閑話:初めてのギルド
時は少し遡り、トーヤとレティに会う前の二人と一匹が訪れたのはアスガル王国ガルドレイク領の領都。交易の玄関口でもあり、拳神タウラスの庇護を受けるこの町は今日も沢山の人と物が行き交いとても賑やかだ、そんな町の冒険者組合支部に訪れた二人と一匹……。
「は~、大きい町だねぇ……マスクル領に引けを取ってないね」
「私としてはあっちの方が芸術的にも優れてていいと思いますけどね……まぁ食事が美味しいのは認めますけど」
串焼きを頬張りながらギルドの玄関を見上げるマルス、ラスティ、ヴィル、確かに町の規模としては互角、だがこちらは建築様式も人々もどこか武骨……というか野性味溢れるというか……。だが荒々しい中にも感じる優しさや人情味という部分はどこか領主であるタウラスを思い起こさせる。良くも悪くもここが拳神タウラスの治める町というのがその雰囲気から感じ取ることが出来る。
「さて、それじゃ早速ギルドに登録しますか、システムは分かってますよね?」
「あっちにもあったしね、登録は出来なかったけど……確かランクシステムで下はFから上はA、名誉階級でS、SSランクがあって依頼を受ける事が出来るのは階級より一つ上の依頼まで」
「そうです、そして新規登録はもれなくFランクから……う~ん、拳神に勝ったんだから最初からSでも良くないですかね? これ」
眉間に皺を寄せ不満げにするラスティにマルスが苦苦しい笑顔を浮かべつつギルドの扉をくぐる。
「ははは、ズルはよくないよ、それにあれを勝ったって言うのはねぇ……いつか必ず再戦して決着つけなきゃ……!」
「……頼みますから町中はやめて下さいよ? あんな戦い町中でされたら大惨事ですからね?」
大丈夫大丈夫とマルスは笑うがそういった点においてラスティはマルスを全く信用していない。スイッチが一度入れば周りが見えなくなるのは彼の兄弟達と一緒、きっと焦土と化した町を背に『あちゃ~……やっちゃった……』などとまたあの可愛い笑顔で曰うのだ、何度あの笑顔にほだされ後始末をしたことか……例え笑顔が可愛くても許してはならない、ならないったらならない!
「すいませ~ん、新規での登録をしたいんですが」
マルスの声掛けに眼鏡をかけた黒髪の美しい女性が目を通していた書類から顔を上げる。マルス達の身なりを観察するように視線を動かし、そして慣れた手付きで書類棚から書類を数枚カウンターに置く。
「ようこそ、冒険者組合ガルドレイク支部へ、新規登録でしたらこちらの書類に必要事項のご記入を、あと……そちらの子は従魔ですかね? 従魔をお連れの場合はそちらの登録もお願い致します」
笑顔で渡された書類に目を通しスラスラと書き込むマルスを見て受付嬢は心の中で溜息をつく。
どうやらメイド連れに整った身なりを見る限りこの少年は貴族か商家のボンボンといった風体、恐らくまた『拳神』の逸話に憧れたお坊ちゃまの我が儘といった所であろう。
……仕事である以上文句は無い、だが中途半端な人間に依頼を失敗されて方々に頭を下げるのはこちらの仕事だ、その上『拳神』の逸話が呼び寄せるのはこういった手合いだけではなく……。
「おう、兄ちゃんなんだ? 今日が初めてのお使いってか? べっぴんさん連れて良いご身分だなぁおい?」
書類を書くマルスの肩を掴んだのはいかにも山賊崩れと言った様子の粗野な男、酒臭い息を吐きながらマルスの顔を覗き込む。
「おい? 聞いてんのか? ガキ!!」
男の態度に視線だけで人を殺せそうな表情のラスティとギルド内に大魔法の術式を構築しているヴィル、そんな一人と一匹に大丈夫といった感じに目配せをしマルスが男に向き直る。
「聞いてますよ、僕が登録するのに何か問題でも?」
「あるに決まってんだろうが! てめーみてーな道楽のボンボンに依頼を荒らされたら同じギルドに登録してるこっちの沽券に関わるんだよ!」
「ちょっと待って下さい! ギルド内での揉め事は困ります!」
まぁ、男の言い分もギルド側からすると理解できる、だがこういった粗暴な振る舞いをする人間もこちら側からしてみれば厄介極まりない。それに少年に絡んでいるこの男自身も最近他国から流れてきた流れ者、沽券云々と絡むほどギルドに根付いている訳でもない。
……それにしてもギルドの主要戦力が出払っている時にこのような……もしも少年が有力貴族の御曹司だったりした場合自分に責が及ぶ可能性も……。
「なんだそのすかした面は? てめぇ俺の事嘗めてんな? 表に出ろや! ちっと揉んでやんよ!」
「……いいんです? 相手してもらって?」
「いいからこいや!」
「わ~、冒険者さんの生の実力を体験出来るんですね! ありがたい!」
何やら会話が噛み合ってないような? 会話の異様な温度差にポカンとしていた受付嬢が扉の閉まる音ではたと気付く。まずい! マスターが居ない今これを見逃して問題になったら全責任は私に!
誰か……手伝いを……と見回すも他の受付嬢達は露骨に目を逸らし業務を続行、男性職員達もいつの間にか奥に引っ込んでしまっている。誰かを巻きこみたいが事は一刻を争う、慌てふためき外へ出た受付嬢が見たのは……
「それじゃぁ……戦ろうか!」
「ぐべっ!?」
……構えを取ったマルスの圧力でクレーター状にへこんだ地面とその場に潰れた蛙のようになっている山賊崩れ……。
「は……? へっ?」
「……? あ、あの……まだ構えただけですけど? あっ! そういう構えですね! 『跳〇地背拳』的な?」
「いや、まーくん、こいつ気を失ってますよ? ってかまだ国を出るときに会った刺客達のが歯ごたえありましたね……」
「えっと……あの~?」
「あっ、書類に不備無かったです? だったら早速依頼を受けたいんですけど……これ、薬草採取!」
満面の笑みで渡された依頼書を受け取り、しどろもどろになりつつ受付処理を行う、『ありがとう』と礼をいい手を振り去っていく少年達を見送り、ギルドの隅に転がされた山賊崩れを見て溜息一つ。
なるほどあの少年はただのボンボンではないらしい、仮にもDランクの冒険者を歯牙にもかけずに一蹴したのだ、実力に問題は無いのだろう。
……だが……あの少年を見ていると見慣れた誰かさんの存在が重なってならない……。受付嬢は思い起こしたその人物の顔に軽い頭痛を覚え、眉間を押さえて何も問題が起きないことをただただ祈るのだった。




