洞窟と獣の尻
「はぁ~……すっげぇ……」
「あわわわわ……な、なんですかそれ……?」
呆然とするトーヤとレティの前には巨大な黒蛇が横たわっている。ダンジョンへの案内の道すがら突然ラスティが樹上に跳び上がったかと思いきや、入れ替わるように地面に落ちてきたのだ。
「危ない危ない、こっちを狙ってるみたいでしたからね~、ここの森は意外と面倒な魔物が多いですね」
「いや、面倒って……これ……」
レティが青くなるのも無理は無い、黒蛇と言えば森の中でも地竜や黒羆と同等と言われる程の強敵、通常複数パーティーで囲んで討伐する難敵である。それを易々と事も無げに……。
「ラスティさんって本当にFなんですか?」
「へっ? Gだけど?」
黒蛇の脊柱に突き立ったナイフを抜くラスティの胸元がゆさりと揺れる、一瞬何を言われたか分からないレティだったが、理解に至ったのか手をバタつかせながら顔を真っ赤に染める。
「胸じゃなくて冒険者ランクです! Fランクで黒蛇を軽く倒しちゃうとか有り得ないですよ……」
「レティはそっちだけならAランクだからな! ハハハ……ゴフッ!?」
「やかましい!」
後頭部を杖で殴られ昏倒するトーヤを受け止めつつラスティは考える、お忍びでの旅行である以上身分や実情は明かせない、ならば穏便に誤魔化すには……。
「ちょっと事情があって里を飛び出しちゃって……この国に来たのも冒険者登録をしたのもつい最近で~、いやはや二人で旅するのも知らない事ばっかりで困った困った」
「二人っきりで旅ですかぁ、同行者さんもやっぱりエルフさんなんです?」
「いや、人族の男の子ですよ?」
「事情……出奔……人族の男の子……二人きり……」
レティの中で点と点が線を結び、斜め上の理論が像を結ぶ。これは……あれだ! 最近流行の恋愛小説で読んだ! 異種族間のみちならぬ恋! 里の長の怒りを買い、監禁拘束された姫を助ける一人の騎士、里を捨て愛する騎士の胸に飛び込み逃避行……もう、二人を邪魔する者は何も居ない!!
「お~い? もしも~し? レティ? 駄目だ……完全にトリップしてら……」
「?? 私何か変なこと言いましたかねぇ? それにしてもお二人はダンジョン探索でしたっけ? 普通だともっと大人数かベテランのお仕事だと思いますが……」
「まぁ定期巡回みたいなもんだしそこまで危険じゃないからな、それに国境の砦が半壊したとかで人をあっちに取られちゃったみたいでさ? 一体何があったのかは知んないけど一時はグランヘリオスと戦争が始まったか? って大騒ぎ、何が起きたか知らないけど迷惑な話だよなぁ」
「はへっ? へ……へぇ~、何があったんでしょうねぇ……イヤハヤタイヘンダタイヘンダ」
急に挙動が怪しくなったラスティを訝しむも今はレティを起こして先を急がねばならない、目指すダンジョンはもうすぐそこ……そこ?
「何だ……? あれ……獣の……尻?」
「あっ! ちょっ、ラスティさん危ないです!」
見れば洞窟の入口を塞ぐように巨大な尻が突き出している、この大きさ、この毛色、まさか大羆? 凶暴さでは比肩する者の居ない森の暴君、そんな奴の怒りに触れたら……。
慌てる二人を尻目に疾走するラスティ、刺激してくれるな……と祈る眼前でラスティが予想外の行動に出る。
「ヴィル~! こんなとこに居たんですね! なにしてんですか~!」
「はっ?」
「あれ?」
呆気にとられる二人の前でラスティが抱き付いた尻がモゾモゾと動き、洞窟の中からのそりと顔を出したヴィルが頭を振って顔に付いた泥を撥ね飛ばす。
「わわっ! か、可愛い~~!」
「な、なんだよ、ビビらせやがって……従魔だったのかよ……でかい獣連れてるってでかすぎんだろ……」
「ヴィル~! まーくんはどこ行ったの? もしかして洞窟の中? あ~……置いてけぼり食らっちゃったのかぁ……」
どうやらヴィルの身ぶりを見る限りマルスは洞窟の中を探検中、入れなかったヴィルは留守番を言いつけられ納得いかず入口を掘って追おうとしたようだ。
「ふ~む、ここなら感知は届きますね……ぬぬ? 地下五階層ってとこですか……」
地下五階層と聞いてトーヤとレティが顔を見合わせ、不審な気配にラスティが首をかしげ二人に尋ねる。
「どうしたんですか?」
「いや、その、五階層っていうのは本当ですか?」
「というと?」
「いや、ここのダンジョンは三階層しか無いんだよ、今までに脇道や縦穴も見付かってない、だから五階層なんて……」
トーヤとレティが不安そうな表情で顔を見合わせる、この局面でダンジョンに異変が起き、その中で異変の中に渦中の少年……。事は一刻を争うが果たして自分達の手に負えるものか……一度ギルドに戻り増援の手配を? いや、それじゃ間に合わない可能性が……。
「それじゃ私は迎えに行きますね、案内してくれてありがとうございました」
事も無げにダンジョンに向かって踏み出すラスティを慌てて二人が引き留める。
「はえっ? ら、ラスティさん一人で行っちゃうんですか!?」
「いや、未探索の階層で一人とか危ないだろよ!」
「う~ん……でもまあ何とかなるでしょ? 二人はギルドに帰ってマスターに詳細報告をお願いしますよ、私は大丈夫ですから」
あっけらかんと笑うラスティ、だがいくら強いと言っても未探索のダンジョンに一人放り出して行っては危険が過ぎる、黙って行かすは冒険者の名折れ……。トーヤとレティが視線を合わせて同時にうなずく。
「俺達も行くよ!」
「えっ? でも……」
「報告は後でいいんです! まずは全員で生還してからそれから報告しましょ?」
よく見ればレティの杖を握る手は小刻みに震えている、精一杯の勇気を振り絞っての言葉、虚勢と言ってもいいがそれは些か失礼か……。
なんにせよ彼等がとても好感の持てる勇気ある若者であるのは確か、ならばその申し出を断るは失礼に値する。ラスティは微笑み、二人に向かい深々と頭を下げたのだった。




