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砂地竜女王

 一族を殺された怒りか? それとも目の前に居る小さき者の力を感じ取ってのことか? 砂地竜女王(サンドワームクイーン)がマルス目掛けて猛然と襲いかかる。

 通常ならば目に留める事も有り得ぬ小さな小さな餌にもならぬ矮小な存在、だが砂地竜女王は知っている。このような矮小な存在の中にごく稀に恐ろしい牙を持つ者が居ることを、数十年前も数百年前もそういった小さき牙に煮え湯を飲まされてきた、決して油断はしない。


「ぐっ! ぬうぅぅう!! っっ! 流石に……重い……っ!」


 潰してきた、喰らってきた、例えどのような相手であろうとただ(かぶり)を振るだけで吹き飛び、そして砂上に紅い花を咲かせて果てる、それが当然の事だった。

 この小さき者もそうなる……砂漠に咲く美しい花の明確なイメージ。だがその確信を裏切り、小さな獲物をすり潰したはずのその必殺の突進が……真正面から受け止められていた。


「うりゃあああぁぁぁぁあ!!」


 腰まで砂に埋まりながら巨体を受け止めたマルスが、掴んだ爪顎を握る手に力を込めそのまま一息に引っこ抜く。


「うわわわわわ! 出てきましたよ! ってかマルスは大丈夫なんですかあれ!?」


「うわぁ……うわぁ……う~ん……もうだめ……気持ち悪い……うっぷ」


「引っこ抜いた……? あれ城ぐらいでかいぞ……嘘だろ……」


 凄まじい衝撃波と共に轟音が鳴り響き、遅れて砂が津波のように押し寄せる。真っ青な顔で吐き気と戦うラスティが辛うじて結界で防ぎ、結界壁を流れる砂に隠れた視界に轟音と共に幾本もの巨木のような物が影を落とす。


「うわわっ! 魔法まで使うのか、でっかいだけじゃないんだなぁ……でも、これで足場が出来た!」


 足下の魔方陣から突き出した巨大な『岩槍(ロックスピア)』を蹴り砕き、構えを取ったマルスが砂地竜女王の無防備な腹部に右の正拳を叩き込む。

 衝撃が砂地竜女王の腹に波紋を立たせ、降り積もる砂塵を再び巻き上げる……が、マルスの会心の一撃をものともせずに砂地竜女王が再び(かぶり)を振り暴れ回る。


「っとと、皮膚が分厚すぎて衝撃が通ってないな……」


 マルスの本気の一撃を受けて傷一つつかぬ恐るべき頑強さ、返す手刀がそれを切り裂かんと閃くが、両断したのは皮膚の表層のみ、複雑に絡み合う筋繊維が致命傷を与えることを許さない。


「むむぅ……今までにない筋肉……筋繊維の流れに指向性が無い……まるで編み込まれてるみたいだ……『破城』でも致命傷は無理か……?」


 腕組みし、考え込むマルスを圧殺せんと砂地竜女王がその全質量をもってしてのし掛かる、が、こちらの攻撃もマルスを砂にわずかに沈めただけ……、更に繰り出す攻撃もマルスに通用することは無く焦れた砂地竜女王が巨体をのたうたせ暴れ回る。


「さっきからマルス腕組みしてるけどなにしてんだ?」


「あ~……多分砂地竜の体構造が気になってんでしょう、まーくんの攻撃が通用しないってのは滅多に無いですから。また変なトレーニング始めなきゃいいけど……ってか私あれ見たくないんで、ピンチの時だけ結界張る方角言って貰えます?」


 クラッヒト家の子供達の十八番(おはこ)とも言える探究心と好奇心、おかげでラスティも何度セクハラ紛いの扱いを受けたか……。苦甘い思い出はさておきラスティが肩の力を抜きほぅと息をつく。


「ま、その状態になるなら決着は近いでしょうね」


「それってどうして……?」


「……防御するまでもなく相手が完全に『格下』って事です」


 ラスティの言葉にトーヤとレティが砂塵の向こうに目をこらす。嘘もまさかも無い、戦うのがマルスでラスティが太鼓判をおしたのならばそうなのだ。少し前の自分達ならば恐怖に震え身を縮ませていただろう、だが今胸を満たすのは確信と好奇心、マルスがあの大物をどう倒すか、それだけである。


「……うん、外皮が固すぎるなら中から……どうせなら試したいこともあるから……」


 砂地竜女王の尾が、牙が、外殻が、魔法が、散々にマルスを打ち据え、貫かんと襲い来る……が、マルスの体には傷一つつかずただ破れた端切れが舞うばかり……。

 と、マルスがその場に大の字になり目を閉じる。常軌を逸した行動にトーヤとレティばかりか砂地竜女王までも動きを止めて息を呑む。


 嘗められている、と感じたのだろうか? 虚仮にされている、と考えたのだろうか? 悠久の時を生きてきた砂地竜女王にとって初めての屈辱。こいつは、この場で、殺さねばならない、胸を満たす怒りに砂地竜女王が再度天に向かい吼える。そして一際大きく(かぶり)を振った女王がその身を捩らせ砂の中に飛び込むように潜り込む。


「! 逃げた?」


「えっ? えっ? どうするの? 逃がしちゃったら……」


「いや……これは下から一気に飲み込むつもり……」


 ラスティが感知した通りに地響きを引き連れ再び砂海が渦を巻く、砂の渦がマルスを飲み込もうと沈み始めたその時、跳ね起きたマルスが一息に遙か上空へ跳躍する。


『グルルルグガアアァァァアア!!』


「いらっしゃい、そして……さよならだ!」


 はじき飛ばされた岩槍の破片を足場にマルスが腰に構えた拳に満身の力を込める。狙いはマルスを捕食せんと迫る砂地竜女王の口の中!

