはず」
再び小さな段差を降りて南に下った。
徐々に大きくなっていく落差。そして、数分もしない内に登るのが大変な大きさとなった段差となっていた。
「よし、登りましょう。私の肩を使っていいから登って」
「さっきの場所なら簡単に行けたのに、なんでこんなに登るのが大変なところまで下ったのか。教えてくれないか」
「私が来た時にはここから下って登ってたから迷わないように」
「一度来た? まあ、いいや。後で詳しく話してくれ」
岩場に手をかけて腕力だけで登っていく。
今度は私が登る番。だが、自力では登れない。フキが腕を掴んで登るのを手伝ってくれた。そのお陰で岩場の上に登れた。
忘れようにも忘れられない場所。無数の蔓に追いかけられた時、この岩場に立ち塞がれた。もしあの時、謎の女性が助けてくれなければ蔓に捕まっていただろう。その後どうなったのだろうか、なんて余計なことを考えそうになったため首を横に振った。
「前にハル先輩とコガネとサヤと私で一日いなくなってた時あるでしょ。あの時は、ずっと小道具室にいたんじゃなくて外にある秘密基地に遊びにいってたんだ」
「秘密……基地?」
私はフキの腕を掴んで森の中を駆けていった。
彼は考え事をしながら私に連れられていく。
目の前には……巨大なツリーハウスが聳えている。
「すげぇ」フキはその言葉しか思いつかなかったようだ。
「ここが秘密基地なんだ」
「今日みたいな暗い時じゃなくて明るい時にまた来たいよ」
「そうだ。じゃあさ、また今度こようよ。今度はみんなで。コガネ君も、サヤちゃんも、クル……シャドウ君もみんなで楽しもうよ」
「そうだな。楽しみだ。それより、ここからどう帰るんだ?」
「こっちに秘密基地と施設を繋ぐ特別な通路があるの」
今日はもう帰った方がいい。
私はフキを連れて秘密の通路に向かう。
「待て。そこに誰かいるのか…………。ん? サクリじゃないか」
天使様が舞い降りた。その天使様はマザーと話していた天使だった。
鮮やかな輝きが放たれているように錯覚してしまう。
「どうしてここにいるんだ?」
「それは……」
突然のことで頭がまっさらになってしまった。言い訳すらも思いつかず何も言えない。汗が出ていく。
「申し訳ありません。私めはマザーと天使様の会話を盗み聞いた挙句、門から帰れなくなってしまったため、この道から帰った所存でございます」
「どうして盗み聞きなんてしたのかしら?」
今度は穏やかそうな女性が現れた。仄色の三つ編みが埋め込まれた髪が可愛らしさと上品さを感じさせていた。その女性とは一度会ったことがある。
「人間が悪魔に化けていると噂を聞き、その真相を探るために盗み聞きをしました。このような悪事を働いてしまい今では反省しております」
その返答を聞いた彼女はふふふと笑ってた。
「その噂を流したのは……この私よ」
フキは「えっ?」と顔を細めていた。
「そういうことか。まあ、今日のことは見逃していいが、君たちも私達のことを秘密にして欲しい。いいかな」
天使様の言うことは絶対。
なぜなら私達は天使様に全てを捧げているから。
「分かりました」
荘厳さを感じさせる天使様のオーラ。彼の言うことは全て聞かなければいけない。私達には逆らえなかった。
「そうだ。私の名前を教えよう。私の名前はルシファー。隣にいるのは……」
「ヤトミです」
「それで君たちの名は?」
彼の問に対して「フキです」「ナルミです」と素直に答えた。
「そうか。フキ君、ナルミ君。今日のことは秘密だ。このことは忘れるように」
私達は頭を下げた後、再び帰路に戻った。
後ろ向きの私達にヤトミが声をかけた。
「もうすぐ試験があるのでしょう。…………死なないよう願ってます。それではさようなら」
天使様のルシファーと大人のヤトミを後にし、暗闇の道を懐中電灯で照らして進んでいく。
少し明るくなっていく景色。
その間にフキは気になっていた言葉を呟いた。
「死なないように願っているってなんだ? もしかして試験は死ぬ可能性があるのか?」
起床時間前には無事着くことができそうだ。
隠し通路ももう終わりだ。
「死ぬって………………どういうことだ?」
まだ若い朝焼けが施設の中を照らしていた。
【試験とはいったい何をするのか? 死人は出てしまうのだろうか?】




