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降り積もる砂

 サラサラサラサラザアザアザアザア、止めどなく降り注ぐ砂が辺りに降り積もる。


「……ねぇ、駄目だよねぇ、トーヤ? ねぇトーヤ? さっき大丈夫って……言ったよね? 言ったよね? 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! ねぇ! 一緒に帰ろうよ! 返してよ! トーヤを返してよ!!」


 のろのろと担ぎ上げた杖を二度、三度と打ち付ける、ぽす……ぽすと力無い音が響き、砂をはねる音を立てて倒れる杖にボタボタと透明な粘液が降り注ぐ。


「あ……あぁ……」


 見上げる先には鎌首をもたげ巨大な牙を並べた大顎……奈落のような闇をたたえたそれを見上げ、レティが力無くその場にへたり込む。


 一人だけ助かるよりはいっそ……


 そんな思いが脳裏をよぎり、身じろぎすることも、声を上げることも無くただぼんやりと頭上に迫る牙を眺める。いっそ……このまま一緒に……。全身から力を抜き、なされるままに身を委ねたその時、流れ落ちた涙と共に掠れた声が喉から漏れ出た。


「……誰か……助けて……」


 視界が闇に閉ざされ、周囲からギチギチと牙の鳴る音が聞こえる。


 怖い、だけど……トーヤと一緒なら……せめてあんまり痛くなければいいなぁ……。


 霞がかった意識の中、愛しい人に思いを馳せる……。次の瞬間、金床を殴打したような音と共に視界が再び光に包まれる。


「……へっ?」


 何が起きたのか分からなかった、自分は既に死んでいるのではないだろうかと思った。だって、こんな都合の良い展開、小説の中でしかありえないようなものだもの。


「まーくん! こっちは大丈夫! そっち潰さないように気を付けて!」


「加減が難しいけど……せぇのぉ!!」


 マルスにカチ上げられた頭を振り回し、意識を保とうとする砂地竜の無防備な腹に追撃の中段突きが深々と突き刺さる、くの字に歪めた胴の蠕動(ぜんどう)に合わせ大量の粘液と共に何かが吐き出された。


「っし! 出たっ!」


「っ!!」


 吐き出された()()を見てガッツポーズを決めるマルスを尻目に、落下してくるトーヤをヴィルに乗ったラスティが間一髪受け止める。


「っとと……まーくん! 受け止めるまでやってひと仕事ですよ! ……よし! 脈はありますね、お~い、トーヤさん?  生きてますか~?」


「キュルル?」


「ゲホッ! ゴホッ……うぇっ……う……あ? な、なに……ここ……あの世……?」


「トーヤ! もう! もう! 心配したんだから! もう駄目かと思ったんだから!」


「おぅ……レティ……無事でよかった……怪我……無いか?」


 泣きじゃくるレティの頭を撫で微笑むトーヤ、涙を拭うのを止め、呆気に取られたようにトーヤを見つめるレティが一転怒りの表情でポカポカとトーヤの胸を叩き出す。


「あだっ! 痛っ!? ちょっ……レティ! 痛っ……マジで……痛い!」


「いっつも! いっつも! 私はいいから自分の心配しなさいよこの馬鹿! 私がどんだけ! どんだけ! ひぐっ……えぐっ……」


「レティちゃん待った待った、多分肋骨折れてるからあんま叩いちゃ駄目ですよ」


「ふぇ? あ……と、トーヤごめん!」


 慌てて飛び退くレティと入れ替わりにラスティが痛みに呻くトーヤを診察する、どうやら呑み込まれた際の締め付けで全身骨折だらけ、恐らく内臓にもダメージが……。


「ぬぬぬ……結構危ない状態ですね……」


「ラスティさん! どうにかならないんですか!?」


「ふふん、このパーフェクトメイドラスティちゃんに不可能はなかなか無いのですよん『完癒(エクスヒール)!』」


 トーヤの全身が光に包まれ、苦痛に歪んだ表情が見る間に緩み安らいでゆく。完癒(エクスヒール)、高位の神官や聖女が使用したという上級治癒魔法、レティは目の前で起きていることが信じられないといった様子で唯々呆然としている。

 もしや自分の目の前にいるメイド姿のこの人は伝説に語られる聖女? 私はもしや伝説に残るような何かを見せられているのではないだろうか……?

 ……ラスティの治癒魔法の異常な上達がフリード流筋力育成法による常時回復の副産物であると知らぬ者には、そう映るのも仕方ないことである。


「まーくん? そっちは終わりましたか?」


「終わったよ~、もうちょい大きいかと思ったら案外小さいんだね」


 小さい……通常の倍以上の大きさの砂地竜を小さいと……? 呆気に取られるトーヤとレティだが、なるほど、マルスの足下で輪切りになっている砂地竜を見る限り彼にとっては物足りない相手であったのだろう。


