追跡
「多分ここだなぁ……」
ダンジョン内に不自然に空いた横穴、ぽっかりと口を開ける先の見えない暗闇にレティが光球の光を当てる。
「うぅ……不気味……ってきゃあっ! な、なんですかこの血痕!」
「うわっ! なんか潰れた……ってか磨り潰したみたいな……なんだこれ、何が居るんだよ……」
横穴の周囲を囲うように紫色の縁取りがされており、瓦礫がそこかしこに散らばっている、どうやら何か大きな力で穴が開けられたようだが……。凄惨な光景に事情の察しが付いたラスティが慌てて場を取り繕う。
「……ま、まぁ見た感じまーくんの血液じゃなさそうなんで、とりあえず中に進みますか!」
「出来ればあの穴を開けた主に会いたくはないな……」
「そうねぇ、出会ったら生きて帰る自信ない……」
今探してるのが正にその穴を開けた張本人……とは言えず曖昧に笑うラスティ。もしこの洞窟が文化財的な物だったら? もしここから危険な生物が溢れ出したら? マルスがその原因である以上無視するわけにはいかないのが現状、全く何でこうも次から次へと問題が起きるのか……ってか本当に文化財的なサムシングだった場合借金が……。
「そういえば探してるマルスくんですっけ? どんな子なんですか?」
「えっ? あぁ……なんて言うか……変わり者っていうか脳筋っていうか……。鍛える事以外興味の無いというか……、ほっとけないんですよね(放置したら危険過ぎるし)」
「なんか凄い奴なんだな……俺らも十五だっけ? そいつ、そいつくらいの頃に冒険者になったからなぁ、無茶もしたけど懐かしいな」
「トーヤが突撃猪に撥ね飛ばされたりね」
「あっ……あれはお前が追っかけられてたからだろ!? ってか無事だっつってんのに『トーヤぁ~死なないで~』ってベソかいてたのは誰だよ!」
「ぐぬぬ……あれはねぇ!」
「しっ! ちょっと待って!」
今にもトーヤとレティがつかみ合いを始めんとしたその時、ラスティが二人を手で制し通路の先を指差す。指された先の空間はそれなりの広さがありそうだが異様な雰囲気に包まれ、踏み出そうとする足が震えに憑かれる。
空間を満たすそれは死臭、死の匂い、冒険者として生きていく以上避け得ぬ嗅ぎ慣れた香り……。だがこの濃密さは……。
「少し……照らしてみますね……ひっ!!」
「うわっ!」
広々とした空間を埋め尽くしていたのは夥しい数の骨、骨、骨。所々犬や大型の魔獣の骨も見受けられるがほぼその全てが人骨、一体何がどうなっているのか……昔調査に潜った古の墓所でもこれ程大量の人骨は安置されてなかったはずだ。
「どういうこと……? も、もしかしてここに潜った冒険者とか!?」
「いや……それだと行方不明とかの捜索願いの依頼がもっとあるはずだろ? それにどれもこれも砕けちまってる、なんか固いもんで殴ったみたいだな……」
「う~ん……ちょっとこれを見て下さい」
ラスティに促されその手に持った骨を二人が覗き込む、と、ラスティが軽く握ったそれがカサリと乾いた音を立てて崩れ去る。
「随分古い骨なんですね……ならこの骨は昔の物? な~んだ、吃驚したぁ」
「全く、なんかヤバいのが居るのかと思うじゃねーか」
「いや、ヤバいですよこれ」
新たに骨をつまみ上げ手招きするラスティの手元を二人が改めて覗き込む、ラスティが胸元から杖を取り出し骨に向かい魔力を込める。すると……。
「何だ? 黒い……もや?」
「これは……闇魔法の痕跡……!!」
「ですです、詰まるところこの骨は全部動く骨の残骸、しかも魔力がある程度のこってる辺りさっきまで動いてたみたいですね」
「でっ! でもこんな数の骨をどうやって!」
「そこがヤバいとこですね~、こんだけの数を一度に操るのは生者じゃまず無理、なんで死霊術師じゃないです。となると死王……いや、この感じだと偉大なる死王が居るかもしれませんね……」
死王の単語に二人の顔が蒼白になる、リッチと言えば一体で町を滅ぼすと言われる死霊系の魔物の最上位種、それどころかその更に上位種のアークリッチ? そんなおとぎ話でしか聞いたことの無い存在が自分達の手に負える訳がない!
「どっ、どうしよう! 早くまーくんだっけ? その子探して脱出しないと!」
「アークリッチなんてもんに出くわしたらその時点で終わりだ! 頼むから無事で居てくれよ……さっさと行くぞ!」
絶対に敵わぬ強敵の存在を確認し、尚救助を諦めない二人を見てラスティが微笑むと同時に罪悪感に襲われる。魔力感知を続けている彼女には分かるのだ、マルスが一直線にそのリッチらしき者の居る部屋に向かっている事も、そしてもうすぐ辿り着く事も……。
(とりあえずまーくん止まらないだろうし二人の安全確保を私がすればいいですかね……)
きっとここから引き返せと言っても彼等は聞かないだろう、帰したとて帰り道で何かに襲われてしまっても後味が悪い、ならばいっそ連れて行ってマルスの戦闘を見学しているのが一番安全ではなかろうか。……戦闘の影響でダンジョンが崩れない限りは……だが……。




