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破城

「はぁ……止めたいけど……ありゃ完全にスイッチ入っちゃってるな、ってかうわぁ……えっぐぃ、どうなってんのよあの二人」


 超至近距離、互いに命を刈り取れる距離に足を止めての殴り合い。一撃毎に金床を割り砕くような音と共に血飛沫が舞い飛ぶ、踏み締めた足が岩盤を砕き、一撃、また一撃と威力を増す打撃に徐々に二人の口角が引き上がる。


「はっはぁ! 楽しいなぁおい!」


「ふっ……ふふ……ふははははは! えぇ! えぇ! 楽しい! もっと! もっとだ! もっと楽しもう(殴り合おう)!!」


 笑い声を上げながら殴る、殴る、殴る、ひたすらに殴り合う、明らかに正気ではない狂気の宴。だが、ラスティは見たことが無かった、こんなに活き活きしたマルスを、こんなに楽しそうなマルスを。

 己の全力をぶつけて壊れず、こちらを壊すほどの反撃を繰り出してくる、初めて出会う真正面から全てをぶつけ合える()()の相手、交わす拳は魂を叩き、浮かぶ痛痒に感じるは恋慕にも似た愛おしさ。それは永遠を一瞬に閉じこめる至福の時間……。


「ガハハッ! 若ぇ奴はタフだなぁ! これだから堪んねぇ!」


「凄い! 強い! 素晴らしい! 今日は良い日だ! 最っ高だっ!!」


 返り血と流血に塗れ戦う二人はさながら地獄の悪鬼と見紛わんばかり……だがこの時こそ、この瞬間こそ彼等の渇望する時間、彼等が飢え求める時間……だからこそ、マルスは不満だった、憤っていた、タウラスが隠すその力を感じ取れたが故に……。


「あなたは強い! だけど隠してる! そういうのは無しにしてくれ! ……僕は……僕は! もっと! もっと本気で! 全力で()りあいたいんだ!」


 血反吐を撒き散らしながらまるで思い人に想いを伝えるかのような懇願、瞳に映るは愛しさ、切なさ、そして狂気。叫ぶマルスに重なる面影はかつて引き分けた愛しい怨敵……。


「ガハハハハ! そういうとこまであいつにそっくりか! いいだろう! こいつをタイマン張る時に使うなぁお前ぇで三人目だ! 後悔すんなよ!」


 空気が鉛のように重く肩にのし掛かる、重力に囚われた隕石のようにタウラスの構えた拳に体が吸い寄せられる感覚。周囲に集う力が、大気が、その拳に向かい凝縮され、内外から共鳴する魔力が地鳴りの様な音を立てる。


「っ……そうか……あの人魔力が無いんじゃない……()()()()()()()()んだ……」


 ラスティが気付いた恐ろしい、いや、信じられない事実。通常であれば魔力は自然に体外に漏れ出すもの、稀に放出が出来ない者も居るが大部分は幼少時に魔力孔を開く施術を行い、間に合わなかった者は行き場を失った魔力に体を蝕まれ息絶える。

 だがこの男はどうだろうか? ラスティの目をもってしてもその肉体に一切の魔力の放出が確認出来ない、体内に魔力を溜め込み続けている? この年齢になるまで? そんな馬鹿げた話があろうか? 一体どれ程の魔力を内包し、それを抑え続けているのか……もし事実であれば今この瞬間にも体が爆裂四散してもおかしくない!


「さぁ! 死ぬんじゃねぇぞぉ!!」


 音が消える、景色から色が失せる、周囲を包む重圧(プレッシャー)に耐えられなかった兵達がその場にバタバタと倒れ伏す。背筋が凍るような殺気が辺りを満たした瞬間、突き出されたタウラスの右拳が光を放った。


『破城』


 先ずは光、遅れて衝撃波、空間が悲鳴のような音を立てて裂ける中、瓦礫混じりの砂塵がそれらを追いかけ疾走する。


「……砦を吹き飛ばす位の威力はあんだがなぁ」


 砂塵が晴れるその先に光を宿した瞳が、大地に根付く両脚が、満身の力を込め構えられた右拳が露わになる。いや、砂塵が晴れていっているのではない……? 引き寄せられ……


「はは……あははははは! 凄い! 凄い! こんなに痛いのは初めてだ! ありがとう! 本当にあなたは最高だ!!」


「ったく……てめーら親子は……最高すぎんぜ! なぁ!!」


 光、衝撃波、遅れて音。先程と同じ……いや、先程を上回る威力の衝撃が大地を揺らし、空を裂いて奔り抜ける。耳をつんざく轟音が全てを吹き飛ばしたその跡に、膝をつくマルス、そして、大の字に倒れたタウラス……。


「まーくんが……勝った?」


 マルスの実力は重々承知している、だが相手はあの『拳神』である、まさかの番狂わせにその様子を見ていた一堂は声を発する事も出来ない。……と、大の字になってピクリとも動かなかったタウラスが突如大声で笑い出す。


「ガハハハハハハハハハ! いや~やられたやられた! 儂の負けだ! まさか『破城』を耐えただけでなく即座に撃ち返すとは!」


 全身のバネを使い跳ね起きたタウラスに向かい再びマルスが構えを取る。


「ハァ……ハァ……、まだ、まだまだぁ……!」


「ガハハハハ! ほんっとにお前らはたまんねぇなぁ! やりてぇのは山々だが今日はもう終いだ、次は()()脱いで()()()()()()やりあおう!」


 愉快そうに笑うタウラスが投げた石がマルスに触れた瞬間、マルスが全身から血を噴き出し昏倒する。


「ちょっ!? まーくん! 何があったの? しっかりして!」


「心配いらねぇよ、気絶しただけだ。……にしても力使い果たして気絶しちまうたぁ……ここが戦場だったら死んじまってるぞ? ガハハハハ!」


 昏倒したマルスに対し何事も無かったかのように立ち上がり伸びをするタウラス、お前の勝ちだとは言うがその姿を比べるに果たしてどちらが勝者であるか……。


「はぁ……試合に勝って勝負に負けたってとこかしらね……。なんにせよお疲れ様、まーくん」


 血塗れで寝息を立てるマルスの頭を撫で、ラスティが優しくほほ笑みかける、勝利……と手放しで喜べない結果にどことなくマルスの寝顔は険しいようにも見えた。

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