「はぁ……マルスが規格外なのは分かるけどあんだけ苦戦した相手よりもでっかいのをこうも簡単にやられるとなぁ……」


「ねぇ……」


「二人ともあれは見ちゃ駄目な類いのやつですよ、お二人が普通、いや、才能ある若者ならあれは脳みそまで筋肉の化け物です」


「も~、ラスティったら褒めすぎだよ~」


「……私今褒めましたかね?」


 二人でいつものやり取りを楽しむ中、マルスが何かに気付き、うきうきと落ち着き無い様子で地面を観察している。


「来てるね……だけどなんで上がって来ないんだろ?」


「うわっ……うじゃうじゃと気持ち悪い……。餌があれば一直線に上がってくるもんですけどねぇ……ってかもしかして?」


 何かに気付いた様子のラスティにまじまじと見つめられ、顔を真っ赤にしたトーヤが必死に目線を逸らし不機嫌顔のレティと目を合わせる。


「なっ……なに? 俺がどうかしたの?」


「この粘液ってかよだれってか胃液? のせいですね、砂地竜とかみたいに地中から獲物を狙う生き物は匂いとかその他の五感が敏感なんです、多分こういった吐き出した体液に警戒を促す成分が含まれてるのかもですね、そういうのを気にしないほどでかいのは別ですが通常サイズのは……」


「いや、それで近付いてこないならいいんじゃ……」


 怪訝そうな表情で尋ねるトーヤにラスティが人差し指を翳しチッチッと振る。


「今回私達が受けた依頼はお二人の救出と産卵期を迎えて活性化した砂地竜の討伐です、さっきの一匹だけじゃとてもじゃないけど仕事をしたとは……」


「それにタウラスさんとどっちが沢山狩れるか競争してるしね!」


「……とまあ、そういう事です」


 言われた内容が耳から入って頭で渋滞を起こしている。砂地竜の産卵期? 大暴走(スタンピード)並の危険があるってあれ? それにタウラスって言うとギルマスってか領主様? なんか気安い感じで名前呼んでるけどお知り合いなのかしら?

 脳内がぐるぐるかき回され混乱しているがとりあえずここが危険なのは分かる、だがどうしようもこうしようもマルス達の側から離れるのが一番危険なのもよく分かる。


「とりあえずお二人の身の安全は私が保証しますよ……(まぁ……まーくんの攻撃に巻き込まれなければですが)」


 何だか不吉な言葉が小声で聞こえた気はするがここから逃げてさっきのような巨大砂地竜に襲われてはひとたまりも無い、ここは大人しく従うのが吉であろう。


「でも……俺の体に付いた匂いであいつら出てこないんだろ? ならどうやって……」


「出てこないなら出しちゃえばいい……? ってことでぇ!」


「ちょっ! まーくん!? 待っ……!!」


 マルスが大きく右足を上げるのを見、ラスティが出した合図に合わせヴィルがトーヤ達二人を咥えて跳躍する。と、同時に踏みこむマルスの足が砂海に波紋を立て、地鳴りと共に突き上がった衝撃が地中に潜んでいた砂地竜達を宙に跳ね上げる。


「ラスティ、よろしく!」


「うわぁ……うわぁ……あんなのがこんなに足下に居たんです? ぶるる……あ~もう! やるならやるって先に言って下さいよ! 『氷結槍(フリージングスピア)!』」


 宙空をのた打つ大量の砂地竜にラスティが自らの肩を抱き怖気を震う、だがそうもしては居られない、見たくもないし意識したくもないがあいつらがまた砂に潜っては厄介極まりない。

 渋々といった様子で翳した杖が冷気を放ち、半径数百メートルを一面の銀世界へ変え、そして氷の大地から突き上がった無数の槍が次々に砂地竜を串刺しにしてゆく。


「あ~……もう嫌……。はぁ……咄嗟でしたから駆除しちゃいましたけどノークレームでお願いしますよ?」


「オーケー、大丈夫、だから()()()は僕が貰うよ?」


「ふぬ? こっち……? うぇ!? な、なんですかこの馬鹿でかい気配は!? ちょっ! 二人とも逃げますよ!!」


 マルスの言葉に首を傾げたラスティが魔力感知にかかる巨大な存在に顔を青ざめさせ、即座にヴィルに飛び乗りトーヤとレティを連れて離脱する。


「キュキュッ! クルルルル!」


「うわっ!」


「ちょっ……ラスティさん!? どうしたんです?」


「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい! 来ますよ!!」


 地の底から響く地鳴りに氷が砕け砂が浮き上がり舞い飛ぶ程の地響き。マルスが瞳を輝かせるその眼前で風呂の栓でも抜いたかのようにザアザアと激しい音を立て砂海が渦を巻き呑み込まれてゆく。

 一瞬の静寂、そして一際激しい地鳴りと地響き。それらを供に現れたのは天を衝く程の威容……まるでそこに突如城が生えたかのような巨体を震わせ、(はらわた)を揺るがす巨大な叫び声を上げる。


『グゴオオオオォォォォォオオオ!!』


「っっっ! っなっ!? 何ですかあれぇ!」


「でっっ! 俺らが倒したのの何十倍あんだあれ!」


「ったく! なんでじーさんの方じゃなくこっちに来るんですか!!」


 砂地竜女王(サンドワームクイーン)、砂地竜の母にして支配者。古来より伝説と語られ神格化すらされたそれが……その目で、その耳で、その鼻で、しっかりとマルスを捉えていた……。


「さぁ……()ろう!!」

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