 突き出された拳、視界を埋め尽くす光、轟音、衝撃、吹き荒れる砂嵐。


「ラスティさん! 正面? 上……? あ~っもう! 全部です!!」


「ふぁ? ぜ、全部!? ちょっ……地面が揺れて……う~!! も~! まーくんの馬鹿ぁ!!」


 結界の向こう側で繰り広げられる地獄絵図……絶え間なく降り注ぐ青い砂に全てを押し流すように流れる地面、その全てが落ち着いた跡にはマルスを中心に真っ青に染まった砂海が静かに広がっていた……。



……



「「「「乾杯!!」」」」


 無事トーヤとレティを救出して帰還したマルス達を宴の準備を整えたタウラスが出迎えた。どうやらマルス達より一足先に帰還していたようである。


「ちょっと待って! 私達は女王倒したんですからこっちの勝ちでしょ?」


「おいおい、賭けは()()()()()だったろ? そもそもお前ぇらが見境なく大暴れしてくれたおかげで雑魚が全部こっちに来たんだぜ? 結局一人で対応すんのと変わんねぇじゃねぇか!」


「むうぅ……特別ボーナスが……」


 食ってかかるラスティに何を今更といった様子でタウラスが鬱陶しそうに手をひらつかせる、だがルールはルール、いくら歯嚙みしても仕方ない。こうなればこっちで元を取ってやるとばかりに、ラスティが大皿に盛られた串焼きにかぶりつく。


「それにしても……女王を一撃たぁなぁ、万全の状態ならそのレベルか……なぁ、やっぱもっかい……」


「やめて下さいよ!? やっと借金無くなったんですからこれ以上のトラブルは駄目! こんなんじゃいつまで経っても次の国に行けないじゃないですか!」


 タウラスとマルスの肩からゆらりと陽炎のような物が立ち上るのを感じ、ラスティが慌てて二人の間に割って入る、ようやく無くなった借金、ここで追加してなんとする! いや、まぁ……マルスとの諸国漫遊が延長されるならそれはそれでやぶさかではないのではあるが……。


「ははは……やっぱマルスは凄いなぁ、ってか砦ぶっ壊したって話、まさかとは思ったけどやっぱマルスじゃんか」


「タウラスさん相手だったからつい手加減出来なくて……でも怪我人とかはでなかったから、ね?」


「……領主様あれ受けて無傷だったのかよ……そっちはそっちでありえねぇ……」


「二人が暴れたら町が消えちゃいそうだよね」


 レティの言葉に皆が笑い出すが実際問題笑えぬ冗談、惨状をイメージしたラスティが乾いた笑いを漏らす。


「んにしてもそんなに金が欲しかったなら何で砂地竜共の素材取ってこなかったんだ? あれだけで一財産になったろ?」


「まーくんが手加減無しでやらかしたお陰で女王は跡形も無くなっちゃったし、その他の砂地竜も砂の下に沈んじゃいましたよ、ってかあれから剥ぎ取りするのは流石に……」


 ラスティが自らの肩を抱き震える仕草を見せる、どうやらよほどワームが苦手らしい。


「攻殻は武器や防具の材料、体液は薬品、肉は食用、砂地竜に捨てるもの無しだぞ? 今回狩った分で当分は食料や加工品にも困らねぇからなぁ」


「はぁ……そうは言いますけどねぇ……。……? 今なんて言いました?」


「? 砂地竜に捨てるもの無し?」


「い……いや……その、聞き間違えじゃなければ……しょ……食用? ……って……」


 ラスティの心臓が早鐘を打ち、その表情から色が消え失せ只でさえ白い肌が透けそうな程になる。俗に一流を冠する者は常に『最悪』を想定し、それに合わせて動くという。この時、一流たるラスティの脳裏によぎった『最悪』は……。


「? 何を今更、この町名物の串焼き、その皿に山盛りになってんのは砂地竜の肉だぞ?」


「へ~、あの複雑な筋繊維だから独特の歯ごたえがあるんだね~、ねぇラスティ、ここを発つ時には少し買い込んでいこ……ラスティ?」


「……? ラスティさん? っっ!? き、気絶してる!?」


「なんだ? 酒が回っちまったのか? か~っ! だらしねぇなぁ!」


 ガルドレイク領の宴の夜は更けてゆく、皆笑い、喜び、大いに楽しんだ。……只一人のエルフを除いて。

多忙のためしばらく更新をお休み致します(´・ω・`)

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