魔石
「……な、何なのこれ……」
机の上に置かれた紅玉色をした宝石を見てベルが何か危険物でも突き付けられたかのように後退る。
「何って……昨日言われた魔石だけど?」
「いやいやいや! 昨日の今日で手に入る!? しかもこの大きさと純度! 魔狼の魔石にしてはおかしくない?」
「いや……これ黒羆の魔石だし……」
「はああぁぁぁあ!? ぶ……黒羆!?」
魔石に触れようとしたベルが黒羆の名を聞いて飛び退く、それを見て可笑しくて堪らないといった様子でトーマスが魔石を手に取り光に透かして観察している。
「やっぱりマルスは凄いねぇ、実戦はこの間が初めてだったって言うのにこんな大物仕留めて来るなんて」
「うぇっ? ちょっ……トーマス様信じるんです? 黒羆なんて騎士の小隊で囲んでなんとか狩る相手ですよ!? それをマルスが……」
「マルスだから……だと僕は思うなぁ、僕はマルスは伯父上みたいな選ばれた人間だと思ってる。ならば黒羆を狩ったって言っても信じるよ♪まぁ……流石にびっくりしたけどさ」
にこにこと上機嫌なトーマスを見てベルが溜息をついて肩を落とす、まぁ、外出を黙認し送り出した身としてはまさかそんな危険な事をしていたとは思ってもみない、もしも万が一があったら……その……寝覚めが悪いではないか。
「それにしても黒羆だったら結構な大きさだったんだろ? まさか全部食べたとか言わないよね?」
「流石に全部は無理だよ、解体してたら可愛い生き物が肉を欲しがって来てさ、食べきれない分はあげちゃった」
「あ~あ、どうせならお肉もおすそわけ欲しかったなぁ、マルス! 次はお願い!」
「そう言っても黒羆も魔狼も臭みが強くて余り美味しくないよ? きちんと処理したら別だろうけど……」
「突撃猪とかなら美味しいんだけどね、あれはあれでかなりの強敵……」
「も~っ! トーマス様ったら変なこと教えちゃ駄目です! ただでさえマルスは脳みそ筋肉なんですから狩りに行っちゃうでしょ!」
「いや~、それほどでも……」
「だから褒めてないって……」
照れるマルスをベルが呆れ顔で窘めるがその言葉は届いていない。正しくこの少年の頭には筋肉の事しか詰まっていないのであろう。
「さて、それじゃこの魔石は有難く頂いておくよ~、これだけの純度の魔石だ、研究もはかどるよ」
「兄様は今一体何を研究してるんです?」
「空間魔法をちょっとね、完成品が出来たら見せてあげるよ♪」
空間魔法……空間の拡張や縮小、空間内の状態の変化を操る魔法……。ただでさえ失敗の多いトーマスが空間魔法に手を出す? まかり間違って小型ブラックホールでも作る気ではないだろうか……?
「兄様……実験は慎重に願いますね?」
「? 大丈夫大丈夫♪安全には万全を期しているさ♪」
……その根拠のない自信に何度裏切られたことか……。部屋に踏み込んだら挽肉と血溜まりが……とならねばよいのだが……。果たしてマルスの祈りは神に通ずるのか? 祈る神が前世と同じならばご利益もありそうだが……その祈りの行方は正に神のみぞ知る……である。