魔将ネクロス
レティの叫び虚しくリッチを捉えた筈のマルスの拳が空を切り、その勢いのままに剣山の如き鍾乳石の只中に落下する。そこに雨あられと降り注ぐは闇色の魔弾……思わず目を閉じたレティが恐る恐る目を開け……。
「ひっ!?」
『ククク……何やら気配がすると思いきやこんな所にもネズミがおったか……。供物は多ければ多い程よい、どれ……』
瞬きをするほどの一瞬の時間、なぜ、なにと考える間もなく眼前に突然現れた形を持った死を、その身が、心が、魂が受け入れようとしたその時、暖かな光の壁がレティに迫る魔手をはじき返す。
『ふむ、結界か……相当な術師かと見受けるが……、だが若いな、結界一つにしても練度が足りぬ。宝の持ち腐れだ』
「若いってのは女子には誉め言葉ですよ! てか、あなたただのリッチじゃないですねぇ? 一体何者ですか!」
ラスティの質問に実体の無い顔が愉快そうに歪む、力ある者の余裕か、死する者への手向けか、混沌を宿す眼窩の焰が絶望を糧に燃え上がる。
『よかろう、我が名は老獪なる死王ネクロス! 魔界の副王にして魔四天が一柱! 光栄に思うがいい、貴様らも我が不死の軍勢の末端に加えてやろう!』
ネクロスが掲げた杖が闇色の靄を吐き出し、意志持つ靄が宙空に魔法陣を描き出す。不味い、今この場で増援を呼ばれては二人を護りきれない可能性がある、そもエルダーリッチなどを相手に自分の力がどれ程通用するものか……せめて足手まといにだけは……!
『目覚めよ! 我が愛し子にして闇の眷属共よ! 新たな贄を糧としこの地に地獄を顕現せん!』
空気が重い、息が苦しい、周囲に満ちる魔素と重圧……一体何が喚び出されるのか、果たしてどのような惨たらしい最期を自分達は迎えるのか……。絶望した表情のトーヤとレティの目の前に降り注いだのは大量の骨、骨、骨……。
『……??』
「……? あれ? これ……さっきの……?」
呆然とするネクロスの周囲に積もり続ける砕けた骨、カサカサカラカラと乾いた音を立て最期の一辺が降り落ちた後、一匹の子犬のスケルトンが閉じかけた召喚陣から落下し、骨の山の上で小首をかしげる。
『んなっ……っっ!?!? な、何が起きた! 我が子らは!? 我が不死の軍団が何故このような事に!!』
「あの~、こっち、まだ途中だからちゃんと続き戦ろう?」
突然背後から話し掛けられ弾かれたように向き直るネクロス、何故!? どうして?? こやつは先程死んだはず!! あれ程の魔弾を浴びて無事なはずは……!?
いくら思考を重ね思索を巡らせようとも正解には辿り着かない。だが相手が生きてそこに居る、それだけは事実、いずれにせよこの子供に霊体を攻撃する術は無いと見た、ならば我の勝利は……。
『どのようにして生き残ったかは知らぬが運のいい奴よ! 貴様は念入りに磨り潰して殺してやろう!!』
「あ~、お怒りねぇ……」
「何か霊体を攻撃する方法は無いんですか?」
「う~ん……霊体は神の加護に弱いから聖騎士の力を使えば……」
「それってこれ?」
「うん、それ」
マルスが浮き上がらせた右拳の魔法文字を見てトーヤとレティばかりかネクロスをもあんぐりと口を開けて静止する。聖騎士? 何で? こんな子供が? 有り得ない!
『んなっ……! 貴様は一体……!』
「良かった! ならそいつでバーンと……」
「でもこれ使ったら面白くないなぁ……」
「「『へっ?』」」
皆が唖然とする中、マルスが手の甲に浮いた紋様を消し、ラスティがやっぱりとばかりに大きなため息をつく。
『きっ……貴様ああぁぁぁあ!! 我を愚弄するかああぁぁぁあ!!』
「嘗めてる訳でも侮ってる訳でもないよ、ただ、楽しいか楽しくないかだけ! さぁ! 戦ろう!!」
激昂するネクロスの猛攻を苦も無く捌くマルス、絵面としてはマルスの圧倒的優勢、だが攻撃を当てる術が無い以上このままでは時間と共に消耗してゆくだけである。
「らっ……ラスティさん! 早くあの聖騎士の紋章でどわ~って倒して貰いましょうよ! このままだと……」
「いや……まーくんこうなると頑固だからなぁ……それに多分そんな力ここで使ったら崩落する可能性が……」
「それだきゃあ勘弁だな、ならなんか他に倒す方法は無いのかよ?」
トーヤの問いにラスティが思案を巡らせる、死霊は実体を持たない、故に物理的な攻撃は効果が無い。魔法ならばダメージは与えられるだろうがこれ程までに高位の死霊に効果があるかは怪しいところ……。
そもそも自分の魔法では倒す事は叶わないしマルスが勝負の際に魔法を使うとは到底思えない、自分が魔法で気を引けばこのダンジョンから逃げる事は出来そうだが……勝負に横槍なんか入れよう物ならマルスに嫌われてしまう、それだけは避けたい!
……やはりベストはマルスが消耗しきるまで待って華麗に割って入り助ける、マルスは文句を言うだろうがそこはきちんとお説教をしてお姉さんムーブをかまし、その上でマルスとの仲も親密さを増し……よし! いける!
「ラスティさん? なんでニヤけてるの!? 何かいい手があるの!?」
「ふぇっ? あ、あぁ、う~ん……あるとすれば精神攻撃? 霊は精神体だから死を誤認させるレベルの一撃なら……」
「あんな化け物に死んだって思わせる? 流石に現実的じゃないだろ……」
トーヤの指摘も無理も無い、ネクロスの名乗りが事実なのだとしたらまさしく伝説の存在、遙か昔の人界魔界の戦争の際から存在する最古の死霊……死を何者よりも近くに置き、数えきれぬ魂を刈り取ってきた死神。それに死を知覚させる? 一体どうやって……。




